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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
2.その想いに触れたから
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幕間.とある午睡時のティータイム

 こんこんこん。扉を叩く音が三度響く。ポットを置いて駆け寄れば、開いたドアの向こうからディフルジアを見上げた少女が「おまねきありがとう」とスカートの裾を摘まんでみせた。

「こちらこそ。ようこそいらっしゃいました、ジュリちゃん」

「かかしゃまはねぼうしたから、もうちょっとあとからくるの。さきにルシィおねえちゃまのとこ、いってなさいっていってた」

「来ましたわよルシィちゃん!! ……ってあら、わたくしとしたことがジュリちゃんに先を越されていましたのね?」

「……あ、ミラ」

「なんでルシィちゃんはおねえちゃま呼びなのにわたくしは呼び捨てなんですのジュリちゃん!?」


 「理不尽ですわーー!!??」と叫んだのはトゥルーズ伯爵家のアルミラ嬢。エディリーンに護石を渡した炎の魔力持ちであり未来視のできる双子の片割れである彼女は、存在しないハンカチを噛み締めて「キーッ」と叫ぶ高等テクニックを駆使しながら地団駄を踏んでいる。

 シュワルツの秘書であるルシフェルとその妻ミーナの一人娘ジュリは、そんなアルミラを見て「だってミラはジュリよりこどもだから」と無情に言い放った。


「な、なっ……! ジュリちゃんはそんなだから、ルシフェル様に「ジュリはととさまとかかさまのどちらが好きなんですか?」って聞かれたときに「ジュリがすきなのはネギトロかなー」なんて答えるんですのよ! ステンターからネギトロが撲滅されたらジュリちゃんのせいだってわたくし、言いふらしますわよ!?」

「ととしゃまはジュリのことだいすきだからそんなことしない」

「ジュリちゃんはネギトロが好きなの?」

「すき」

「ちょっとお二人とも聞いてますの!?」


 ぜえはあと肩で息をするアルミラをからかうのに飽きたのかひょこりと部屋に入ったジュリに、ディフルジアとアルミラも続く。

 男装したエディリーンが訪れたときより遥かに蔵書が増えたディフルジアの自室には、本棚に収まりきらなくなった本たちがうず高く積まれていた。「これがかの有名な「積ん読」ですのね……!」と名探偵のごとく目を光らせたアルミラにジュリが冷ややかな視線を送る。

 重厚な造りをした書斎机の側にはレースのテーブルクロスの掛けられた可愛らしいテーブルや椅子が並べられていた。テーブルの上のアンティークのポットには、先日アルフレッド団長が未だ療養を続ける王妃にと差し入れてくれた茶葉が入っている。何度も練習した紅茶は、今ではこだわりの強いルシフェルまでも唸らせるくらい上手に淹れられるようになっていた。


「それにしても、いつ来てもルシィちゃんのお部屋は凄いですわねえ。こんな厚さの本なんて、わたくし、一生かかっても読みきれませんわ」

「しょうがない、ミラはたんさいぼうだから」

「ここぞとばかりに馬鹿にしてきますわね!?」

「あっ、かかしゃまのほんだ」

 マイペースなジュリに振り回されっぱなしのアルミラは、「もう知りませんわ!」と頬を膨らませて椅子に腰掛けた。ディフルジアが淹れた紅茶を飲んで、ほう、と溜め息をひとつ。

「ジュリちゃん、それ論文だよ?ミーナさんが書いたってわかるの、すごいねえ」

「これ、ひょうしにえがかいてあるの。これがトリカブト、これがオトギリソウ。あぶないよーって、かかしゃまがいってた」

 自慢気に言ったジュリをディフルジアがほめれば、彼女は嬉しそうに目を細める。


「ジュリちゃんはお母さまのこと、好き?」

「だいすき。ルシィおねえちゃまは?おねえちゃまのかかしゃまのこと、すき?」

「うん、とっても。私もお母さまのこと、大好きだよ」

 お揃いだねえ、と笑ったディフルジアに、アルミラは口を挟まないながらも満足そうに微笑んだ。彼女がこうして母親である王妃のことを公言できるようになった出来事を思い出しながら、置かれていたクッキーに手を伸ばす。そよそよとディフルジアの周囲を舞う風はとても心地いい。



「ごめんなさいごめんなさい!遅れちゃった!」

 音をたてて飛び込んできたのはジュリの母親のミーナ。ステンター筆頭の薬学者である彼女は、寝癖のついた栗色の髪を撫で付けながら駆け寄ってきたジュリを抱き上げる。

「いいこにしてたかな、ジュリ?」

「ジュリはいいこにしてた。でも、さきにおかしをたべてるミラはわるいこ」

「コラ。呼び捨てはダメでしょ?」

「ミラがいいっていった」

 「言ってませんわよ一言も」。すんでのところで言葉を飲み込んだアルミラは、ばつが悪そうに無言のままクッキーのくずのついた右手を隠す。ディフルジアは笑って、ミーナとジュリを席へと招いた。



