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「ヨルグヨルグ、起きて」
体を強く揺さぶられ、少年はもぞもぞとその上半身を起こした。
「ううー」と唸りながら、欠伸を噛み殺してきゅるきゅるな大きな目を擦る。
「おはようヨルグ、そろそろ食堂行くよ」
優しく、甘く、語りかけられた声に、
「……ん、はよ」
とろんとした目がその声の人物を捉えると、ふにゃりと笑った。
あーーーかっわいい!!!
どうしよう。うちの子世界一かわいくないですか?
色素の薄いミルクティー色の髪、
宝石みたいなキラキラな瑠璃色の瞳、
赤ちゃんみたいに血色のいい頬と唇。
その整った容姿は天使かと本気で思ってしまうくらいかわいい。
いや、天使だと本気で思ってる。
これで男の子だっていうんだからびっくりだ。
寝起きはふにゃふにゃしてて天使そのものだけど、
普段はかなり男らしい性格で、そのギャップもまたいい。性癖に刺さる。
「寝起きのヨルグを独り占めできるなんて、ルームメイト役得すぎる。
はああ、僕のエンジェルが史上最強にかわいすぎて動悸が止まんない苦しい」
胸を抑えながら、眠そうにのろのろ着替えているヨルグを眺める。
かわいい顔して、結構筋肉のついたいい身体をしていて、
やっぱ男の子なんだなあ、なんて改めて思った。
――ヨルグと同じ部屋で生活するようになってから、早いものでもう一か月。
ここは、アルテミス王国軍の所有する王都に置かれた施設、中央本部基地内にある軍人たちの寮である。
そして、僕はルカ・ペティンガー。十六歳。
つい一か月前に超難関と言われるアルテミス王国軍の入隊試験に合格し、入隊したばかりのピッカピカの新入りの軍人である。
ちなみに女人禁制であるこの王国軍で、おそらく唯一の女だ。
もう一度言おう。女の子です、僕。
特例で特別、とかいうわけではなく、
ある目的のために、ちゃんと性別詐称して入隊した。
僕が女だという事実はバレたら即刻除隊、最悪投獄されてしまうだろう。
つまりバレるわけにはいかない。
毎日男しかいない空間で訓練に励み、帰っても男と二人っきり同じ部屋という休まる時間がない非常にスリリングな環境の中、この一か月間、怪しまれることなく生活してきた。
それでも僕は本当についてると思う。
むさ苦しい野郎共の中でかわいいかわいいヨルグと同室になれるなんて。
祈ったこともない神に感謝したいくらいだ。
それに、正真正銘本物の女の子である僕よりも女の子に見えるヨルグといっしょにいることで、(ヨルグにすれば不本意極まりないだろうけど)良きカモフラージュにもなっている。
「起きてんならもっと早く起こせよな!」
「僕は声掛けたもんね!ヨルグが起きなかったんだよ」
言い合いをしながら、ヨルグと仲良く全速力で寮の廊下を駆け抜ける。
ヨルグが起きた時刻がぎりぎりすぎたので、あと数分で朝の食堂が閉まってしまうという緊急事態に陥ってしまったからだ。
朝食を抜くとこのあとの訓練でやっていけない。
なにより食を最も愛する僕にとって、朝食抜きなんてありえない。
もっと早く本格的に起こせばよかった……と、少し後悔。
怒られるから言わないけど。
寝起きの悪いヨルグは、強く揺すったりしないかぎり、ちょっとやそっと声を掛けたくらいじゃ起きない。
それをいいことに、覚醒しきらず寝惚けたヨルグがかわいすぎて、しばらく完全に起こさないまま観察してたのだ。
「初めからちゃんと起こせっつってんの!どうせルカ、寝惚けてる俺をずっと見てたんだろこの変態」
「な、なんで知って……!?」
「毎朝毎朝にやにやしてガン見されたら寝惚けててもさすがに気付くわ!」
「うっ……ヨルグがかわいいのが悪いんじゃん!」
大人しく息を殺して観察していたのに、まさかバレてたなんて。
ヨルグを観察するのは、もちろん天使な顔を拝みたいという気持ちもあるが、
もう一つ、大事な理由がある。
ヨルグが起きる前に着替えを済ます必要があるからだ。
起きないか確認しつつ、すばやく着替えなきゃいけない。
ヨルグが寝起き悪い子で本当によかったと思う。
「とにかく!次からはルカが起きるときにいっしょに起こせよ!」
口では文句を言うくせに起こしてもらう気マンマンなところがヨルグのかわいいところだと思うの。