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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
2.その想いに触れたから
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11.見通せぬ先

 コルテさんが立ち去りふと隣を見れば、シュワルツが顎に手を添えて眉を潜めていた。

「シュワルツ?」

 身体を乗り出して視線を合わせればシュワルツは何度か瞬きしてきゅっと口を結ぶ。何かコルテさんの話で不都合でもあったのだろうか? 話してくれるとふんで口をつぐめば、シュワルツはさっと立ち上がってエリスに視線を向けた。

「エリス、こいつを部屋まで送ってくれ。俺は少し──アルアレン、お前と話がある」

「それは、オレとディーには聞かれたくないってこと?」

「ああ。隠し立てするつもりはない、確信が持てたらすぐにでもお前たちに話すさ」

「……わかった。いこうか、ディー?」

 エリスと並んで広間を出る。終始黙ったままのアルと、珍しく焦っている様子のシュワルツのことは気になるけれど今は問いただすべき時ではないだろう。またあとでと言い残して、私はエリスと共に客室へと帰った。



「さて、」

 エディリーンとエリスの足音がしっかりと遠ざかったのを確認し、シュワルツはアルアレンに向き直った。燭台の灯が風にあおられ、ふらふらと頼りなさげに揺れている。

「まずは単刀直入に問うが──あれは、お前たちの兄ではないな?」

「……うん、そうだね。予想外だった。シュイノグ宰相の評判や国政に関わり始めた時期や年齢、どこをとってもキース兄さんその人だと思ってたんだけど」


 「十四の歳に宰相になった」、そう彼は語っていた。セデンタリアが戦禍にのまれ、城が焼け落ちたのはちょうど第一王子キースと、ロゼとが十四になった年だった。

「姉さんの男装のこともあったから瞳の色が簡単に変えられるのは知ってるよ。目薬だっけ? ルシフェルさんの奥さんが作った試作品を侯爵経由で譲ってもらったって話してたんだ」

「ああ、それは容易だろうな。……だがそれを考慮したとしても、あの男はキース・セデンタリア足り得ない。そういうことだな?」


 シュワルツの言葉にアルアレンは無言で首を縦に振る。その返答にシュワルツはひとつ大きく息を吐き、策を巡らせた。

 当然、宰相イコールキース第一王子だと考えていたがどうやら読みが外れたらしい。しかしあの日アルアレンは確かに業火のなか狂ったように笑う兄の姿を目にし、メイドのロゼも彼の存在を仄めかしている。キースが生きていること、そしてオセルスに与していることは確かなのだ。


 「セデンタリアを取り戻す」、シュワルツがわざわざ危険を犯してまで敵国であるオセルスに乗り込んだのは何も、かの麗しの婚約者のためだなんて美談などでは決してない。

 ファウスティア大陸を三分する魔術国家セデンタリア、宗教国家ステンター、それに帝国オセルス。セデンタリアの国土をオセルスが支配下に置いている今、ステンターは圧倒的に不利だ。三国のなかでもセデンタリアは立地の条件がよく、山脈に沿って南北に長い他の二国と比べ平地が多い。

 今でこそオセルスはセデンタリアに干渉せずにいるが、自治に近いこの状況下においてオセルス側が一度でも武力行使に出たのならあっという間に大陸における力のバランスは崩れてしまうだろう。


 魔術を行使できるセデンタリアや、戦闘には関与しないと取り決めてあるものの魔獣と対抗できる能力者のいるオセルスと違い、シュワルツの母国であるステンターには騎士団以外の戦闘手段がない。いくら精鋭といえど、あのオセルスの刺客のように人間ばなれした化け物が襲ってきたらひとたまりもない。シュワルツはそれを痛いほど感じていた。

 早急な覇権の分立。

 もう少しもしないうちに国を率いることになるシュワルツにとって、これは目方最大の問題だった。


 だからこそシュワルツにとって、オセルスの宰相がエディリーンらの兄だということは敵国との会話を成り立たせる上で非常に有効なカードだった。

 セデンタリアは腐っても大陸一の大国。情に訴えかけるというのはシュワルツとしては些か不満ではあったものの、うまく転げば権力が三国に分立していた状態に戻すことは可能。みすみすこの好機を逃すわけにはいかなかったのだ。

 しかし蓋を開けてみれば、あらわれた宰相は第一王子とは似ても似つかない学者肌の気の抜けた男。全てが振り出しに戻ってしまったかのような無力感に襲われて、シュワルツは拳を握り締めた。



 俯くシュワルツを斜め向かいに座るアルアレンは黙ったまま眺めていた。悔しさからか、それともまた別の何かからか苛立ちを隠そうとしないシュワルツは眉間に皺を寄せて悪態をついている。


 似ているなと、アルアレンは唐突にそう思った。

 似ている、似ているのだ。シュワルツ王子と姉さんは。何もそれは外面を被るのがうまいとか、そういったことではなく。根が馬鹿真面目で頑固、自分が負うべき責務を必ず果たさなければならないと思っているところとか、何かにぶち当たったときに一人で思い悩むところとか、


(人に頼らないところ、とかね)


 一言いってくれればいい、「力を貸せ」と。「助けてほしい」と。そういってくれれば誰だって、貴方のために働こうと思うのに。


(ほんと、見ててこっちがやきもきするよ)


 それでも、アルアレンは当分助け船は出さないでいようとほくそえんだ。だって、自分にとって一番大切なのは姉さんの幸せだから。思いきって告白したエリスさんとは違って、未だ好意の欠片すら伝えられないこのヘタレ王子はもう少しだけ苦しめばいい。


 だって、「セデンタリアを取り戻すのはステンターの今後のためだ」とそう言ったシュワルツ王子が、姉さんの話を聞いているときに少しだけ頬が緩むのをアルアレンは知っているのだ。

 彼がこうして尽力する理由に、私情が少しだけでも挟まっていればいい。それを彼が自覚したあとでなら、協力してやってもいいかなとアルアレンは小さく笑った。


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