表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
3.あなたとわたしと
43/58

3.融雪

 腰が抜けたのかその場によろよろと膝をつくハイルちゃん。彼女を一瞥したエリスは剣を構えた腕をそのままに、一、二歩此方側へと後ずさる。

「一体いま、何が起こったの? ディーがいきなり立ったまま動かなくなるから、オレはてっきり彼女に何かされたんだばかり」

「……見てきたの。ハイルちゃんとディアメントさんの過去、それから、ステンターがなぜオセルスとここまで対立することになったのかってこと」

 そうよね、とハイルちゃんに微笑みかけ手を差し伸べる。ぎゅっと握られた手を引っ張り立ち上がらせた彼女のスカートの裾を払い、私は肩を竦めた。


「理解したわ、ハイルちゃん。……私がコルテさんの手を取らなかったときから、鳥籠は私たちの味方ってことでいいのかしら」

「騙してたみたいになっちゃってごめんなさい。僕たちも見定めてたんだ。……あのときディーちゃんが宰相につくって決めてたら、僕らはディーちゃんたちとは袂を別つことになってた」


 事態がわからず不服そうなエリスと共にハイルちゃんを椅子に腰掛けさせ、私はシュワルツの眠るベッドの足元のほうに座る。かなり大声をあげたはすだが、彼は一向に起きる気配すらみせない。

「……あの給士も含め、なんで外部の人が鳥籠に入り込んでたかはわかんないんだ。下手に荒立てないほうがいいってディアメントさんが言って、警戒を続けようってかたちになったんだけど」

「まさかあそこで毒入りの葡萄酒なんてものを持ち出すとは思っていなかったってことね」

「うん。……正直、びっくりしちゃった」


 それから、私とハイルちゃんとで見てきた内容をエリスに語って聞かせた。どうせ説明するのならハイルちゃんのコエの能力で二人一緒に映像を見せればよかったのに、と言えば彼女の力ではひとりに見せるのが精一杯だと口を尖らせる。

「僕はセドとは違って落ちこぼれだもん」

 しかしそう言ったハイルちゃんの顔にはマイナスの感情はひとつも浮かんでいない。そういえば言っていたわね、と首肯すればハイルちゃんは「でしょ?」と破顔した。

 私の見た彼女の過去にはいつでも、なにかと足を引っ張る彼女を温かく見守る鳥籠の面々が映っていた。ハイルちゃんにとって、力の強弱は関係ないのだ。ディアメントさんの手でコエを手に入れたときも、ハイルちゃんは強さより彼女にとって大事なものを求めていたんだろう。


 エリスに一通り話を聞いて予想通り目を丸くし、そして絶句した。

 ……当然だろう、王妃様の話は箝口令が敷かれていたこともあってきっと陛下や側近の限られた者しか持ち得ない情報なのだから。シュワルツとルシィだって、実の母親に起こった悲劇を知らない。否、陛下が子供たちにそんな話をするはずがない。

 私たちはステンターとオセルスが敵対しているのは当然の理で、昔からそういうものなのだと認識していた。こうしてオセルスを訪れる計画だって両国の仲が悪いという前提で動いていたのだ。それがどうして、こんな実情があったと思えるだろうか。


「ひとつ、聞いてもいい?」

 エリスが頭を振ってから小さく口を開く。何でも答えるよ、と首を傾げたハイルちゃんに彼は眉を寄せ顎に手を当てた。

「ディアメントさんが闘技大会にやってきたのは理由があるの?」

「……それは、」

「あの時、彼は明らかにオレたちを害そうとしてた。オレたち騎士団やディー、シュワルツみたいに前線で戦ってた人に攻撃しようとするのは分かる。でも、ルシィちゃんだけは違ったよね?」


 あのときディアメントさんは騎士団を含め、剣を携えていた私やシュワルツと相対していた。結果として王妃様がルシィを庇うかたちとなったが、途中その矛先が明らかにルシィひとりへと向けられたことは事実に他ならない。

「それは、僕にも判断しかねるよ。……だけど」

「だけど?」

 言いあぐねるハイルちゃんを見据えたまま、エリスは視線を一度たりとも逸らさない。

「ディアメントさんは、ディーちゃんたちをオセルスに来させるつもりはちっともなかったんだ。……だからたぶん、その……王女さまを殺すつもりは全くなくて、ケガさせることでディーちゃんたちをステンターに留まらせようとした……んだと、思う」

