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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
4.王女様は嘘がお好き
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4.恋だとか、愛だとか


 アルミラさん──ミラちゃんと話した帰り道。すごい速さで駆けるキースお兄様が目の前を通り過ぎていって、私は唖然として声をかけそびれてしまった。呼び止めようと差し出した手は空を掴んでいて、ぱちりと瞬きしたあと少しだけ決まりの悪い思いをしながら腕を下ろす。

 記憶喪失になったキースお兄様はルシフェルさんの計らいで王立の研究所で静養している。あの場所には男装して働いていたときよく訪れていたけれど、研究者の方はほとんどが自分の研究室にこもっているから人の往来もなく静養するにはもってこいの場所だろう。最初はヴィスケリ領に帰るべきだと考えていた私たちだけれど、陛下から直々に城に留まるようにと命じられてしまえば従うほかない。オセルスとの和平や何やらで忙しい中、手放しでお兄様とロゼとを受け入れてくれたミーナさんとジュリちゃんには頭が上がらなかった。


 日も落ちてきたことだし、私もそろそろ客室に戻ろうか。うん、と一人頷いて踵を返す。かつん、かつんとヒールの音が回廊に反響する。思えばたくさんのことがあった。シュワルツから求婚されてからまだ季節は一つしか巡っていないのに、懐かしい、なんて思いが湧いてくるのだから不思議なものだ。何かが解決した訳じゃない、何もかもきっかけが出来ただけでこれからどうなるかなんてわからないけれど。陳腐な言い方だけれど、皆にとってのハッピーエンドになればいい、なんて。

 そんなことを考えていた私はかなり上の空だったようで、突然肩に置かれた手に驚いて飛び上がってしまった。ばくばくと音をたてる心臓を押さえながら振り向けば、鏡合わせのようにエリスが目を丸くしてこちらを見下ろしている。しどろもどろしていた私たちはどちらからともなく笑いだして、しばらくした後息をついた。


「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。何回か声をかけたんだけどそのまま歩いて行っちゃうから、何かあったのかと思って」

「考え事をしてたの。私こそごめんなさい、気が付けなくて」


 エリスと連れ立って回廊を歩く。私の歩調に合わせてくれているのか、エリスの足取りはいつもよりほんの少しゆっくりだ。何をしていたのかと聞けば、オセルス関連のあれこれのためにこの時間まで団長にこき使われていたらしい。当事者の私やお兄様は怪我を負い、シュワルツは毒で昏睡していたから納得の人選といえばそうなのだが、目の下の隈の濃いエリスを見ると申し訳なさが募る。


「ステンターに戻ってきてから明らかに、オレとか副団長に任せる仕事量が増えたんだ。騎士団って実技がほとんどだと思ってたけど、普段の訓練に加えて実務まで団長がひとりでこなしてたと思うと……まだまだ敵わないなぁ、って」


 たはは、と頬をかくエリスは疲れながらも、団長から任される仕事に誇りを感じているらしかった。


「あの人、オレたち団員に弱みなんて見せたことなかったから。少しでも認められたのかな、ってさ」

「確かに、そうね。……ルシフェルさんとかと一緒にいるときはおどけることが多いけど、もしかしたら団長のほうが一枚も二枚も上手だったのかも」



 そんな他愛ないことを話しながら歩いていれば、あっという間に客室の前へと着いてしまった。図らずもここまで送らせてしまったことに謝罪するけれど、オレがディーと話したかったから、なんて言ってエリスはいつもみたいにふにゃりと微笑む。


「じゃあオレはもう一回だけ団長のところに顔出してくるね。ディーも、治りかけが一番油断するんだからはやく寝なきゃだめだよ」


 そう言って背を向けるエリスの服の裾を、私は無意識に掴んでいた。どうしたの、と振り返るエリスに言葉を濁す。口籠る私にエリスは眉尻を下げて、掴んでいた指先をゆっくりと離れさせた。


「だめだよ、ディー。勘違いしそうになるよ。……オレがディーのこと好きだって言ったの、忘れちゃった?」


 無言のまま、首を横に振る。うーん、とわざとらしく首をひねったエリスの顔が苦しそうで。でも、そんな顔をさせているのは紛れもなく私自身で。中途半端な自分が、嫌で嫌でたまらない。


「ほら、はやく部屋に入ろう?」


 私を部屋へ促そうとするエリスを、待って、と呼び止めた。


「……私は、恋だとか、愛だとか、まだよく分からない。私にとってのしあわせは、宝物は、ずっとアルたち家族だったから。勿論、恋愛のお話とか素敵な人とかにドキドキはするわ。でもずっと、お話の中のことだと思ってた」


 初恋はお兄さまなの、と言ったルシィより、あまりに私は子供だった。もしかしたら小さい頃ネロに向けていた感情はそれに近かったのかもしれないけれど、思い出はきっときれいなものに昇華されてしまっている。炎の中、あの髪飾りより大切なものを選んだのは私自身だ。


「エリスにちゃんと返事をしなきゃって思ってた。稽古場では、ごまかしてしまったから。エリスが私に向けてくれる気持ちに、きちんと向き合いたいって思ってた」


 うまく言葉に出来なかった。それでもエリスは口を挟むことなく、私の言葉を待ってくれている。


「でも、考えれば考えるほどわからなくなって。オセルスのこととか、お兄様のこととかにかまけて、有耶無耶にしてた。エリスは私の騎士だから、付いてきてくれるって約束したから、今はまだ大丈夫、って思ってた。……でも今、エリスの話を聞いて思ったの。エリスは変わろうとしてる。私も変わらなくちゃだめだ、って」


 不安そうな顔。私が、そんな顔をさせている。

 柔らかく、陽だまりみたいに笑う人に。


「私にとってエリスはいつの間にか、宝物に、しあわせに、なってたって気が付いた。恋とか、愛とか、そうじゃないものかもしれないけど、なくしたくないって思える特別になってたの」


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