表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
4.王女様は嘘がお好き
53/58

2.長い夕暮れ


 息切れなんて気にならないほど、全速力で駆けた。途中、すれ違ったエディリーンが目を丸くして此方を見ていた気がするが、今のキースに足を止めることはできなかった。

 

 扉の前で荒れた息を整える。片手を扉についたキースは思案を巡らせた。何から話せばいいのだろう。扉一枚隔てた先にいる男は、自分の出自を知っている。きっと自分がしでかしたことも、それ以外だって。

 馬鹿正直に、僕のことを愛していますか、なんて聞けるわけがなかった。衝動のまま飛び出してきたけれど、もう少しミーナから話を聞いたほうがよかったのではないか。自分に己の名をつけたことだって、彼女が告げたのとは正反対に、意趣返しかもしれないのではないか、なんて。悪い思考が鎌首をもたげて、ぱくりと頭から自分を飲み込んでしまいそうになる。

 そも、自分はここに何をしに来たのか。許しを得に来た? それとも、謝罪をしに?


 まとまらない思考に蓋をして帰ろうとした矢先、体重を預けていた扉が、急に内側に開かれた。バランスを崩したキースは前のめりに倒れかけて、誰かに支えられことなきを得た。

 慌てて顔を上げれば、ぎょっとした顔の男と目が合う。瞬間、頭が真っ白になった。考えていた言葉が全部消えてしまって、キースは酸素の足りない魚のようにハクハクと口を開閉させる。


「此方から会いに行こうとしていたんだけれど、どうやら先を越されてしまったみたいだ」


 男は肩をすくめて、キースをソファへと促した。




「紅茶でいいかな」


 戸棚を開きながら、こちらに背を向ける男に是、と返す。味なんてわかりそうになかったから、正直なところ何でも構わなかった。ふかふかとしたソファは、あまり座り心地がよくない。彼の私室は一国の王だというにはあまりにも閑散としていた。調度品も少なく、最低限度の家具くらいしか見当たらない。柱に刻まれたレリーフが最も華美に見えるくらいだ。

 少しして、湯気の立つ陶器が目の前に差し出される。くすんだ白磁に繊細な金細工の施された、美しいカップだった。


「きみも、話したいことがあるのだろうけれど。先に一つだけ言わせてもらえるかい」


 シナモンスティックをテーブルの中央に置き腰掛けた彼は、改まった姿勢をとった。是、と答えながら、(シュワルツ)を少しだけ大人にしたみたいだ、と場違いにも思う。生え際に白髪の混じった髪、神経質そうな皺が眉間に数本走っている。


「すまなかった。ずっときみに、謝らなければと思っていたんだ」


 息を止めた。頭を下げた彼に思考が真っ白になる。だってまさか、謝られるなんて思ってもいなかったから。

 顔を上げてくださいと恐々声をかければ、緩慢な動作で彼は姿勢を戻す。


「……それは、何に対する謝罪、ですか」


 声が震えた。彼に謝られることなんて一つだってないはずだった。彼の妻を汚したのは己の"父"であり、友を奪ったのは自分なのだから。

 それだというのに彼は真剣な顔付きで此方を見やる。縮こまった自分とは対象的に、凛とした姿で。


「きみの家族でいられなかったことへの、謝罪だよ」


 西日がさす。長い夕暮れになりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