第十三話 『PAST SEVEN。記憶。』
あの日の愛香は戦士としての自分を受け入れなかったまま、愛音を羨ましがって、焼きもちに満ちて、心の中をただ、さ迷っていた。あの日以来、彼女がどれほど辛い思いを繰り返したのか。あの日、父を救えなかった愛香は誓った。これ以上、この町の命を無駄死にはしないと。
第十三話 『PAST SEVEN。記憶。』
悪夢だった。言葉さえ沈んでいく夢に埋もれて、生きるためもがいた。怖くて、苦しい。あの日と全く同じ、赤い景色。
(助けて!)
愛音が叫んだ。返事はなかった。
(誰か、頼むから!)
愛音の声は無駄に響き、炎の中消え去った。
(お父ちゃん!死なないで!)
愛音を救うため飛び込んだ父は、崩れた材木の下敷になって、いずれ完全に姿を消した。でも、愛音は父の心配をする余裕がなかった。いつのまにか愛音さえ、崩れる世界の中、一人、閉ざされてたから。
(姉…。)
暑さに疲れた愛音は、最後の全力を尽くして、声を張り上げた。
(あぁいぃかぁねぇえ!)
(愛音!)
奇跡みたいに、愛香はそこにいた。愛香が伸ばした手を、愛音は掴んだ。愛香は底知れぬ力で愛音を救い出した。
(逃げなさい。)
(でも、お父ちゃんが…。)
(はやく!)
愛香は愛音を押して、その反動力に体を任せた。
(愛香姉?)
(すぐ、戻るから!)
愛音が何かを叫んだが、もう愛香の耳までは届かなかった。愛香の目的はただ一つ、父と安全な場所まで行くこと。そして、何時かこの日の事を笑いながら話すこと。
(お父さん!)
魚のように火に焼かれながら、愛香は進んだ。家の隅まで探したが、父は見つかれなかった。愛香は焦りを見せた。
(どこ?返事してくれよ!)
愛香は見た。赤い炎が集まって、燃え上がって、木を、その下に潰れていた父を、飲み下すことを。
(お父さん!)
永遠の炎に飲み込まれていく父を、目の前で見た。卑怯に、姉の後ろで、身を避けながら。
心まで崩れたあの夜、神は返事しなかった。
「お父ちゃん…。」
「音音。」
「本当に、ごめんなさい…。」
「起きなさい!」
目を覚ましたが、べとついた夢から簡単には逃げられなかった。網膜の中、ねばねばする炎が消えなかった。
「大丈夫。側にちゃんといるもの。」
愛香は妹を優しく抱いてくれた。その温もりが暖かくて、息苦しい。こんな夢を見たのはきっと、姉に、断れたから。『戦士としての資格がない』と言われたから。
「愛香姉の所為だ…。」
「え?」
「貴方はどこまで私を苦しめる気?」
「音音…。」
「あっち行け、近づかないで!」
部屋の外でも、姉は引き籠った妹が心配になる。逆立てる猫みたいに心を閉ざして、布団に潜った愛音の瞳は未来への希望を失った。
「愛香。」
引っくり返した砂時計見たいに、神様の頭は地を向かい、足は空を向かっていた。
「ねえ、愛香。」
家族のいない神様に愛香の気持がわかるはずなかった。
「あんなやつ、ほっといてばいいじゃん。知らんぷりして。」
「そんなこと、出来るわけない。」
「そんなに大事なの?」
「神君は愛する者が間違った道を行く事、見た事ない?」
「愛する者か。僕にとっては、愛香だけ。でも、愛香が闇に落ちる事なんて想像も出来ないし。」
「そうだよね、やっぱり…。」
切なく笑う愛香を遠く感じたのは、神様の勘違いだったか。誰も答えを出なかった。神様は愛音が好きじゃない。むしろ大嫌い。でも、愛音の所為で愛香まで暗くなっていくのは、堪らなかった。
(あの寝言がどんな気持でいても構わない。でも、そのため愛香が悲しくなるのは許さない!)
神様の力は愛香には通じない。だから神様は次の獲物を探した。
(決めた!あの寝言の心を読んで、幸せいっぱいにして上げよう。それじゃ、問題解決!)
