5.おそろいの気持ち
たどたどしく呟いた私に、エリスは頬をゆるめた。都合のいいことを言っている自覚はある、それでもこれが今の私が出せる最善の答えだった。
「あのね、ディー」
子供に言い聞かせるような柔らかな声音で、エリスが話しだした。少し強張った体を動かして彼と目を合わせる。
「オレがどうして騎士になろうとしたかって話、したことあったっけ」
「……ううん。師匠から身分があると楽って言われた、っていう話以外なら聞いたことないわ」
唐突な問いかけにきょとんとしつつも返事をする。ヴィスケリ領の稽古場で騎士団の入団試験に受かったという話をしたとき、エリスは騎士としての身分があるのとないのとでは大違いだといったような話を、師匠であるモルゲン前騎士団長から聞かされた、とは語っていた。
しかしエリスを見る限り、それは一番の理由ではないらしい。それなら、確か前に話していたいじめっ子から守ってくれた「おにいさん」の存在が理由だろうか。……いや、そんなことよりもっと私たちの人生を大きく変えた出来事がある。
「……戦争が、起こったから?」
私だって家族の仇を討とうとしたのだ。何の罪もなく巻き込まれたエリスが──彼には似合わない文字列だと思うけれど──仇討ちのために騎士を目指したとしても、不思議なことではない。でももし、彼の目的が本当にそうだとしたら、エリスにとっての仇はキースお兄様とロゼになる。私は、私だけは、エリスが二人に剣を向けることを咎められない。それでもそんな場面を想像するだけで心がぐちゃぐちゃになってしまいそうになる。
固い声で問い掛けた私に、エリスは一瞬虚を衝かれたように動きを止めた。不安げな顔をしているだろう私の前で、エリスはいつものような笑顔を浮かべる。
「ディーがいたから」
時が止まった気がした。エリスは今、何と言ったのだろう。ディーがいたから。……私が、いたから?
「わたし……?」
「そう。入団試験で団長に聞かれたんだ、『お前は何のためにここに入ろうと思った?』って。……オレ、ゲン爺さんと一緒に回答を用意してたんだ。何を聞かれても狼狽えないで、堂々と答えられるように練習してた」
エリスは、もうずっと前に二人で屋台の惣菜をを食べた時のことを話し出した。シュワルツが訪れた際に席を外していた私の行動がおばさまの逆鱗に触れたことで、しばらく外出禁止を言い渡されていたときの話。エリスが分けてくれた揚げ菓子はとんでもなく美味しくて、夢中で齧りついたことを覚えている。
「正直、ディーのこと、初めて稽古場で会ったときに変だと思わなかった訳じゃないよ。あそこにいるにしてはディーはちょっと浮いてたし、初めて見たときはお人形みたいに綺麗な女の子って思ったしね」
「……」
「でもね。あの時泣いたディーのことを、オレは人形だなんて思えなくなった。だから、一人じゃ泣けないディーが、もう悲しまなくていいように。屋台でお菓子を食べておいしいねって笑えるような、当たり前の毎日を送れるようになればいいって思ったんだ」
それは、面と向かって好意を伝えられるより、とびっきり大胆な告白だった。
今の私が受け止めるなんてとても出来ないくらい、くすぐったくてきらきらした感情は、それでもいつもと同じように、すとんと私の胸に落ちる。
「騎士になる前から、ディーはオレの特別。……だからね、ディーがオレのことを特別だって言ってくれて嬉しかった。はじめてディーの隣に立てた、って思った」
エリスはいつだって真っ直ぐな言葉を私にくれる。
「……じゃあ私たち、おそろいね」
「うん、おそろいだ」
これから私達の関係には違った名前がつくのかもしれない。隣に立つことも、背を向けることも、もしかしたら剣を向け合うことだって、あるかもしれない。
それでも私達はお互いが特別で、大切で、宝物だから。きっとそれだけは変わらないことだって気が付くことができた。大事な人が消えてしまうのが怖くて、言葉を重ねて繋ぎ止めようとして、それなのに返ってきた言葉への返答がわからないような歪な私が、こうして信じることができるきっかけをエリスがくれたのだ。
おやすみなさいといって扉を閉めた。胸のあたりがあたたかくて、今夜はよく眠れそうだった。





