第十一話 『PAST SIX。愛情。』
「なぜ?」彼が聞いた。「家族だから。」彼女が答えた。
第十一話 『PAST SIX。愛情。』
愛音はマラソンランナーが夢な子だった。毎日朝練したら、随分ランナーぽいに走れるようになった。勿論、町の近道も、隠れ道も全部覚えていた。そんな愛音を愛香が探せる筈なかった。
(全部、ばれた。愛香姉にも、お母ちゃんにも、嫌われた。)
涙を押さえなかった。今まで優しくしてくれた姉や母が懐かしかった。でも、それは全部、嘘なる愛。火事で父を失った、可哀想な子に、与えられたスペシャルな権利だった。
(だからもう、帰られない。)
悔しかった。神様ではなかったら、一生の秘密がもれる事なかった筈。神様が憎かった。神様を倒したかった。たとえそれが、町の戦士である愛香の使命を逆らっても。
そう、愛音は姉より、自分の敵討ちが大切な自己中であった。
(愛香姉、さよなら。)
愛音は走って、走って、また走った。南の境界までは、もうすこしだった。
「音音!」
風の噎びが愛香の叫びを黒く塗り替えた。気強い風は、姉の声を妹まで運ぶ気がないようだ。愛音が心配になる愛香は、もっとはやく足を進ませた。
「何処にあるの?返事して!」
「愛香、風邪引いちゃう。もう帰ろう。」
「そうわね。」
「本当?」
「じゃ、神君は先に帰って。地球の神様が風邪引いたら大変でしょう?」
「神は風邪引かない!心配になるのは愛香さ。夜もすがら寝言、いや、愛音を探したじゃん。」
「だって、音音が何処にいるのか…。」
瞬間、どうして忘れていたのかわからないぐらい簡単な答えが一つ、閃いた。
「…神様なら、全部、お見通しじゃん。」
恐ろしいほど気持が揺らめいた。
「なんで最初から教えてくれなかったの?」
さ迷う心は鼓動を刻み、時を齧る。
「目障りな妹なんかいない方が良いじゃない?だから…。」
「私を、騙したわね?」
「怒ったらごめん!でも、あいつ何時も愛香を邪魔したりするから…。」
「…信じてたのに。」
「愛香?」
神様の予想外に、愛香は怒らなかった。ただ、熱い涙を一滴流した。
「な、泣かないで!僕が悪かった。今すぐ探すから、安心して…。」
「…帰って。」
「愛香?」
「頼むから帰って!」
「で、でも僕が帰ったら、見つからないかも知れないよ?」
「一人で、探すから。」
愛香は神様を放っておいて、一人で走り出した。
「待って、愛香!」
愛香は縋る手を払い除けた。遠ざかる愛香を、神様は止められなかった。
「愛香…。」
独り言は風に乗って、広がって、消え去った。生き残っていた跡さえ、消された。
その時、愛音は町の境界で深呼吸していた。息を大きく吸って、愛音は踵を上げた。町の外に出るのは、生まれて初めだった。
死んだように静かな自然。黒く萎れている草などをみても、愛音は戸惑わなかった。迷いなんて、もう、持たなかった。
愛音は深い森の中へ進んでいった。目の前が暗くて、何も見えなくなる時は、一瞬、目を閉じた。また目覚めた時は、もう闇に慣れた瞳が道を探し出した。
「カゲ達よ、出てご覧!」
随分深い何処まで来た時、愛音が大声を出した。
「今日から私があんた達の女帝だわ!」
生き生きな希望の臭いがカゲ達を目覚めさした。眠っていた絶望は少女の夢まで塗り替えたがって、ゆっくり、愛音を迫ってくる。
「私が命令すれば、貴方達は従うのよ。良いわよね?」
両手を腰に置いて、愛音が声を張り上げる。威風堂堂な愛音を完全に無視して、カゲ達は愛音の足を取った。
「放して、放してよ!私が話してるんじゃん!もう、どうしてわかってくれないの?」
逆様になった愛音は足掻いたが、すべて無駄だった。カゲ達は愛音を取った手を、放す気がなかった。
カゲ達は愛音を連れてある洞窟の中に向かった。ケーブの真ん中、カゲ達は少女を置いた。退ったカゲ達は何かを叫んだ。すると、すべてのカゲが、ひれ伏した。それを見た愛音は、カゲ達が自分に答えてくれたと、感激した。