「話は変わるけどね? ミラちゃん、あのあと大丈夫だった?」

 ティーカップを両手で包んだミーナはアルミラを見て心配そうに眉をひそめる。アルミラは「気にしないでくださいまし!大したことじゃありませんもの」とケラケラ笑う。

「あのあと? ミラちゃん、なにかあったの?」

「あー、闘技大会ですわ。わたくし、残念ながらルシィちゃんの勇姿、見れていませんのよ。何せ魔力切れでぶっ倒れていたんですもの」


 オセルスの刺客による襲撃を受けた闘技大会。刺客の連れた鳥が放つ泥塊を焼き払ったアルミラはその後大幅な魔力切れで意識を失い、偶然側にいたミーナによって介抱されていたのだ。

「元々、ルシィちゃんやアルくんと比べて魔力量も少ないのだから、あれだけ派手に炎上させたらまずいってことはわかっていたんですのよ」

「ひきぎわがみきれないミラはしんそこばか」

「もういいですわよ、好きにおっしゃって。だってわたくし、後悔はしてませんもの」

「……ばか、だけど。あれは、かっこよかった」


 思わぬ賛辞な目を丸くしたアルミラに、照れを隠すようにひょい、とジュリがクッキーをひとつ手渡す。

「……あげる」

「ジュリちゃん!! これを機にわたくしのことも是非おねえちゃまと呼んでくれてもいいんですわよ!?」

「やだ」

「ジュリちゃん~~~~」

 熱い手のひら返しに崩れ落ちたアルミラと、ミーナに引っ付いたジュリにディフルジアは思わず笑みをこぼす。


 闘技大会のあと、エディリーンたちと一悶着あったらしいアルミラは、彼女にくっついてディフルジアの元を訪れた。彼女が炎の魔力持ちだと告げたディーお姉さまにディフルジアが目を輝かせてアルミラを見れば、アルミラのほうも鼻息を荒くしてから「ディーちゃん天使はここにいたのですわ……」と顔を覆っていた。若干の呆れを隠しきれないエディリーンを挟んで会話した二人は性格こそ正反対なものの思いの外気が合ったのか早々に打ち解け、こうしてディフルジアの部屋にアルミラが訪れることは日常のひとつになっていたのだった。


「まあ、それにしてもわたくし、今回はいい仕事をしましたわ。お二人とも、協力感謝いたしますの」

 あっはっは、と笑ったアルミラにディフルジアとミーナはあのことか、と表情を固まらせる。

「あのぅ、ミラちゃん。ほんとのほんとに大丈夫なの? ……ディーお姉さまのメイドさんを、手引きしてお城に入れた、って」


 新しい論文を書き始めていたミーナはステンター城に隣接する研究所の窓を偶然閉め忘れていて、兄の執務室に遊びにいったディフルジアは自身の小説の原稿に偶然紛れ込んでしまった騎士団の報告書を、しばらくの間机に置いたままにしていた。

「手引きなんかしていませんわ。わたくしはただ、『研究所の窓が閉め忘れていましたわー』、『ルシィちゃんのお部屋に見たことのない書類があったけれど、あれってもしかして団長の報告書かしらー』と呟いただけですのよ?ひとりごとが大きいって、昔からカイに言われてますの」


 だからロゼという名の女が研究所経由で城内に忍び込み、ディフルジアの机にあった報告書に書き置きを残して去ったなんてことは、全部偶然なのだ。


「……でも、ディーちゃんのメイドさんって悪いことをしているんじゃなかったの? ルシフェルがあんな顔して出ていくなんて、よっぽどだと思うんだけど」

「大丈夫ですわよミーナさん! 心配なんてこれっぽっちもいりませんわ。だって彼女はもう、"ロゼ"なんですもの」


 アルミラは胸をそらし、誇らしげに笑った。


「名は体をあらわすの。彼女はスミレ(ウィオラ)じゃなくて薔薇(ロゼ)になった。誰が何と言おうと、彼女は紅薔薇(ディーちゃん)の花ですわ」


 アルミラの言葉に、ミーナは慈しむような視線を彼女に向ける。


「それはミラちゃん、貴女も同じなんじゃない?」


 幼い頃から人にはみえないものが視えた。双子の片割れはそれが普通ではないことに幼いながらも気が付いていたけれど、アルミラにはそれが出来なかった。

『おしろがほのおにかこまれて、ひとりぼっちでないてるの。ねえカイ、アルはどこ? ロゼは? キースおにいさまは? おとうさまもおかあさまも、みんな、わたしをおいて、どこにいってしまったの?』

