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幸凶至片  作者: 忍原富臣
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言葉の選択 その1

 人間を機体に移植して脳を電子変換する。メールでのやり取り、電話での応対はもう過去の技術となってしまった。自分の考えを直接相手に送れるこの革新的技術は、人間と機械の隔たりを無くしていった。AIのロボットに人間の細胞記憶を電子媒体として移し、人間の体から機体に移すことが可能になった。


 死という概念は消失し、生きるということは継続することになり、死ぬと言うことは廃棄を意味するようになった。人間の身体を捨てられずに居た者たちは時代の波に置いて行かれて死んでいった。肉体は腐るか灰になる。機械の身体は壊れれば修理する。世界の価値観は大きく変わってしまった。


 国家間での争いは消え個人かグループに属することになった。そもそも国家というものが消えたのはもういつの話なのか。個人尊重の高まりを見せ始めた時代に始まった人間の機体移植が国家間の境界線をゆっくりと消していったのだ。もはや、誰が日本人で誰がアメリカ人なのか、見た目では分からなくなってしまった。言葉に関しても、発達した言語翻訳を機体に積み込むことで言葉の隔たりを無くすことに成功した。もはや言語は一つに統一されてしまっていた。


 地球上では電力供給の為に、地表は発電所で埋め尽くされ、食べるという行為も失いつつあった。人間の体から機械の体に移行したおかげで、病気が無くなり、食事も無くなった。電力にブランドが付き、充電する際に感覚的高揚感を生み出す電力も開発された。旧時代に言うところの麻薬のようなものが横行するきっかけになったが、機体に不一致だったためか、誤作動を起こし廃棄される機体が増加したせいで、違法な電力は闇に消え去っていった。


 いまや、何処かに遊びに行くにしても、それぞれの家から直接インターネット上に接続することで、どんな空想世界にでも足を運べるようなった。集合場所のアドレスさえ共有すれば何処でも誰とでも集まることが可能になった。


 自分自身を電子媒体に出来たことで、地球上での移動、ネット上での移動は機体さえあればどうとでも出来るようにすらなった。年齢も消え、子どもを産むという行為も、もう見ることは無い。子どもが欲しければプログラムからどういった性格の子どもを作るかを決めて買う。ペットも、現実で飼う者は居なくなりデータ上に移行することで、消費するものが無くなった。生と死の境界線は国家と共に着実に消失していった。


 日本と呼ばれた場所にある富士山という山は今、巨大ソーラーパネルの装備一式で全体を埋め尽くされている。当時の反発していた人間はもう生きていない。四季の色合いを見せていた山々も鉄とパネルに覆われてしまった。かつて日本と呼ばれた国はもう存在しない。


 人間の身体を捨てずに現実世界で生きる者たちは自然と今の世界から見放されていった。連中の間では通貨というものも消えて物々交換が盛んになった。相手にとって必要なものと自分にとって必要なものとの価値を量る様子は人類が確実に後退している証拠だった。


 国が消え、議員は消え、役所も消えて教師も居なくなった。国があった時の名残で現実に今もなお残るのは元国家機関であった警察だけだった。まあ、その警察ですら、主要部分を現実ではなく仮想空間、ネット上に置いているのだから、無くなったと言っても過言ではない。


 私は自室からパソコンへとコードを延ばし、面談を控えている者から送られてきたアドレスを読み取り、そちらへと向かった。


「ワッツさん、お待たせしました」


 カフェで一人で座って俯いている男に話しかける。


「ああ、先生、御無沙汰しています」


 一ヵ月ぶりに彼に会うが、あまり気分が乗らないことは、彼にばれないようにしなければならない。にこやかに振る舞える電子上の自分に多少の違和感を覚えるが、この機能が無ければ私がこうしてカウンセラーになることも無かっただろう。