神様はそっと愛香から離れて愛音の部屋に近づいた。こっそり愛音の部屋へ入ろうとした瞬間、愛香が神様の肩を掴んだ。
「一人にさせて。」
「いや、その…。」
「人の心は魔法でも変えられないから。」
「か、変えられるよ!僕の力を使えば、きっと!」
「はあ?そんな酷い事するつもりだったの?」
「え。」
「人の心は何もかも大切。悲しみさえ何時か花を咲くわ。」
「で、でも、愛香が悲しんでるし、そんなのいやだし…。」
「誰かの誘いに行動を変えるのは人形に過ぎない。私は人の気持を全部、大切にしたい!」
「全然、知らなかった。ごめんね、愛香。」
「いいわよ。でも、もう二度と人を思い通りしないと、約束して欲しい。」
「約束する!」
二人は小指を結んだ。それさえ幸せだった。思い出になった。一瞬を写真のように目の中に写したかった。
「じゃ、人の心を動かすためには何をすればいい?」
「一緒に笑ったり、泣いたり、話し合って、気持を分かち合う。それしか方法はいない。」
「そうか。話を聞いてもらえばいいよね。じゃ、僕今すぐ寝言、いや、愛音の話聞いてあげる!」
「いや、そう簡単に行けるかな…。」
「僕を信じて。ねえ、愛香!」
愛音は愛香との話し合いを断った。愛香はこんな時に事情がわかる神様に助けられるとは予想しなかった。助けに礼を言わなければならないのに、何故か、心が切なくなった。
(どうして迷ってるのかしら。こんなチャンス、掴めない方が馬鹿なのに。)
愛香は迷いを心から消し、神様の手を掴んだ。神様は愛香のあつい瞳を見て随分驚いて、頬が赤くなっていた。
「あ、愛香。突然スキンシップすると驚くじゃない。次からはする前に話しでも…。」
「神君、愛音の心を癒して!」
「うん、僕も愛香のこと…じゃなくて愛音の話か。」
やっぱり愛香は冷たい、と神様は呟いた。その小さな本気は愛香の耳までは伝われなかった。愛香の頭は、愛音のことでいっぱいだった。人の呟きまで気にする力がなかった。
「まあ、おかげで愛香の手繋いだし。頑張ろうか。」
「今、何か言った?」
「なんでもないよ。じゃ、次に合うときは寝…いや、愛音も連れてくるから!」
神様は燥いで愛音を探しに行った。その時、愛音は一人ぼっち、シーソーに乗っていた。愛音は頑張っていたが、当たり前、シーソーは動いてくれなかった。
「もう、つまんない!」
愛音が声を張り上げた。その声に導かれ、神様は愛音の所に辿り着いた。
「おい、お前!」
「はあ?厚かましい神じゃない?なんでこんな所に来た!さっさと帰れ!」
今、どう言われても神様の良いご機嫌を直すのは出来なかった。神様は愛香から手を繋いでくれて、とても嬉しかった。
「なあ、お前俺のこと嫌いだよな。」
「大っ嫌いに決まってるでしょう!」
「愛香と一緒にいるから?」
「当たり前!」
「じゃ、お前愛香も嫌い?」
「そんな訳ないでしょう!」
「でも、愛香を恨んだり、相手もしてあげないじゃん。」
「それは…。」
「やっぱり、愛香が嫌いだな?」
「違う!堪らないぐらい好きだよ!」
「でも、怒ってるじゃん。」
「好きだから怒ってるのよ。」
「好きだから?」
「側にいたい。力になってあげたい。なのに断れて、寂しくて…!」
「側にいてあげたら良いじゃん。」
「無理だよ!私戦士でもないし!」
「一緒に戦う必要はない。」
「はあ?何いってんの、この馬神!戦うときに側にいてあげる仲間が一番でしょう?」
「仲間?」
「そう、あんたみたいに…。」
怒りで満ちた愛音は、ついに本気を言ってしまった。
「…って、今のは言い間違い。忘れなさい!」
「まさか、俺を羨ましがっていた?」
「煩い、黙れ、聞きたくない!」
愛音が立ち上がると、シーソーが激しく揺れた。悔しい涙で滲んだ景色が一粒流れた。
「確に、戦う時、助け合う者も仲間という。でも、俺は、本当の仲間はそんな者ではないと思う。」
「本当の仲間?」
「うん、心で支え合い、便りになる者こそ仲間じゃないかな。」
「支え合い、便りになる者…。」
