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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
1.回りだした歯車
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幕間.せめて、よい夢を


「シュワルツおにいさま! みてみて! ことしも枕元に、プレゼントが置いてあったの!」

 俺が扉を開けると同時に、ルシィがすごい勢いで抱きついてきた。

「あのね、ルシィね。くまさん、とーってもほしかったのっ」

 両手で抱えきれないほど大きなテディベアを掲げたルシィは、愛おしそうに頬擦りする。俺は微笑んで自分の持ってきたプレゼントの箱のリボンを解くと、テディベアの首に巻き付けて結ぶ。

「せっかくのルシィの誕生日なんだ、クマもおめかししないとね」

「かわいい……! ありがとう、シュワルツおにいさまっ」

 俺には妹がいる。生まれつき魔法を持って生まれたルシィは、このステンターではひどく忌み嫌われた。

 目の前でテディベアを椅子に座らせ、ままごとの準備をする子供をなぜ恐れているのか、俺にはまったくもって分からなかった。

「おにいさま! そこのクッキー、くまさんにあげて?」

「これ? このチョコレートのと苺の、どっちがいい?」

「うーん、どっちも!」

 きゃっきゃと笑いながら皿にクッキーを並べるルシィ。その姿は同じ年頃の女の子と何ら変わらないのに、魔法を持っているというそれだけで、ルシィはこの部屋から出ることを許されない。俺はそれをひどく歯痒く感じていた。

「そうだ! ねえおにいさま、今日って女神さまもお誕生日なんでしょ? ご本に書いてあったの」

「そうだね。城の皆も、聖ルチアの聖誕祭のために飾り付けに走り回ってるよ」


 聖ルチア。ステンターで信仰される神の中で、建国者と言われるアルフォンスと並び、最も高い位に位置する女神。

 はるか昔、このステンターに敵国オセルスと同じように魔物が蔓延っていた時代。民を守るためにたった一人で幾万もの魔物を倒したアルフォンスを、そばで支え続けた女性がその聖ルチアだ。

 戦いで傷付いたアルフォンスを庇うように敵の前に立ち塞がったとき、彼女の背からは大きな翼が生え、手にした剣は煌々と光輝いたらしい。

 ルシィが生まれたのは、聖ルチアの聖誕祭と同じ日だった。

「ルシィの名前は、女神さまからもらったんだものね。あとは、おにいさまのなかよしのルシフェルさんも」

「そうだね。父上と母上がルシィの名前をつけるときに、聖ルチアのように誰かのために尽くせるような優しさと強さを併せもった女性になってほしい、って願いを込めたって聞いたよ」

「そっかぁ……。じゃあルシィは、女神さまみたいにならなくちゃだめね」

 テディベアの隣、女神様のためにと、もう一セットの皿とティーカップを準備してクッキーを並べるルシィはまだ知らない。

 彼女の枕元に置いてあったこのテディベアは、ルシィが本で読んで憧れた「プレゼントを配る異国の老人」の話を俺から聞いた父上が、変装して街に買いにいったことを。同じ年の娘を持つ家臣全てに女の子の欲しがるものを聞いて回り、結局分からずじまいで、最後には俺に泣きついてきたことを。

 彼女の母親が毎日のようにこの部屋に足を踏み入れては、寝ているルシィの髪を撫でて震える声で「ごめんね」と繰り返し泣くことを。「愛している」と面と向かって伝えられない自分を……魔力持ちとして産んでしまった自分を責め続けている母上のことを。


「そうだね、とってもいい考えだ」

 君は愛されているんだと、両親は君のことを想っているのだと、胸を張って伝えることができるまで──俺はルシィを守り続けよう。

 願わくば聖ルチア、貴女の名をもらった俺の妹をどうか見守っていてくれませんか。ルシィを邪険にさせる理由となった神を恨むことはあれど、一度として祈ったことのない俺だけれど、今日だけはどうか。

 この心優しい妹が、せめてよい夢を見ることができますように、と。


「ちょっと! なに寝てるのよ! 言い出しっぺのくせに!」

 大きな怒声に瞼を開けると、目を吊り上げたディーの顔が目の前にあった。

「……夢、か」

「夢か、じゃないわよ! ルシィのバースデーパーティーをしようって言い出したのはシュワルツ王子でしょう! ほら早く動きなさいな!」

 俺の背をぐいぐいと押し、ディーは早口でまくし立てる。向かった先で部屋の飾り付けをしていた彼女の弟が、俺をにらみつけてきた。

「……さいっあく。寝てたとか、信じられないんだけど」

「心底同感ですよ。ほらシュワルツ、貴方も天井の飾り付けに回ってください。猫の手も借りたいんです」

「おーいエド? 俺はなにをすればいい?」

「団長はケーキに使う胡桃割っててください! いいから大人しくしてて!! もうお皿割られたらたまったもんじゃないんですっ!」

「ディー……団長の扱いが手慣れてるね……?」

 夢で見ていた昔と比べ、はるかに騒がしいルシィの誕生日。ルシィのことだけを思い、懸命に準備をしてくれているというその光景が、どれだけ俺を喜ばせるのか、ここにいる全員が知らないだろう。

 聖ルチア、俺は貴女に感謝しなくちゃならない。運命というものがあるのなら、きっとそれは貴女の導きだと今ならそう思えるから。

 ルシィだけでなく、俺にまでこんなにも素晴らしい夢を見せてくれた。目の前でくるくると働く彼女と出会わせてくれたことに、感謝を込めて。

 今日はルシィと貴女の誕生を、心から祝いたい。


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