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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
1.回りだした歯車
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6.風使いの禍つ少女


 時間が経つのは早いもので、王宮で働き始めてからもう五日が過ぎた。相変わらず人使いの荒いシュワルツ王子は、日に日に、より多くの仕事を私に任せるようになった。……まあ、私もそれに慣れてきたのか、格段に効率は良くなっている気がするのだけれど。

 今日も今日とて、彼から任された書類を運ぶために奔走する日々。それに加え、なぜか今朝から、何者かの筆跡を真似る練習をさせられている。一体なんのためだろう、嫌な予感しかしない。

 その練習が終わって、書類運びに戻ると、腹の虫がきゅう、と鳴いた。そういえばもう昼食の時間だ。騎士団は日中、領内の見回りなどで出払っているので、昼食はほぼ一人で食べている。朝食は二日目からずっと騎士団の人たちと一緒だから、昼は少し寂しい。アルフレッド団長も騎士団の面々も本当にいい人たちばかりだから、職場として考えるならこれ以上ないほど恵まれているのだろう。

 約一名、あの腹黒王子は除くけれど。


 食堂へ向かう途中、ふと湧いた好奇心からいつも通らない道を通ってみることにした。私が舞踏会に来たときに立ち寄った中庭をまた見たいと思ったのだ。薔薇の花の盛りはもう少しで終わってしまう。あの綺麗な中庭をもう一度、自分の目に焼き付けておきたかった。

 少しだけ遠回りして中庭に面した廊下を歩く。大きなガラス窓から射し込む光がキラキラと反射してまぶしい。扉を開け、中庭へ出ると、あのときと同じように瑞々しい薔薇の香りがいっぱいに広がった。無数のピンクの薔薇たちは、まるで競うように咲き誇っている。

「綺麗……」

 呟くと同時に、向こうの茂みががさがさと音を立てた。不思議に思って近付くと、小さな頭が覗いている。

「あの?」

「ひ、ひゃいっ……!?」

 頭を抱え、うずくまっていた女の子が恐る恐る顔を上げる。目が覚めるほどまばゆい蜂蜜色の髪に空色の瞳をした少女は、ひどく怯えた目をして私を見つめた。

「ご、ごめんなさいぃ! まさか、人がいるなんてっ……で、でも! 魔法なんて使ってな……わわっ!」

「魔法……?」

 慌てて口を押さえた女の子は、「違うんです違うんです」と呟きながら千切れそうなほど勢いよく首を横に振っている。辺りを見回してみると、うっすらとだが魔力の残滓が感じられた。私自身は魔法は使えないのだが、魔力持ちのアルのそばにいるせいか、魔力は人より感じることができる。

 この茂みに残っているのは、

「風? それもかなり強い魔法だ」


 魔法の残滓は肌を刺すようなピリピリとした感触や光の粒が舞う様子として捉えられる。この光の粒は強い魔法でなければ感じられないため、私も片手で数えるほどしか見たことがない。

 しかし目の前の風魔法は感触だけでなく、視覚でも感じ取ることができる。今までにないくらい、たくさんの粒が漂っているのが手に取るように分かった。

「ま、魔力が分かるの?」

「僕は使えないけれど感じるだけなら。かなり上級の風魔法をお使いになるんですね」

 微笑むと、少女は目を丸くした。食い付くように私に問いかけてくる。

「……怖く、ないの?」

「怖い? それは、どうして?」

「だって、皆、私の魔法は、疎ましいって。……災厄を、招くって」

 しょんぼりと眉を下げた少女の言葉に、アルから聞いていたステンター国の風習を思い出す。この国は魔術国家のセデンタリアとは違い、伝承や神話などによって魔法は「よくないもの」とされており、昔は魔女狩りも行われていたのだ。主に信仰を尊ぶ貴族社会において、魔術排斥の風潮が強い。時代の流れとともに変わってきたとはいえ、今でも魔力持ちに対する偏見は残っているという。

 事実、アルはヴィスケリ領に来てから、私と二人きりのとき以外は魔法を使わなくなった。


「まさか! 羨ましいとは思えど、疎ましいだなんて思いませんよ」

「ほんと……?」

「はい、本当です」

 にっこりと笑うと、少女は顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに微笑んだ。周囲の風が、それに呼応するように優しく舞い踊る。

「嬉しいな、そんなこと言ってくれるの、お兄さまだけ、だったから。あの……貴方さえよければ、お友達に、なってくれない、かな?」

 少女は上目遣いで私の反応を窺うように小声で呟いた。

(かっ、可愛い可愛い!! この子は天使か何かなの!? 愛でたい……今すぐにでも抱き締めたいわ……!!)

 荒れ狂う内心に、さすがにこのエドワードの格好では犯罪だろうと必死に自制心を働かせ、理性を保つ。今にもノックダウンされそうな意識を辛うじて維持しながら、私は笑みを浮かべた。

「もちろん、喜んで!」

 その言葉にぱあっと顔を明るくする少女。身悶えしながら演技力でそれをカバーする私。──なんとも滑稽な図である。

「よかったぁ……。あの、私、ディフルジアっていうの。貴方のお名前は?」

「エドワードと申します」

「エドワード? あ、もしかして……貴方、新しく来た人……だよね?」

 人差し指を立てるディフルジア嬢に疑問に思いながらも頷くと、彼女はより一層笑みを濃くした。

「やっぱり! お兄さまの言った通り、とってもいい人だね」

「へ?」

「シュワルツお兄さま。エドワードは、お兄さまのお手伝いをしてるんだよね?」

 なんてことだ。目の前の天使が、あの腹黒性悪王子の妹だったとは!

