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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
2.その想いに触れたから
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1.紅薔薇に似合う色

 絨毯の敷かれた廊下を進み、城の奥へと足を運ぶ。周囲に比べ一層豪華な装飾がなされた部屋へと辿り着くと、入り口に控えていたメイドが私の姿をみとめ扉をノックする。

「フリューゲル様、ディフルジア様。エディリーン様がお見えになりました」

「……っ! お姉さまが!?」

 勢いよく扉が開かれ、中からルシィが飛び付いてきた。少しよろめいてそれを受け止めると、ルシィは顔を上げ満面の笑みを浮かべる。

「ディーお姉さま! その、元気だった……? お兄さまからお話は聞いていたけど、なかなか会えなかったから寂しかったの」

「ええ、元気にしていたわ。それよりルシィ、フリューゲル様のお加減は?」

「それなら! お母さまっ、ディーお姉さまが来てくれたの! お母さまのお見舞いだって」


 手を引くルシィにつられ部屋に足を踏み入れる。一国の王妃が使うにしては簡素なベッドで、ステンター王妃であるフリューゲル様は身体を起こし私を迎え入れた。

「久しぶりですね、エディリーン」

「……あれから一度もお伺いしなかったことをお許しください、フリューゲル様」

「あら、構わないことよ。大方、シュワルツが側から離したがらなかったのでしょう? あの子が執着するのは貴女ぐらいだもの、仕方がないわ」

 くすくすと口元に手をあて笑う彼女は、からかいを込めた視線をベッドサイドに立つ私に向ける。どう返事をしたらいいかと言葉を選んでいると、フリューゲル様はそれを肯定と受け取ったのか一人で頷き納得したようだった。


「シュワルツは昔から手のかからない子だったの。聞き分けもよくて、私たちが何もしなくても一人で何でも出来ていて」

口を挟めず立ち尽くしている私に、彼女はいくらか饒舌に話し始めた。

「その反面、あの子は何にも興味を示さなかった。子供らしいところも確かにあったけれど、私たちに甘えていても嬉しそうな顔なんてしたことがなかったの」

「それは……」

「でもね、闘技大会で貴女と話しているときはとても楽しそうだった。あの子が笑っている顔をずっと見ていたはずなのに、初めて見たような気がしたくらい」

 その顔はどこか寂しそうで私は開こうとした口をつぐんでしまう。シュワルツ王子の本心を聞いた今、私は彼女の言葉に何と返したらいいのか分からなかった。言い淀む私をみとめたフリューゲル様の口角が柔らかに笑みを形作る。

「だからね、本当にありがとう。ルシィのことも、全部貴女のお陰よ」

 にっこりと微笑んだフリューゲル様は横に座るルシィの手をぎゅっと握った。嬉しそうに、握られた手をみつめたルシィの周りにふわりとあたたかな風が吹く。

「お姉さま、少しお話しする時間ってある……? あのね、さっき団長さんが、チョコレートを持ってきてくれたの。お母さまは食べないっていうし、私ひとりじゃ食べきれないから、一緒に食べられたら嬉しいな、って思って」

「勿論! 私もルシィとお話ししたいと思っていたの。こちらからお願いしたいくらいよ」

 ルシィが指差した椅子に腰掛け、フリューゲル様が膝に広げた綺麗な包みをあける。宝石のようなチョコレートからは到底連想できない団長の姿を思い浮かべてしまい、思わず笑ってしまった。


「あのねあのね、お姉さま。今、お母さまから私の『お兄さま』のお話を聞いていたの」

「シュワルツ王子のこと?」

「ううん、違うよ。シュワルツお兄さまの、上のお兄さま」

 アーモンドの乗ったチョコレートをぱくりと口に含んだルシィに、私は目を瞬かせた。そういえばルシィを守ったあのとき、フリューゲル様は「今度こそ我が子を守れた」と言っていたような気がする。

 死産だったステンターの第一王子の話をしていたらしい二人だが、流石に私が口を出す事柄ではないと判断して曖昧に頷くにとどめる。

「シュワルツが元気に産まれたときは本当に、涙が出るほど嬉しかった。……ルシィを魔力持ちとして産んでしまったことは、ずっと悔やんできたけれど」

 そういいながらも王妃様はどこか吹っ切れた調子でチョコレートを頬張るルシィを眺めている。

「貴女がルシィの魔力を疎んでいないと言った時、わたくし、とても安心したの」

「セデンタリアでは、魔法は生活の一部ですので」

「ふふ、それでもね。魔力を持ったこの子を無条件で愛してくれる人がいるということは、本当に支えになったの。これからも、どうかよろしくね。シュワルツにも、ルシィにも、勿論わたくしにも、貴女は必要な存在だわ」

 これ美味しいのよ、と苺味の小さなチョコレートを差し出した王妃様に幼い日の母の面影が重なったような気がした。それを受けとった私の顔に、余所行き用ではない笑みが自然と浮かぶ。

「……ありがとう、ございます」

 目を見開いた彼女はふわりと、ルシィそっくりの笑みを浮かべたのだった。



 王妃様の部屋から帰ってきた私は執務室の扉に手をかけた。ルシィたちとだいぶ長い間話していたからもう夕刻なのだが、窓から差し込む光は明るく、だんだんと日が長くなっていると改めて感じる。