「あの攻撃を、怪我程度って言うんだ?」

「……ごめんなさい、僕はその場にいなかったから詳しくはわかんないんだ。ただ、謝らなくちゃいけないってことはわかってる、けど」


 確かに、あの場でルシィが怪我を負っていたならシュワルツは彼女を置いてオセルスに行くだなんてことは言い出さなかったはずだ。少なくとも怪我が治癒するまではステンターに留まったように思う。

 しかしそれでも、彼はルシィが快復し次第オセルスを訪れたはず。──ここで生まれるタイムラグは長くても数ヶ月程度。その間、ディアメントさんが私たちを足止めしようとした理由は一体何だろう。


「……ハイルちゃん。コルテさんが鳥籠を訪れたのは、私たちが居たから?」

「違うよ。元々、定期的に宰相は鳥籠に顔を出してるんだ。だってそうじゃなかったら僕、あんな人と何度も会話することなんてしないもん」


 ぷく、と膨らむ頬。そこから推測されるのは──


「……ディアメントさんは、私たち──いや、私を、コルテさんと会わせたくなかった?」


「ご明察だね、エディリーン嬢」

「……っ、ディー!?」


 瞬間、背後に感じる気配。私の客室から繋がる隠し扉からシュワルツの客室へと渡ってきたのか、天井から音もせず降り立ったその人はベッドに膝をつき、被さるようにしてその両手で私の目を覆っている。

「宰相ッ!? なんで、なんでここに……!」

 真っ暗な視界の向こうでエリスとハイルちゃんが攻撃体制に入るのが分かる。それでもこうして私が盾にされているからか手をこまねいているばかりだ。


「あら、お褒め頂き光栄だわ」

「……きみ、現状を理解してる? 悪者に捕まって笑ってるお姫様なんて初めて見たよ」

「生憎だけどお姫様をご希望ならチェンジしたほうが無難ね。どこかの誰かさんのせいでほら、そこでおねんねしてるわよ、眠り姫(シュワルツ)は」


 背後の気配が鼻で笑う。瞼に、手のひらの熱とは似つかわしくない冷たいそれが触れる。

 あの時──葡萄酒を差し出したとき、その手には嵌められていなかったはずのそれが存在することに私は自分の仮説が正しかったことを理解した。

 ハイルちゃん話を聞いたばかりで私自身も衝撃から抜けきれていないが、このタイミングでここに現れたということに意味があるというのなら、私はこの人と向き合って話さなくてはならないだろう。


「いいわ、今のところは大人しく拐われてあげる。私、あなたに話したいことが沢山あるの」

「おや、愛の告白かな? てっきり僕の手は振り払われてしまったと思っていたんだけどね」

「最初に振り払ったのは私じゃなくてあなたでしょう?」


 刺を含めた言葉に途端黙ってしまったその人に、わざとらしく肩を竦めてみせる。そうして視界を塞ぐ手はそのままに、首に下げていた袋ごとアルミラさんから貰った護石をシュワルツのほうへと放った。


「ディーちゃん! 何して……!」

「大丈夫よ二人とも。安心して? ちょっとお話ししてくるだけ。だってこの人に、私を殺せる訳がないもの」

 振り回される二人に一言謝り、私は呆れたように笑う。

「待ってよディー! どういうことなのか説明を……!」

「シュワルツのこと、よろしくね。目が覚めたら一発ぶっ叩いてやるわって伝えておいてくれる?」


 一瞬の浮遊感。叫ぶエリスとハイルちゃんの声が瞬く間に遠くなって、とす、と地に足がつく。響いた音はひとつだけ。……相変わらず、足音一つたてないのね。


「さて、」


 解かれた手を掴んだままぐるりと背後に向き直れば、無表情のコルテさんが私を見下ろしていた。チョコレート色の──いや、樹の幹のように深い焦茶の瞳が、べっこうの眼鏡の向こうから冷々とした光をたたえ私を貫く。


 話したいことなら沢山ある。聞きたいことだって山ほどある。それでも最初はこう言うのだと決めていた。


 私は彼女()の体に手を回し、力一杯抱き締めた。


「──おかえり、ロゼ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