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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
1.回りだした歯車
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5.初仕事


(緊張するなあ……)

 朝早くから、シュワルツ王子が遣わした馬車に乗り、私は一人街道を揺られていた。御者のおじいさんは私のことを完全に男だと思ったようで、名前を聞かれ、とっさに「エドワード」と名乗ってしまった。まあ、昔も使っていた名前だから間違えることもなさそうだし、良しとしようか。

 緩やかに跳ねる馬車の中、荷物を抱えて揺られる私に、おじいさんは気さくに声をかけてくる。

「お前さん、王子のとこで働くんだべ?」

「は、はいっ! やっぱり緊張しますね……僕なんかで大丈夫なんでしょうか……」

「大丈夫さァ。王子が認めたもんしか仕えられねんだ、お前さんはなァんも心配するこたねェよ」

 馬を操りながら、訛った言葉遣いで笑うおじいさんに少しだけ緊張が解れる。きっとおじいさんが想像している一般的な緊張とは違うのだけれど。

 馬車で過ごした時間は、会話が弾んだおかげか、前に舞踏会に来たときよりも短く感じられた。おじいさんに礼を言って降り立つと、大きな門の向こうから男性が近付いてくるのが見える。

「初めまして。今日からお世話になるエドワードと申します!」

 最敬礼をし、早口にそう言い切ると、男性は私の目の前で足を止めた。

「ついてきてください。案内しましょう」

 エリスよりも深い黒の髪に眼鏡が印象的な男性は、冷たく言い放つと私に背を向け、早々と立ち去ろうとする。見た目ゆえか、どこか鋭利な印象を与える彼は肩で風を切るようにして、城内へと続く石畳に颯爽と足を進めた。私はそんな彼に置いていかれないよう必死に荷物を抱え、後を追ったのだった。


 黙々と宮殿内を歩き続ける男性の足取りに迷いはない。シュワルツ王子に近い人物に違いない、私は歩みを進めながら思考を巡らせた。

(秘書、とかかしら)

 頭をひねっていると、黒髪眼鏡の男性は突然足を止め、くるりと振り返った。

「着きました。……何を呆けているんです、早く入っていただけると、こちらとしても非常に助かるんですが」

 いつの間にかシュワルツ王子の部屋の前に着いていた。秘書(?)さんは言葉こそ丁寧なものの、「さっさとしてくれ」という気持ちが言動の端々に込められている。どことなくロゼに似ているその対応に、私は少しだけ親近感を覚えた。

 扉を開け、中に踏み入るとシュワルツ王子が椅子にふんぞり返っていた。その脇には赤毛の屈強な男性が控えている。私が入室したのを見てとると王子は立ち上がり、笑ってソファを指差した。

長旅(・・)ご苦労だったな、エドワード(・・・・・)。まあ、まずは座ってくれ、話は落ち着いてからで構わないさ」

 私は御者のおじいさんと気やすく話したことを早くも後悔していた。シュワルツ王子の配下なのだ、ただのおじいさんだったわけがないじゃないか。現にもう偽名まで知られている。

 素早すぎる情報網に悔しさを噛み締めるも、それを心の中にしまい、私は畏れ多いという表情を浮かべ、「王都へ来たばかりの田舎貴族」であるエドワードを演じる。

「ぼ、僕は立ったままで結構です! 王子こそ、お座りになってくださいっ」

 偽名を知られていたという揺さぶりにもまったく動じる素振りを見せなかった私に、シュワルツ王子は周囲が気付くか気付かないかほどの微笑を浮かべ、また席に着く。そうして、秘書(?)さんと赤毛の男性を示しながら口を開いた。

「エドワード。こちらはルシフェル、私の秘書だ。ここでの生活や仕事など、分からないことは彼に聞いてくれ。それからこちらがアルフレッド、うちの騎士団長だ。小姓として働くなら剣を振るう機会もあるだろうから彼を頼るといい」

「ルシフェルといいます。おおかた、紹介に与った通りですね」

「アルフレッドだ。お前の部屋は俺の向かいだからな、何かあったら……あー、何もなくてもぜひ頼ってくれよ!」

 表情をぴくりとも変えないまま言い放つ冷静なルシフェルさんと、少し照れくさそうに頭を掻きながら笑う快活なアルフレッド団長。対照的な二人だが、この二人こそ、この腹黒王子に最も近くで仕えている人物なのだ。それだけでも彼らは十分尊敬に値する。

「エドワードと申します! 至らない点も多いかと思いますが、頑張って働かせていただきます、よろしくお願いいたします!」


 挨拶を済ませた後、ルシフェルさんとアルフレッド団長はシュワルツ王子に辞去を命じられた。

 足を組み直した王子は、立ったままの私を顎でソファに座るよう指示する。監視の目がなくなったのを好機とばかりに思いきり勢いよく座る私を、シュワルツ王子は盛大に面白がっていた。