「やっとわたってくれたわね。良い子、良い子!」
愛音は立ち上がって、カゲ達を見下ろした。
(此処が私の新しい居場所。彼らが私の新しい家族。)
愛音は新しい家族を探し出した自分が誇らしかった。
(私がカゲの女帝になるって、言ったでしょう。)
愛音は神様を憎ましい言葉を思い出した。でも、それさえ『運命』だった。
(神の言葉はすべて未来になるって、本当だったかも知れない。)
愛音が考え込んでる間、神様は自分のスペースで悩んでいた。
(寝言なんか見たくないけど、愛香に嫌われたくない。それに…。)
先見た愛香の顔が鮮やかに目に浮かんだ。網膜に結ばれる愛香の涙。それは、神様の心を締め付けた。
(愛香、何故か悲しそうだったし。)
神様は切なくて、胸に手を当てた。愛香を思うたび、胸がキュンキュンしたり、フワフワになったり、ワイワイとなったりした。
(愛香、どうして怒ったのかい?邪魔な妹なんかいない方がいいじゃない。)
家族のない神様に、愛香の心が理解できるわけなかった。
その時の愛音の後ろから、突然、大きなカゲが近づいてきた。じめじめなカゲの大きな影が愛音を覆った。
(デ、デッカイ!)
それは言葉どおり、『デッカゲ』だった。
(それにしても、すっごく厳しい姿…。)
どうしてだろう。ただのカゲの筈なのに、それは、まるで意志を持つ、『人』のように見えた。
「あ、あんたが皇帝だわね。」
愛音の声が振えてきた。自分も知れず、圧倒されていたのだ。
「良く聞きなさい!」
でも、愛音はその愛香の妹。冷たい態度や厳しい目付きに負けなかった。
「これから私が女帝だわ!つまり、あんたより私が上よ!」
「カゲルルル…?」
「いやだと?わかった。じゃ、私と戦いなさい!勝つ方が、カゲ達の王者になるわ!」
「ゲルルルル…。」
「来ないとこっちから行くわよ!覚悟はよろしくて?」
愛音はカゲの皇帝に飛びかかった。なのにどうしただろう。愛音はただ、カゲの皇帝を通りすぎた。
「うっ?!」
すぐカゲの体から、いや、それを『体』と言えるのか知れないが、出てきた愛音は胸苦しい感情に圧倒された。愛音は感じた。憂鬱な感情が、心に降り注ぐ。その感情は愛音の心を完全に支配した。
「私、私は…。」
変な感情が心を染める。そこに気を取られた愛音はぼうっとなって、瞳から光が消え去った。大きなカゲは愛音を生け捕って、ケーブの外へ出た。
「この気配はっ…!」
宇宙を泳いでいた神様は急いで鏡を見た。そこには、愛音を捕まってるアンシンが写っていた。
「ア、アンシン?」
神様が慌てた。まさか、そんな筈ない。そう思っても、神様の目に写るのはアンシンそのものであった。
「直接飛びかかる気かっ…!」
神様は早く愛香の元へ飛んできた。学校も行かず愛音を探していた愛香は、神様を見て、すごく不機嫌な顔をした。
「愛香!」
「一人にさせてよ!」
「でも…!」
「私がどれだけあんたを信じたのかわかる?なのに、音音の事知らんぷりして、私を騙して…!」
「ちがう、愛香!」
「黙って、黙ってよ!もう聞きたくない、見たくもない。私の前から消えなさい!」
愛香は神様が見たくなくて、顔を振った。神様は、その姿に心が折れそうだった。泣きたかった。でも、愛香のため、愛香が愛する妹のため、神様は屈せず話を始めた。
「寝言、いや、愛音が危ない!」
「なんですって?」
愛香が顔を上げた。神様は愛香の前に飛んできて、事情を話始めた。
「アンシンが愛音を生け捕った。急がないと食べられちゃう!」
「なんで話さなかった!」
愛香が神様の胸倉を取った。神様は驚いた。こんなに慌てる愛香は初めてだったからだ。
「だ、だって、愛香が話かけないでって…。」
「こんな時は別物じゃん!」
愛香はその場に座り込んだ。
