第23話 主人と脱走娘
叩き出した妹は、ツテを頼って父親の元に帰ろうとした。
ケットは娘をうちの農園に送るようにその商人に頼んだらしく、ただ今その商人を案内してまわっている。
迷惑料としては十分だ。
うちの販路の弱い地方への商隊長なので、契約が整えば儲け物だし、破談しても顔つなぎとしての成果は残る。
脱走娘は、農作業に戻した。
自分がしたことがどういうことなのか理解しているのかどうかは知らない。
ただ、主人の権力というものを知っただろう。
あたしに付いてまわっていた姉は、妹がしたことの意味も考えずに「しゃべった」ので提出紙とペンを取り上げた。
書いてみれば妹のしたことに気づけたかも知れないのに、情に流されて言いつけに逆らった。
書かないなら、紙もペンもいらない。
妹が脱走中の二日間、しゃべることも書くことも禁じられた姉は、机の隅に置かれたそれらに飢えているだろうに、視線を意識して外そうとしている。なかなか精神力が鍛えられてきたみたいだ。
脱走娘が帰ってきたことだし、解禁してもいいかな。
あたしは、姉に紙とペンを渡し、主人と使用人の正しい距離についての考察をするように宿題を出した。
姉は、飛びつきたいのを抑えて紙とペンを受け取る。
うん。だいぶん内心が顔に出なくなってきた。
どんな状況でも、商売人は付け入る隙を与えないように平静を崩してはならない。
妹は姉が楽をしているとふくれているけど、本当のところは逆だ。
姉は、勝手気ままに迷惑をかける妹の分まで責任を背負わされて、主人の苦労をしている。
使用人のヘマは、主人の落ち度になる。
今回のことで、ヘマをしないように育てることが、主人の役目だということが分かっただろう。