「だから。」
突然、神様が愛音に手を出した。愛音は何も言えず、ただぼうっと神様の手のひらを見つめた。
「お前も愛香の仲間さ。」
「え…。」
ちょっと驚いた乙女心には深呼吸が必要。さ迷って、戸惑って、もじもじする愛音を、神様は黙って待ててくれた。随分時間が流れてから、愛音は口を開いた。
「愛音だよ。」
「え?」
「お、お前じゃなくて、平愛音なんだから!」
「わかっているけど?」
「わかっていたら名前で呼びなさい!」
真っ赤くなった愛音の顔は心を写していたか。それは、隠れて話を聞いていた愛香にも、始めてみる顔であった。
「とにかく、今まで悪かった。仲直りしよう。」
「中を、直る?」
「手と手を繋いだら友達っていうわけ。」
「友達?お前、いや、平と俺が?」
「話聞いてくれたんじゃない。」
「それはそうだけど…。」
それはただ、愛香の笑顔が見たかったから。愛香の悲しみは神様の痛みだったから。けど、何故か神様は愛音に真実を話すことが出来なかった。だから、なにも言えず、ただ手を繋いだ。愛香以外の人には理性ばかり考えてた神様が、始めて、感情を思いついた日、木の後ろに隠れて、二人を見ていた愛香は心は躓いていた。
(なんで?なんで心が躓いてくるの?愛音と神君が仲直りしたのに、どうして喜ばないの?)
愛香は拳を握った。鋭い爪が肌を傷付けた。愛香は何時も思っていた。妹と神様は、すごく似ている、と。愛香を追い掛けてくれるちいちゃい足跡がとても愛しくて、堪らなくて。いつのまにか二人は似合う、と考え込んだ。
「条件付いてるけど、いいかい?」
「条件って?」
「愛香とも中を直して。」
「それを言うなら仲直り。」
「ああ、早くして欲しいな、それ。」
「言わなくてもそうするつもり。で、愛香姉は?」
「あっちさ。」
優い香りで愛香の居場所がすぐわかった神様は遠慮なく話した。愛音は大きな木の葉が揺れることを見て、愛音は愛香の存在がわかった。
(神君の馬鹿!それを素直に教えてあげたら、疑われるはずなのに!)
もし、最初から隠れていた事がばれたら、愛音が神様の本気を疑うことになるかも知れない。どう見ても、今のことは二人の演劇に見られた。すばらしいセリフと美しい励ましに囲まれた演劇に。ただ、神様を追ってきたばかりの愛香は、自分の所為でまた二人が喧嘩するのが、怖くなった。その時思ったのは一つ:逃げなきゃ。
「え、愛香?!」
「どうかしたの?」
「いや、それが…。」
此処で問題。神様は愛香が大好きだ。だからって、愛香が逃げた事を、真実を、その妹にまで話す必要はあるか?
「…なんでもない。先に帰っていて。」
「でも!」
「じゃ、またな、平!」
「待って!」
愛音が叫んだが、神様はもう消えた後だった。多分、テレポートだろう。そう思っても心寂しくなった。
「もう、平じゃなく、愛音で良いのに。」
愛香を追い掛けなきゃ。それだけを思っていた神様に愛音の声は聞こえてこなかった。神様は急いで愛香を追った。でも、町の戦士であり、神様の力を与えられたマジプロである愛香は、すごいスピードは神様が飛ぶスピードを上回った。
「じゃ、力使って、残った跡を辿れば…。」
神様は再び気ずいた。自分の力が、大好きな者には通じないと。
「なんで僕の力が通じないのよ!なんで、なんでだよ!」
悔しくて、神様は足を踏み鳴した。且つ、愛香は自分の揺らめいてる心が許されなかった。戦士として、マジプロとして、彼女には使命があった。それを果たすため、下らない感情は切り捨てていたのに。今更、何故、心が揺れるのか。
(この気持は、いったい…!)
愛香の戸惑いを気ずいたカゲの王者は愛香の足下から彼女を登ってくる。
「っ!」
カゲは乗り掛かって押さえ付ける。どうしても抜け出せない。もがくほど、くっついてくる。
「愛香!」
後ろから、神様が愛香を呼んだ。
「神君!」
愛香が手を出した。でも、行き違うパズルのよう、てははずれる。どうかして、やっと愛香が捕まえたのは、神様の破れた袂と、一筋の糸だった。