「どうしよう、私の所為で、音音がっ…!」
「落ち着いて、愛香!」
愛香はようやく深呼吸して、顔を矯めた。
「行こう、これが、私の最後の戦いだとしても…!」
先に飛んでいく神様を追ってストロークが羽ばたいた。飛んでいく時間さえ惜しかった。苛立ったストロークは爪を噛んだ。
「音音!」
ついにたどり着いた森の中、ストロークは愛音を見つけた。でも、愛音の瞳は曇っていた。何時も光っていた輝きをなくした瞳は、ぼうっとストロークを見つめた。
「ゲルルル!」
アンシンはこれ見よがしに愛音を振り上げた。すると、カゲ達が何かを言い出した。その言葉は、まるで歓声のようだった。
「愛香、気をつけて!」
カゲ達はあっと言う間にストロークに飛びかかった。でもストロークは何気なく舞い上がった。空に舞う一輪の花、それがストロークだった。
ストロークは、一瞬でカゲ達を踏み拉いて、アンシンの前に立った。ストロークの回りに、小さなボールがすごい数、現れた。
「音音を、返して!」
ストロークが手をあわせた。すると、エネルギーの球がアンシンを狙った。瞬間、アンシンは愛音を盾にした。
「!」
ストロークは急いで攻撃を止めた。その間、アンシンがストロークを捕まった。
「卑怯者!俺が相手に…!」
「来るな!」
「愛香?」
「音音を、傷付けるな!」
「でも、それじゃ愛香が!」
「私は平気よ。」
ストロークがウインクをした。でも、ストロークの強がりはすぐ色あせた。アンシンがストロークを投げ出したのだ。
「愛香!」
ストロークは岩にぶつかったまま呻いた。でも、アンシンの攻撃はそこで終わらなかった。握った拳がストロークを何度も何度も打ち下ろした。
結局、ストロークの変身が解けた。倒れる愛香を、神様が助け起こした。
「愛香、大丈夫かい?」
「…音音、ごめんね。」
愛香が呟いた。その声に、愛音が反応し、顔を上げた。
「実は私、全部知っていたわ。あの日、家に入って、何処から火事が始めたか調べた。そして'わかったわ。音音の秘密。」
「…。」
「でも、それは音音の所為じゃないわ。すべては私の所為だ。もっと早く運命にしたがったら、お父ちゃんも、音音も、救えたかも知れない。」
愛香が涙を流した。
「私が貴方の自由を羨まなかったら、貴方を憎めなかったら、音音に苦しい思いをさせなかったかも知れないのに…!」
「愛香姉…!」
「音、音音?!」
思いは届く物。愛香の本当の気持が、愛音の眠っていた心を呼び覚ました。
「放せ、この化け物!」
愛音がアンシンの顔を蹴った。でも、アンシンは愛音を放さなかった。そのまま、止めを刺すきだった。
「愛香姉…!」
「愛香、逃げて!」
「逃げないわ。私、音音と一緒に帰りたいもん。」
愛香が立ち上がった。握った黒い拳が愛香を狙った瞬間、愛香は、神様を押し付けた。
「愛香?!」
「神様、どうか無事にいて。」
「あぁいぃかぁ!」
愛香がそっと、笑った。それを見た愛音は、涙を流し、叫んだ。
「やめて、もう愛香姉を苦しめないで!」
伝わった温もりは、奇跡を発する。光輝く愛音を見て、神様は驚いた。
「彼奴も、戦士の資質に恵まれていたのかい?」
「ゲル…!」
アンシンは光が苦手なようだった。苦しんでるアンシンは、小手を翳した。その空き間、アンシンは愛音を逃した。
「音音!」
愛香は飛び降りる愛音をやっと抱え込んだ。そして、残った体力を使ってマジプロに変身し、神様と愛音を抱いて、町へ逃げ出した。
「愛香姉、後ろ!」
後ろから追ってくる大きな手を回避しながら、ストロークは空を貫いた。その姿は輝く金の星見たいだった。
「もうすぐ町だわ。みんな、ちゃんと捕まって!」
ストロークはスピードを上げた。愛音の前髪が風に翻った。神様はやっと目を覚ましてストロークを見た。
(なんて早さだろう。力残ってない筈なのに。最後まで諦めず飛んでいく。これが、『家族』なのかい?)