「それにしてもそこまで化けるとはな。俺にも男にしか見えないぞ、エディリーン」

「──お褒めに預かり光栄ですわ、シュワルツ王子」

 にこやかとは言いがたい表情を浮かべ、敬語で嫌みを放つ私に、王子は机をごそごそと漁ると小さな金属でできた物体を投げ付けてきた。放られたそれを慌てて受け取ると、金色の鍵が私の手の中で光っている。

「この部屋の鍵だ、有事の際には勝手に使って構わない。その姿には不都合なときもあるだろう。……もっとも、扉の先は寝室だ。“お忍び”で来るのであれば歓迎するが?」

「あら嬉しい。せっかくの貰い物だもの、貴方の寝首をかくために使わせてもらうわね」

 面白いことを言う、そんな態度で私を見るシュワルツ王子は、巷で噂されている「理想の王子様」像とはかけ離れていた。

 品行方正、容姿端麗。加えて王位継承権第一位とくれば玉の輿の相手としては最上だ。もし貴族のお嬢様方がこの姿を見たら愕然とするはずだ。


 私が内心失礼なことを考えている間、シュワルツ王子は机に積み上がった書類を揃えていた。かなりの厚さだ。ルシフェルさんも手伝っているとは思うが、あの量を彼一人で処理しているのだろうか。感心して見ていると、彼は揃えたそれを私に突き出した。

「……なんなの、これは」

「最初の仕事だエドワード。五分以内にこれを研究所まで届けてこい」

 宮殿の裏側に位置する王立の研究所までは、往復の移動だけでもおよそ三分半かかるという。書類の受け渡しや挨拶の時間を含めると、到底五分で終わらせられる仕事とは思えない。

 嫌がらせとしか思えないその初仕事に、私は書類を引ったくると素早く礼をして、廊下を駆け抜け──ようとしていたが、

「おお~エド、焦って転ぶんじゃねーぞ~」

「すみませんっ!」

 背後からアルフレッド団長の声が聞こえ、ダッシュしていた足を止めた。そのまま早歩きに切り替え、全力で研究所へと向かう。時間に間に合わず、あの王子に馬鹿にされる屈辱だけはどうしても回避したかった。

 そのあと、制限時間ギリギリで帰ってきた私に、シュワルツ王子は笑顔で次の書類の束を差し出した。結局この日、日が暮れるまで私は宮殿内を駆けずり回ったのだった。


***


 一日中シュワルツ王子にこきつかわれた私は、翌朝、筋肉痛になった足を気遣いながら、与えられた部屋のベッドからもぞもぞと這い出る。もともと客人用なのか、かなり凝った造りの部屋だ。

 畳んでおいた服に着替えてからぼさぼさの髪を整え、一つにまとめてから鬘を被る。鏡を覗き込み不自然な点はないかよく確認し、最後に瞳の色を変えるための目薬をさした。この目薬は女性の薬学者が開発したものらしく、一般には出回っていない試験段階のものを裏ルート(コネや裏金の世界。手引きしたのはおじさま)で手に入れたのだった。

 深呼吸をして部屋から出て、食堂へ向かう。仕事開始時間までには余裕があるから、ゆっくり朝食を口にできそうだ。


「エド、お前も朝飯かー? 俺たちと一緒にどうだ?」

 偶然、同じタイミングで廊下に出たアルフレッド団長と鉢合わせした。聞くと、これから騎士団の面々と朝食をとるという。確かに彼の言う通り孤食は寂しかったので、ご一緒させてもらうことにした。

「しっかしお前もよく働くなぁ。俺だったら昨日ので、もう限界だわ」

「確かに大変でしたが、やれないということでもありませんでしたし。ギリギリ間に合う、みたいな感じですかね……」

 そうなのだ。シュワルツ王子の指示は一見かなり鬼畜そうに見えるが、全力で取り組めば必ず終わるのである。その微妙な線を、彼はどうやって見極めているのだろう。

「ったく、この細い体のどこにそんな底力が眠ってるんだ? エド、ちゃんと肉食えよぉ。倒れてからじゃ遅いぞー」

「ちょ、そんなに強く撫でないでくださいー! 僕、これでもちゃんと食べてますからっ! これから大きくなるんですー!」

「おおーそうかそうかぁ」

 わしゃわしゃと私の頭を撫で続けるアルフレッド団長。鬘が外れたら弁解のしようがないので切実にやめていただきたい。もし鬘がずれて、見とがめられたら言い訳ができない。


 私の願いが通じたのか、いつの間にか食堂の前へと辿り着いていた。アルフレッド団長に続いて扉をくぐると一気にざわめきが耳に届く。テーブルに分かれながらたくさんの人が楽しそうに食事していた。城で働く者だけでなく、研究所の職員やステンターに滞在している人間など多くの人々に開かれているここは、いつも大賑わいらしい。おそらく、城で一番活気のある場所だろう。荘厳な雰囲気のあるステンター城の中、このざわめきはどこか城下に似た雰囲気も感じられて、私はとても気に入った。