「今戻ったわ……って、エリス?」

 開いた扉の先にいた驚いた顔のエリスと目があった。普段の稽古用の服装ではなく白を基調とした正装に身を包んだ彼は普段の数倍大人びて見える。羽織ったマントの裏地は深い群青、金色の装飾も相まってどこかの貴族かと思うほどだ。

「それ、どうしたの?」

「この服? 騎士団の正装だよ。今度ディーとシュワルツの婚約発表があるでしょ? ちょうどシュワルツの成人の儀が執り行われるらしくて、そういう会場にいつもみたいな格好じゃ出られないから、ってルシフェルさんが用意してくれたんだ」

「ちょ、ちょっと待って? ……え? 成人の儀?」

 エリスのマントによって死角になる位置に座っていたルシフェルさんが首をひねり、さも当然というように頷く。

「おや、ご存知ありませんでしたか? 私はてっきり、エディリーン様は知っているものだとばかり」

「私は何も知らされていませんよ!? でも、成人の儀って──それって、つまり、」

「通例に従うのなら王位継承の儀も執り行われる筈だったのですが、王妃の怪我の件もありますから、そちらは延期されるようですね」

 さらりと口にしたルシフェルさんの向こう、書類の山に埋もれていたシュワルツ王子はおい、と鋭く口にする。無駄口を叩くなら手を動かせ、と暗に言われたルシフェルさんが何事もなかったかのように机に向かい直すと、執務室にはまた静寂が訪れた。

「エディリーン、発注しておいたお前のドレスもそろそろ届くはずだ。メイドたちがお前を着飾るのを楽しみにしていたから部屋に戻ってやれ」

 そう言って顎で扉を示したシュワルツ王子に苛つくも、これはこれで仕方ないと自分を納得させ握り締めていた拳を降ろす。部屋まで送るよ、と笑ったエリスと共に、私は再び執務室の外へ出たのだった。





 もときた道をまた辿って、次は自分の部屋へ足を進める。隣を歩くエリスの身体の動きにあわせて、マントがひらひらと揺れた。

「それにしてもその正装、似合ってるわね」

「え、そうかな?」

「ええ。でも剣を持ってないエリスって何だか新鮮かも」

 ルシフェルさんが用意してくれたばかりのせいかエリスの腰にはいつも見慣れている剣がない。なんだかすかすかするね、と腰のあたりを叩いたエリスがケラケラ笑う。


「これ、シュワルツが着てるのと結構似てるんだよ。ステンター王家の紋章も入ってるし、大事にしないとなあ」

「……さっきから思っていたけどエリス、貴方シュワルツ王子のこといつから呼び捨てしていた?」

「闘技大会のあとだよ。色々あって打ち解けた、って感じかな」

「──ふうん」

 なんだか納得いかないが、エリスが嬉しそうなことだけはわかったので私は水をさすまいと口を閉じる。


 他愛もない話をしているうちにあっという間に自分の部屋へとたどり着いた。入り口には沢山の衣装を抱えたメイドたちが待機していて、私が帰ってきたことを知ると我先にとドレスを広げ迫ってくる。その目は爛々と輝いていて、私は肉食獣に狙われた小動物のような心地に襲われる。

「……こ、こんなに沢山あったら私だけじゃ選べないわよ! ねえロ、……ゼ、」

 反射的にその名を口にしてしまって、私は動きを止めた。メイドたちの猛攻に恐れをなして壁際に逃げていたエリスが心配そうに私の顔を窺ってくる。

「……ディー、大丈夫……?」

「……っ、エリス!! ちょうどいいわ、お願い一緒に選んでっ!」

「え、え、オレが!? ……ちょっ、ディー!?」

 勢いのままエリスの袖口を掴んで部屋に引き入れる。自らの焦りを知られたくない一心で部屋に逃げ込んだ私は、廊下の角からこちらを見ていた華やかな影に、気がつくことさえ出来なかったのだ。



「エリス、これはどうかしら?」

 淡い薄紅色のシフォンドレスを着て小部屋から出るとくるりと一回転。ふわりと舞い上がった軽いドレスはなんだか気分まで浮上させてくれるみたいだ。

「……うーん、でもすこし染みじゃないかな? ディーが主役なんだからもう少し豪華なのでもいいと思うな」

「そうかしら。じゃあこっちのほうがいい?」

「ど、どこが違うの……?」

「このデザインのほうが腰のラインが細く見えるでしょう?」

「ごめんディー、全然わからない……」

 部屋中に飾られたドレスにエリスは頭を抱えている。常日頃から見慣れている私はともかく、目がチカチカするだろうと今更になって思い至り少しだけ申し訳ないと感じた。

 それでもエリスは悩みながら、ドレスと私を見比べてくれている。


「あ、」

 積み上げられていた山を探っていたエリスが突然声を上げた。どうしたのかと後ろから覗き込むと、エリスは確信を込めた目で私を見上げ、一着のドレスを広げてみせた。


「これがいいよ。やっぱりディーには赤が似合う」


 フレア型の袖に胸元の細かいレース、前開きの深紅のドレスは奇しくも、ロゼが舞踏会の日に持ってきてくれたドレスととてもよく似ていた。

「そうね……うん、これにするわ。──ありがとう、エリス」

 手渡されたドレスを掻き抱きゆっくり微笑んだ。シュワルツ王子の成人の儀まで、あと三日。


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