 衝撃を受けすぎて気を失いかける私の耳に、昼の休憩の終わりを告げる鐘の音が届く。

(ああ、結局お昼、食べ損ねた……)


***


 私は衝撃を受けつつも腹の虫をいさめながら来た道を戻り、執務室へと向かうことにした。しかし去り際、「あの、また遊びに来てね……?」なんて涙目で言われたため、昼食を食べ損ねたことに関してはよしとしよう。


「頼まれていた書類の受け渡し、全て終わりました」

 バン、と机を叩き、書類に向かっていたシュワルツ王子の顔をこちらに向けさせる。彼が設定した時間より二十分も早く仕事を終えたのだ。少しは驚くだろう、と思っていたのに……。

「おお、ご苦労だったな」

(あくまでも上から目線……!)

 驚くどころか当然だというように私からの書類を受け取った王子は、そのまま自分の仕事に意識を戻す。その様子が癇に障った私は、彼に聞こえるようわざとらしく大声を出して、ルシフェルさんに話しかける。

 ディフルジア王女のことを匂わせたら、兄である彼はどんな反応を示すのかを純粋に試してみたかったのだ。

「そういえば今日、昼の休憩のときに女の子と仲良くなったんです!」

「突然何ですか。好みのタイプだったなどという話なら私は一切興味ありませんが」

「もう、違いますよ! でも可愛かったです、金髪碧眼の小柄な子で。あ、えっとその子、中庭で花の世話をしてたんですけど──ええとあの、もしかして──ルシフェルさん、この手の話題お嫌いです?」

 目もくれないで仕事を続けるルシフェルさんにじとーっとした視線を向けると、彼は今まで見せたことのないような顔で私に笑いかけた。

「当然です。私は妻一筋ですから」

「え、ルシフェルさんご結婚されてるんですか!?」

「失礼な。娘もいますよ。……まあ、あの脳筋三十路男にはそんな匂いもしませんがね」

「かなりひどく言ってますけど、それアルフレッド団長ですね!? え、あの人三十路? 外見詐欺だ、二十代にしか見えないですよ……」

「本人に言うと怒られますよ。童顔だということは気にしているようですので」

 豪快に笑うアルフレッド団長の姿を思い出す。あの姿かたちで三十路だなんて到底信じられない。二十代前半といっても通りそうだ。


 仕事をしながら私と会話するルシフェルさんの横で、黙々と書類の山を片付けていたシュワルツ王子。無言を貫いていた彼は手を止め、不意に顔を上げた。

「おいルシフェル、ちょっと外に出ていろ。こいつに話がある」

「いくらエドワードが可愛いからといって、手なんか出さないでくださいね」

「出すか馬鹿」

「……さあ、どうだか」

 気を付けてくださいね、と私に言い置き、ルシフェルさんは扉の外に出ていく。それと同時に、シュワルツ王子が私に詰め寄ってきた。

「おい」

「どうされました?」

 ドスを利かせ、私をにらみつける彼の視線を受け流し、素知らぬ振りをして首を傾げる。髪を掻きむしるシュワルツ王子は、今までにないくらい感情をあらわにしていた。

「会ったんだろう、ルシィと」

 ルシィ、というのはディフルジア王女のことだろう。思い当たるところは大いにあったけれど、この(・・)シュワルツ王子を翻弄しているということに私の気分は高揚していた。

「ルシィ? 誰のことだか、さっぱり」

 あざとく微笑み、口角を上げる私に、シュワルツ王子はいよいよ苛ついたのか、あからさまに怒気を放つ。常日頃振り回されている相手が、私の言葉にこれほどまでに動揺しているその様子に、私は大層優越感を抱いた。

「ああそうだ、中庭の女の子は素晴らしい風魔法をお使いになられるようで」

 そう、わざとらしく言い放つ。シュワルツ王子はどんな表情をするだろう、いつもは私ばかりいいようにされているのだから、いい気味だ。一矢報いたと満足げな私だったが、それは一瞬にして遮られる。

「ふざけるな! ルシィに何をした!?」

「は……っ!?」

 私の胸ぐらをつかみ上げたシュワルツ王子は、壁に押し付け、首を絞める勢いで激昂する。

「……か、はッ」

「答えろ!! おい、何をしたんだ!!」

「や、め……くる、し……」

 腕に力を込め、精一杯シュワルツ王子を押し退けようとする。だが彼の力は思いがけず強く、私の力では微塵も揺るがない。

 徐々に浅くなる呼吸に、意識が朦朧としてくる。息が、できない。

(誰、か、)

 意識を手放しそうになったそのとき、扉が大きく音を立てて開いた。途端、入ってきた人物によりシュワルツ王子は引き剥がされる。

「は、はぁっ、ルシフェル、さ……」

「落ち着きなさいシュワルツ。エドワードは他の者とは違うと言ったのは、貴方でしょう!」

「…………」

 床に放り投げられたシュワルツ王子は、我を忘れたようにぺたりと座り込む。その肩を勢いよく揺らしながら、ルシフェルさんが彼に語りかけていた。

「彼がディフルジア王女に何をしましたか? ……何もしていないでしょう。ほら、大丈夫ですか」

「……あ、ああ」

 瞳に光を取り戻したシュワルツ王子は、ふらふらと立ち上がるとルシフェルさんに促され、寝室へと消えていく。ひどく痛々しいその姿を唖然として見送った私に、戻ってきたルシフェルさんは視線を合わせた。

「嫌な予感はしていたんですよ。エドワード、ディフルジア王女に会いましたね?」

「は、はい……会いましたが」

 素直に頷いた私に、ルシフェルさんは椅子に腰掛け、重々しく口を開く。

「今から話すことは他言無用です。しかし貴方には、最初から話しておくべきだったのかもしれませんね」


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