9.世界で一番やさしい殺し方
泣き笑いの表情を浮かべたエディリーンを支えるように、シュワルツらが部屋を出て行った。残されたのは部屋の主であるキースと、扉の横に佇むロゼの二人きり。ぽっかりと空いた木のうろのような目をしたキースに、ロゼはつかつかと歩み寄った。
「馬鹿ね」
そう口にして、ロゼはベッドに腰掛ける。音を立てたベッド、怪我で身動きの取れない彼に体を近づける。吐息のかかりそうな距離にまで顔を寄せて、それでもましろなままのキースにロゼは笑った。
「突き通せるはずないわ。……全て、覚えているくせに」
ささやいた言葉に、キースは一度目を伏せた。触れ合った髪がさらりと揺れる。
「どうせ一度は死んだ身だからね。もう一度、秘すことだって」
キースは確かにコエを失った。きんいろの炎に包まれた不死鳥は、その生を終えた。けれどキースはあの地獄から救い上げられたのだ。ほかでもない、彼の愛しい妹の手によって。彼女は確かに、キースを生かしたのだ。
「死人に口なし、とでも言いたい訳?」
「いいや、それは違うかな。僕は自分が生かされたことに納得していないだけさ」
きれいなところしか残らないと思っていた。だから、キースは記憶を失ったふりをした。彼にとっての綺麗な記憶は出自を知る前、ロゼと出会う前までだったから。何の疑いもなく愛情を享受できていた、幼いころの思い出。彼が喉から手が出るほど欲し、掴めないとわかっていながらも諦めることの出来なかった立ち位置。醜い自分は炎とともに消え去ったのだと、そう思おうとしていたのに。
「ねえロゼ。ディーは僕に、おかえりと言ったよ」
その言葉がどれだけ嬉しかったか!
自分はもう、兄でいられるはずがないと思っていた。彼女はそんなキースに、今でも帰る場所があるとその腕を広げたのだ。彼女とてあの叫びを聞き、己の兄が“オセルスの人間”しか持ち得ない能力を持っていると知ったのだから、キースが純粋な兄でないことはわかっているはずだ。……わかっている、はずなのに。
だから彼は「死にたかった」とは口にしなかった。それは炎に飛び込み自分を救った彼女への侮辱だった。納得はしていない。けれど、どんな気持ちで妹が炎に向かったのかなんて、そんなこと。
……セデンタリアの紅薔薇の愛する「兄」に、妹のことが理解できない訳がない。
目を細め、包帯の巻かれた腕を撫でたキースにロゼはため息をついた。先ほどまで何の色さえ映していなかったその瞳は今、あふれてしまいそうなくらいの愛情を宿している。きっと彼はこの秘密を、隠し通すことなんてできないのだろう。こんなにも雄弁にものを語る瞳を隠すことなんて、無理に決まっている。
炎に焼かれる前は陽光の色をしていた瞳は、炎と同じきんいろに変わった。彼はあの炎を、全てを焼き尽くした激情を、自分の一部として受け入れたのだ。
ロゼはそっと、彼の腕に手を添えた。
「ねえキース。あたしが……いいえ、私が貴方を殺してあげる」
きんいろの瞳を覗き込む。ガラス玉のようなそれに映る自分は、柔らかな表情を浮かべている。
ナイフを握った右手で包丁を握って、貴方と並んでキッチンに立とう。
血にまみれた左手で貴方の手を握って、どこまででも歩んでいこう。
「しわくちゃになるまでそばにいて、貴方が幸せになったら看取ってあげるわ」
「……君に殺されるなんて本望だ」
キースはくすぐったそうに笑って、中指に嵌めた指輪をひとつぶんだけ左に移した。