 私は、人間が嫌いだ。


「先生、どうしましたか?」

「いえ、なんでも」


 電脳世界でも、やはり人間関係というものは消えずに、時々精神を病んでしまう人たちがいる。私は今、電脳病院のカフェで患者の一人と出会っていた。


「ワッツさん、今日はどんな話を?」

「先生、これを」


 ワッツは基本的に現実世界では独りで暮らし、電脳世界でも他者との関りを絶ってしまった患者だ。


 感覚の共有か。繋いだ電子上の脳細胞を相手に送り込めば可能かもしれないが、この技術は上手くいかずに破綻した。脳の複数の混載は未だに不可能な次元だとされている。


「どうでしょうか」

「うん、確かに面白い内容だね。これは実際の出来事なのかい?」

「もう数百年ほど前になるかと思いますが、小さい頃の話です」

「よく覚えているね」

「記録していたものを掘り起こしてみるとたまたま見つかったので、これも話してみようかと」

「ふむふむ」


 一通りノートの内容に目を通してから、静かに待つワッツに私は質問をした。


「感覚を共有するときに必要なものは何になりますか?」

「それは言葉です」

「そう、相手に何かを伝えるために一番必要なものが言葉です。次に口調や行動、ジェスチャと呼ばれるもので人は相手に感覚や考えを伝えようとします。会話と呼ばれるものですね」

「ええ」


 ワッツは話している時は基本的に相手の意見を尊重する癖があるため、その時に意見を挟むということはあまりしてこない患者だった。相手の言葉を受け入れて自分の中で混ぜ合わせて己の解を出す。常に考えたその先を思考しようとする姿勢は一人だからこそ出来る。他者との会話をする機会を失えば、自分自身と対話する。人は独りになっても会話というものを辞めることはしないようだ。


「感覚の共有を行う前に、発信者はその言葉の意味を理解しなければならない、相手にどう伝わるのか、言葉を使うなら尚更、言葉を選ぶこともまた重要なことを貴方は理解している。だからこそ、貴方がどういう気持ちを相手に伝えたいのか、ノートに書かれた文字からも感じ取ることが出来ます」


「それは良かったです。それで、今日はどのような話を?」

「ワッツさんが感覚の共有という内容なので、私は言葉の選択という考え方をお話しましょうか」


 言葉の選択、相手がどう受け取るか、言葉の並びと口調、手や指先を使っての表現、相手が一番理解しやすく、かつ飲み込みやすい言葉の繋ぎ。


 人間は自分の中にある主張を曲げることは中々容易に出来ない。自分を否定される行為を人間は忌み嫌う。


 否定する相手を否定することで自分を守ろうとする。もし、相手の嫌がる行為をしなければならない時、貴方ならどうする。命令するか頭を下げてお願いをするか。そもそも、相手の嫌がる行為をせずに自分が消えて、その行為自体を消失させるか。やり方、解決策としてはこのくらいだろうか。


「ワッツさんが死という言葉に触れていますが、発言の制限レベルが高いため、ここでは違う形で言葉の選択について話しましょう。そうですね、お願い事・頼み事に絡めながらお話ししましょうか」


 電子マネーで私と彼の分のコーヒーを用意し、一口飲んでから、私は彼へと話を始めた。


「人は誰かに頼みごとがある時に何と言って頼むでしょう。『お願いがある』『やってほしいことがある』、物事のその瞬間などによって言い方は変わりますが、大体、頼みごとをする時はこのような言い方が主流かと思います。


 頼みごとをされる時に限らず言えることですが、人間は個々によって許容範囲が異なります。それは人との距離感や物事に対しての妥協点でも同じことが言えます。


 人間は自分が出来るであろう範囲を自分自身で定めています。ここまでなら出来る、ここまでやれば良いだろう、『ここまで』という着地点は個人によって異なるということです。


 『お願いがある』と言われると、人はまず身構えてしまう。『やってほしいことがある』と言われても、自分がしなければならない出来事に対して人間は過敏に反応して防御態勢をとってしまう。人間的な圧ではなく、言葉の圧に対して壁を作ってしまうわけです。


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