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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
2.その想いに触れたから
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8.砂糖菓子は飽和水に溶けるか

 車輪を止めた馬車を降りようとすると、先にひらりと地面に着地したハイルちゃんが自然な流れで手を貸してくれた。可愛らしい言動からは意外に思えるほどたおやかなエスコートに、私は少しだけ目を見開いた。

「じゃあ、ディアメントさん──ええっと、僕たちの上司さんのところに案内するね」

 後ろを振り向けばアルは未だセイアッドさんと話し込んでいて、エリスはグレースさんと並んで歩きながら頭を抱えていた。はてシュワルツは何処に行ったのか、とハイルちゃんに声を掛けようとすると、小さな手のひらに添えていた右手がふわりと外され、何者かに強く掴まれた。

「悪いな、曲がりなりにも俺はこいつの"婚約者"なんだ。エスコートは譲ってもらう」

「ひぇ……あっあの、すみません気が回らず……っ!」

 ハイルちゃんを威圧するように告げたシュワルツは、逃げるように足を速くする彼女のあとを私の手を掴んだまま続いた。


 面白くなさそうに歪んだ顔に呆れてみせれば、仕返しとばかりに込める力を強くされる。

「……おもちゃをとられて不機嫌、って顔してる」

 ぼそりと呟けば苦虫を噛み潰したような表情が浮かんだ。常に人を食ったような態度をとるシュワルツがこんなにもあからさまに顔に出すことが珍しくて不躾な視線を送るけれど、どうやら無意識らしい。

「そんなに嫌だった? ここじゃあ国の人の目はないんだから婚約者ごっこはしなくてもいいのに」

「……国外なんだから尚更だろう。用心するに越したことはない」

 繋がれた右手を見た。向けられた好意と真正面に向き合おうと決めたからか、自分より一回り大きいその手は紛れもなく男の人のものなんだなあと今更ながら気付く。骨ばった手のひらには堅くなった豆が出来ていて、剣を握る人なのだと思う同時に、見慣れたペンだことのアンバランスさにくすりと笑ってしまいそうだ。

 私は素直に、働き者のその手を好ましく感じた。


「吹っ切れたんだな」

 先を行くシュワルツが呟く。その声色が思ったより優しくて拍子抜けした。

「貴方のお陰よ。あのときは取り乱して悪かったわ、ごめんなさい」

「別に俺が何をした訳でもないだろう。頭を下げるならアルフレッドあたりにしておけ、随分と気を回していたからな」

 つい、と横を向いたシュワルツにいらぬ心配を掛けさせてしまったことを謝りたかった。嫌味のひとつでも言われるかと身構えれば返ってきたのは謙遜と団長を案じる言葉だけで、思いの外、根は優しいのかと呆気にとられる。

 そんな態度がどこかルシィを思わせて、似ていなくともやはり兄妹なのだと私は頬をゆるめる。突然にやついた私を不審に思ったのか眉を潜めた彼の、握られた左手に力を込めた。

「用心、ね。謝罪も込めて茶番には付き合ってあげるわ、"婚約者殿"?」

 指を絡めてぎゅっと握れば、眉間の皺は深くなる。開きかけた口からは溜め息が漏れて、数秒の間をおいたあと「お手柔らかに」と囁かれた。

 すっかり普段の調子に戻ったシュワルツと顔を合わせ、揃ってにんまりと口角をあげてから何事もなかったかのように歩みを進める。道の先ではハイルちゃんが大きく手を振っていた。



「この度はようこそ御越しくださいました、鳥籠のディアメントと申します。ハイルくんから聞きましたがどうやら魔獣と遭遇されたようで……お怪我などはございませんか?」

 堅牢な石造りの建物に入ると、腰の低い男性が私たちを出迎えた。この人が鳥籠の経営者、ディアメントさんらしい。確かシュワルツが一度話したいと言っていた相手だ。

 物腰柔らかな態度に警戒は解いてもいいかと思った矢先に、彼の薄氷の瞳と視線がかち合った。淡い色をした、顔の横の猫毛を指先で弄るディアメントさんは欠片も邪気のないその瞳を細めふんわりと笑う。


 瞬間、背筋が凍る気がした。目の前の男の底が見えない。砂糖をそのまま押し固めたような甘ったるい無邪気さはハイルちゃんのそれと似通っているようで、それでいて本質はまるで違う。

「わーっ、ディアメントさん敬語使えたんですね!? 僕、てっきり使えないんだと思ってましたよ」

「ちょっハイルくん!? これでも頑張ってるんだから気を抜かせないでね!?」

「慣れないことはするもんじゃないぞ、ディオン。すぐこうやってボロがでる」

「そうそう、幼馴染くんの言うこと聞いときなよ~」

 三人の乱入で場は一気に和やかになった。背格好の近いディアメントさん、セイアッドさん、グレース副団長を見たハイルちゃんが「寒色三兄弟……?」と呟けば、ツボに入ったらしいエリスが噴き出している。


 この人には私やシュワルツの芝居は通じなさそうだと唇を噛み締める。飽和しきった水にいくら砂糖を混ぜたってそれは底に沈むだけ。見せかけだけの甘さじゃあすぐに見破られてしまうだろう。

 鳥籠は国から独立した機関。この帝国でそんなことが可能なのか心底疑問に思っていたが、なるほどどうして彼は一筋縄ではいかないらしい。全くもって、隙のない人だ。


 思わぬ伏兵に私は出来得る限り、砂糖菓子のような笑みを浮かべて名乗りをあげた。


 見せかけでもいい、張りぼてでもいい。

 だってこれこそが──私の鎧、私の剣。

 

 だから堂々と胸を張る。絶対に、負けてやるものか。


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