町に向かう間、神様は祈った。自分もこの絆を感じる日が来るように。何度も何度も願った。
そのうち、ストローク達はやっと町にたどり着いた。町には強力な呪符があって、結界が広がっていた。その結界を、カゲ達は穿つことが出来なかった。結局、アンシンは自分のケーブに戻った。
「やった!愛香姉、最高だわ!」
「うっ…。」
「愛香!」
ストロークの変身が解いた。神様は座り込む愛香の側に急いだ。
「平気、平気。それより二人とも、無事で良かった。」
愛香がそっと笑った。今の愛香には痛みよりも、家族を、妹を取り戻した奇跡に感謝していた。
「愛香!」
「なに?」
「僕も愛香と家族になりたい!」
「断る。」
「なぁんでだよ!」
「どうしても家族になりたいなら、愛音と結婚したら?」
「はあ?」
「なんだって?」
「冗談だわ。あまり怒らないでくれ。」
なにがそんなに面白いだろう。愛香はぱっと笑っていた。
「私決めた!」
愛音が立ち上がった。
「私もマジプロになって、町を守る!」
「え?」
「先見たでしょう?輝く私の体を。私も戦士になれるんだ!」
「それ、無理。」
「え…?」
「貴方はマジプロに似合わないわ。」
ショックを受けた愛音を放っておいて、愛香は部屋に入った。
日差しは姿を消し、夜に空を渡した。眠れない夜に、愛香はため息を吐いた。
(私、酷すぎたのかしら。)
何時間経っても眠れない愛香は部屋から出てきた。そこには、いつものように、神様が舞っていた。
「どうしたのかい?」
「ねえ、神君。私、早く運命を受け入れなくて、愛音に辛い思いをさせちゃった。あの頃は、音音が持っていた自由が、羨ましくて、たまらなかった。いくら苦しかったら、嘘までついて、私の愛を求めたのか…。」
「愛香、それは絶対愛香の所為じゃない!きっと、この戦士と言うシステムの問題だ。」
「戦士のシステム?」
「二人でアンシンを倒して、自由になろう。ね、愛香。」
愛香が笑った。それは、まるで花咲く春の微笑みだった。
「そう言えば、神君。」
「なに?」
「あの時の言葉、本当なの?」
「言葉?なんの言葉?」
「音音がカゲの女帝になるってこと。」
「本気だ…と言ったら嘘。ただの焼きもち。それだけだ。」
「良かった。」
「でも、可能性って言うもんがあるの。」
「可能性?」
「うん。たとえば、前世界が悪に染まっても、愛香だけは輝いているだろう。」
「もう、なにそれ。」
愛香が神様の肩におっかかると、神様の顔が真っ赤になった。
あの夜、愛香は幸せな夢を見た。となりの部屋の愛音とは違い…。




