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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
2.その想いに触れたから
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幕間.だから私は

「やだ、眠らないわ。だって全然眠たくないんだもの!」

 小難しい本を両手で抱き締め、ぷう、と頬を膨らましたエディリーン様は死んでも離さないとでもいうように目の前の兄をキッと睨み付けた。

 キースは困ったように頬を掻いてから、屈んでエディリーン様と視線を合わせる。とん、とその肩に両手を置いて、諭すように声を掛けた。

「ディー、もう寝なきゃ明日起きられないよ?」

「大丈夫だもん! でぃーはもう立派なレディだから遅くまで起きていてもいいのよ!」

「立派なレディは夜更かしはしないんじゃないかい? それに、遅くまで起きてるとオバケがディーのことをさらいにきちゃうかもしれない」

「へ、平気よ! オバケなんてぜんっぜん怖くないわ。だってお兄様が守ってくれるもの!……そうよね、お兄様?」

「そうなんだけどねえ……」

 涙目になりながらも決して本を手放そうとしないエディリーン様に、キースは返事に窮し口を閉ざしてしまう。

 どうすればいいだろうかと助けを求める視線を送ってくるキースに、私は一つ溜め息をついてから一歩踏み出そうとした──が、


「コラ!駄目ですよディー様。ディー様が起きられなかったら誰が私を起こしてくれるんです?」

「げっ! な、なんで!?」

「もー! ご本は預かっちゃいますからね?これ以上減給されたらたまったもんじゃないんですから、しっかりしてくださいよディー様」

「ディーに起こされる以前に自分から起きる意思はないのかい、きみは……」

 私の背後から駆けてきた「私の姿をした女」が、頬を膨らましエディリーン様の本を取り上げる。それを取り返そうとしたエディリーン様が慣れた様子で跳び跳ね、キースが呆れたように頭を抱える。女は姿かたちこそ私と同じだけれど、子供っぽく笑う仕草は私とは似ても似つかないものだった。


(違う、そこは貴女の居場所じゃない!)


 踏み出そうとするけれど、私の足は鉛のように重くなっていてぴくりとも動きやしない。慌てて下を見れば、血だらけの沢山の手が地面から生え出て私の足首を掴んでいた。男、女、子供、老人──何本もの手が執拗に絡み付いてくる。力任せに引っこ抜こうとするけれど、跡が残るほど強く締め付けられ動かすことすらままならない。

「いやだ、離せッ!! 私に近寄るなッ……!」

 いつの間にか手にしていたナイフを突き立てれば、ぶわりと血飛沫が舞って視界が真っ赤に染まる。めちゃくちゃに振り回して、襲い掛かってくる腕をこれでもかというほど切り裂いた。


 切って、切って、切って。どれくらい経っただろうか。気が付けば私は一人血溜まりに立っていて、足元には朱を散らしナイフを突き立てられたキースが横たわっていた。彼の周囲には同じように腹を引き裂かれ動かなくなった金髪の子供がひとり、ふたり、さんにん。


 私の目が正しいのなら、あれはきっと、


 膝を折り崩れ落ちた私の耳元に、エディリーン様が顔を寄せて囁く。


『酷いうそつきね、ロゼ』


 全部ぜんぶ、壊れちゃったの。貴女が、壊したのよ。

 声が震えている。俯いたエディリーン様の足元に、ぽたりと染みが出来た。


『──たすけて、ウィオラ』


 女は、私と同じ顔をした女は、呆然とした私と目が合うと泣きそうな顔で笑った。



「──……ちゃん!嬢ちゃん!」

 身体を揺らされて瞼を開けば、心配そうな顔をした女性が私を覗き込んでいた。……夢だったか。ふ、とひとつ息を吐いてつい先程までの想像を振り払うように頭を振った。

「大丈夫かい? 随分と魘されていたようだったけど」

「……すみません、ご迷惑をお掛けしてしまって」

「いいや、構わないさ。相乗りさせてもらって助かってるのはこっちだからね、どうってことないよ」

 水筒を差し出されたので有り難く受け取れば、女性は豪快に笑った。馬車が大破して立ち往生していた彼女を荷物ごと私の乗る馬車に迎えたのは一昨日のことだ。

 相も変わらずステンターとオセルスは対立しているが、シュワルツ王子が国境の道を整備してからはちらほらと商人の出入りが見られるようになってきている。彼女もその一人だ。相互不可侵とは言ったものの、かの王子は流通を見越してこの政策を行ったのだろうと私は践んでいた。その証拠に、ステンター側のこの街道には検問すら敷かれていない。

 キースが雇った御者は何も言わず、彼女を助けた私に視線すらくれない。職務に忠実なのは良いことなのだろうが、些か態度が気に食わない。欠片の愛想くらい、あってもいいだろうに。


「にしても嬢ちゃん、一人で国境越えなんて大したもんだ。見たところ物売りでもなさそうだし……あっちにコレでもいるクチかい?」

 女性が小指を立て、からかうように肘で突いてくる。私は苦笑して、是とも非とも示さなかった。

 無言を肯定と捉えたのか、ひゅう、と口笛を鳴らした彼女は「若いねェ!」と破顔した。

「……でもまあ、最近キナ臭いから気を付けなよ。知ってるかい、オセルスがステンターに攻め込むかもしれないって! 町じゃ随分と噂になってるよ。せっかく王女サマのお陰で魔力持ちも住みやすくなったってのに、戦争なんて信じられないね。そう思わないかい?」

 口ごもる私に、女性は特に返事を期待していなかったのか鞄に入った干し肉を取り出し噛み付いた。

 畳んでいた膝を伸ばし、夢から抜けきっていない意識を戻そうとぱちんと頬を叩く。


 酷い悪夢だ。


 あたし(ウィオラ)が奪ったぶんだけ、(ロゼ)の手から零れていった。踏み越えてきた余多の死人があたし(ウィオラ)を引きずり込もうとして、(ロゼ)と入れ替わるようにして女がしあわせそうに笑っていた。


 嗚呼、それでも。


 たすけてと、あたしの名を呼んだ声が、耳に残って離れない。


「そうだ嬢ちゃん、あんた何処までいくんだっけか? 場所によっちゃ、途中で降ろしてくれて構わないよ」


 瞼の裏で貴方が笑う。

 しあわせを乞う私は心底可笑しいと、貴方は嗤う。


 それでも私は知ってしまった。

 身体を抱えて眠る貴方がうわごとのようにかあさま、と夢で呼ぶことも、手酷く私を嘲笑ったあとに、瞳が揺れていることも。


 だから私は、わらって、


「──帝都の、鳥籠まで」


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