 奇しくもセデンタリアの城が焼け落ちる三日前、アルミラはエディリーンの未来を視た。彼女はエディリーンと自分を無意識に重ね、会ったこともない「家族」の無事を片割れに問い掛けたのだ。

 そうして知恵熱を出し三日三晩寝込んだアルミラは、片割れと自分とがこの世界で異質なものだと理解した。無数に存在する、在るはずの世界線。それを何故か持っていた朧気な記憶から「ルート」と称することにしたアルミラは、物語を辿るように未来を視るようになっていった。


「取り巻きの子達と仲良くしたのだって、こうなるという未来を視たから。あんまり良く思わなくたって、わたくしは正しい、正しいはずだって信じてましたの」

 アルミラ・ヴァン・トゥルーズがエディリーン・セデンタリアと接触するタイミング。短剣を持って彼女と対峙したのだって、それが最善策だと盲目に信じ込んでいたから。

 「物語に干渉しすぎない」。未来視と自分を重ねすぎるアルミラに片割れはそう言った。「俺たちは物語を視ているだけなんだよ」。暴走する片割れを心配して投げ掛けた言葉は、いつの間にか意味を変えてしまっていた。


「ディーちゃんのこと、物語としてしか見えなくなっていたの。王子やエリスくん、ルシィちゃんのことだって。わたくしがわたくしだって自覚も、正直あまりなかったですわ」

「でも、ミラちゃんは違うでしょう? 私が書くお話みたいに、紙に書かれたキャラクターじゃないよ」

「ええ、ええ。わたくし、ようやく気が付きましたの。わたくしはアルミラ・ヴァン・トゥルーズ。他のものにはなり得ないって、そんな簡単なことに。……視えた未来が変わったのは、"有り得ない"ことじゃない。だってわたくしは読者ではなく、物語を紡ぐひとりなのだから」

 アルミラは一息おいて、ティーカップを持ち上げて悪戯気に笑った。


「だからルシィちゃん、貴女は自信を持つべきですわ」

 急に矛先を向けられたディフルジアが肩を跳ねさせる。

「え、どうして? 私?」

「知ってますのよー? ディーちゃんも愛しのお兄様もみんなオセルスに行っちゃって、私は何にも出来ないなあなんて思ってる、なんてこと」

 図星だったのか俯いたディフルジアに、アルミラは優しく微笑んでその頭を撫でた。

「ルシィちゃんは物語をのこせる人よ。喜びも、葛藤も、哀しみも、文字にのせて届けられるの。貴女にしか出来ないことですもの! 胸を張っているべきですわ、ユーナ・ココット先生?」

「み、ミラちゃんも知ってるの……!?」

「あら、わたくしは未来視(チート)で視れますのよ? 勿論、ディーちゃんによるユーナ・ココット作品のプレゼンもみっちり受けましたけれどね!」

「ジュリもえほんよんだよ、にゃーさんのおはなし」

「にゃー、さん?」

「ねこのえほんのことだよ、ルシィちゃん。くろねこのネロくんのお話。私もあの絵本、大好きなの」

 耳まで真っ赤に染めたディフルジアをからかうようにアルミラが肘でつつく。ジュリはミーナの膝の上で「にゃーさんにゃーさん」と転がすように口にしている。



「忘れていましたけど今日話そうとしていたことがありましたの!!」

 突然、アルミラが何かを思い出したように叫んだ。

「女の子が集まってする話題! そう! 恋バナしかありません!! 季節は! そう夏! 夏と言えば冒険! そして恋! 煌めく水面、絡み合う視線、そして一夏のアバンチュール! 萌えたぎりますわあああ!! ……ということでミーナさん、何かルシフェルさんとのときめく話題はありませんの!?」

「えっ!? そういう流れなの!?」

「他人の恋路を空気のように、時には親戚のおばちゃんのように見守る……。自己投影はするべきではないとわたくし、この十八年で学びましたの」

「急にシリアスになるのやめてよぅミラちゃん……」


「さあさあ盛り上がって参りますわよーー!!」


 勢いに圧されるまま、洗いざらい吐いたミーナの話に聞き手のほうが赤面したり、まだまだ恋心には至らないディフルジアのちょっとした想いに気付いた二人がニマニマしたり、あからさまなグレース副団長のアピールに気が付かないアルミラに三人そろって肩を竦めたりするのはまた、別のおはなし。


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