「あ、だんちょー!」

「ここっすよ、ここ!」

 遠くのテーブルで男たちが大きく手を振っていた。どうやら、彼らが騎士団の人たちらしい。団長は私に声をかけ、一緒に彼らのもとに向かう。

「横の子って誰すか? 新入り?」

「んー、昨日から王子付きの小姓として働いているエドワードだ」

 途端、騎士団の人たちがどよめいた。何が起こったのかと顔色を窺うと、一瞬の静寂の後、一斉に私に話しかけ始めた。

「王子付きなんて大抜擢じゃないか!」

「すごいな、お前どこから来たんだ?」

「剣は振れるか? 今度勝負しようぜ!」

「え、あ……」

「おいおい、お前らそのくらいにしとけって。エドが困ってるぞ」

 思わぬ食い付きの良さに若干尻込みしていると、見かねたアルフレッド団長が助け船を出してくれた。小さな声で彼にお礼を言い、騎士団の人たちと一緒に城に来て初めての朝食をとった。

 賑やかな彼らのおかげか、筋肉痛の辛さを忘れるくらい楽しく過ごすことができた。……団長がおかわりを取りに席を立っている間に、彼に関する秘密をいろいろ聞いたのは内緒の話だ。


 朝食をとり終え、王子の執務室に向かう。案の定、彼はまた机に向かっていた。もぐもぐと口を動かしているが、もしかして仕事をしながら食事をしているのだろうか。

 普段は性悪な彼だが、仕事に関しての有能さは認めざるを得ない。仕事の配分や効率の良さ、欠点など、ひとつもありはしない。昨日一日だけでも、彼がどれだけできる人間なのかを理解するのに十分だった。

 一方、そんな彼の横の机ではルシフェルさんがナイフとフォークを手にし、何かをゆっくり咀嚼していた。

「あ、あの、ルシフェルさん」

「なんでしょう、食事中に話しかけるほどの急用でも?」

「あっ、いえ。ただ、王子は食事をとりながらお仕事をされているのに、ルシフェルさんは違うんだなぁと思っただけで」

 小さな金属音と共にルシフェルさんがナイフを置いた。口元を拭った彼は一呼吸おいてから、私に視線を向ける。

「王子には常日頃から言っていますが、食事はきちんととるものだと私は考えます。ましてや、仕事の片手間にとるものでは決してありません。そんなことをしては仕事の効率も下がってしまうでしょう。何事もオンとオフの切り替えが大事なのです。彼の食習慣については私も昔から口を挟ませてもらっていますが、一向に改善する気配もありません。昔っから『栄養が摂取できればいい』の一点張りで食事に楽しみなんて見いだしたことがない。まったく、王族ともあろうものが嘆かわしいことですよ。シュワルツは人生の半分は損をしていますね。食道楽とまではいかなくとも最低限、自国の特産くらい把握しておいて悪いことはないでしょう? それなのにこの人ときたら『それはルシフェル、お前に任せているから問題ないだろう』なんて言い始める始末なんですよ。……エドワード、貴方もそう思いませんか? 食事中に仕事をするなど躾のなっていない者のすることだとね」

「!?」

 突如マシンガンのごとく語り始めたルシフェルさんに驚きを隠せない。彼にはもっと寡黙なイメージがあったのだが。

「うるさいぞルシフェル。お前こそ、下らないことを話していないで仕事をしろ仕事を。……お前もだエドワード、何を突っ立っているんだ?」

「言われるまでもありませんよ。ほらエドワード、貴方も動いてください」

(なんで、この流れで私が責められるの!?)


 今朝、騎士団の人たちに聞いた話だが、ルシフェルさんはシュワルツ王子の従兄らしい。それを聞くと、外仕様の仮面を外した自然体のシュワルツ王子や彼を呼び捨てにするルシフェルさんにも違和感は抱かない。

 だがしかし、二人して私の扱いがひどすぎやしないだろうか。

 身に覚えのない完全な八つ当たりの矛先を向けられながら、しぶしぶ仕事に手をつけ始めた。今日もまた書類の受け渡しだ。

「昨日より早く帰ってくるんだな」

「……善処します」

 書類を手渡しながらにやりと微笑むシュワルツ王子に若干の殺意を抱きながら、足早に執務室を後にする。見返してやろうという気持ちがやる気につながるのか、疲労はたまっているはずなのに昨日よりも足取りは軽かった。


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