17.そのぬくもりに甘えてしまう
はやる気持ちを抑えつつ、足早に回廊を駆けた。険しい顔をしたオレにすれ違った城内の人たちは訝しげな視線を向けるけれど、それすら気にする余裕もない。ディーがエドワードで、エドワードがヴィスケリ侯爵令嬢で……? 頭の中が混乱していて、よく物事が考えられない。もし団長の言うことが本当だとしたら、ディーはどうしてオレに嘘をついていたんだろう。
ディーと別れる際に交わした子供じみた、童話のような約束。それこそ、まるでお姫様にするみたいにディーの手にキスを落とした。あの瞬間、ディーは確かにオレだけのお姫様だった。
しかし蓋を開けてみればディーは正真正銘、大国セデンタリアの由緒ある第一王女様。オレなんかでは手が届かない高嶺の花だったのだ。ディーを守れるくらい強くなるだなんて、どの口が言ったのだろう。ディーを守る騎士だなんて、この世にごまんといるに違いないのに。
ディーを守れるのは自分だけだ、なんて。いつから錯覚していたんだろう。これじゃあ騎士はおろか、まるで、まるで、
「……道化師みたいじゃないか」
オレは気付くべきだったんだ。セデンタリア滅亡の際、火災で命を落としたのは城の者だけ。ましてや家族を全員失ったのなら王家の者に限られると知っていたはずだったのに。
今はただ、ディーと会って声が聞きたい。その一心で〝エドワード〟が使っていた部屋へと足を進める。その瞬間、勢いよく角を曲がった先で何かがオレにぶつかってきた。よろめいてそちらを向くと、大きな音を立てて床に落ちた数本の剣と、尻餅をついた女の子が見える。
「大丈夫? 怪我してない?」
そう言って手を差し出すと、女の子はビクッと体を震わせて後ずさる。怖がらせてしまったかと手を引っ込めると、作業服を着たその女の子は、慌てて床に落ちた剣を拾い集めた。職業病なのか、ふと剣に目を向けたオレは、柄に印された見覚えのある紋章に思わず首をひねる。
「え? それ騎士団の剣、だよね。何があったか分からないけど、それは持ち出し禁止だよ?」
問いかけたオレにまた体を縮こませた女の子は、抱えた剣をぎゅっと握りしめる。死んでも離すまいとするその態度に、オレは何かわけがあるのかと感じてその場にしゃがみ、女の子と目線を合わせた。
「大丈夫、すぐにそれを奪うなんてことはしないよ。オレもそこまで意地悪じゃない。ただ、どうして君がこれを持ってるのかだけ教えてくれる? 理由があるならオレも運ぶの手伝うから。君だけじゃ危なっかしくて見てられないしね」
「て、手伝って、くれるの?」
「うん、そう。オレだって、だてに騎士団に入ってないからね、腕力には自信あるし」
「……騎士団の人! あのっ、これ、闘技大会の準備なの……!」
「闘技大会?」
「ルシィ! すごい音したけど大丈夫!?」
たどたどしいながらも言葉を紡ごうと一生懸命に話していた女の子の「闘技大会」という言葉に首を傾げていると、同じように騎士団の剣を抱えた少年が駆け寄ってくるのが見えた。
淡い金髪に碧の目をした少年と、蜂蜜色の髪をした空色の目の女の子。顔付きはあまり似ていないけれど、女の子がふっと緊張を和らげたから、たぶん兄妹か何かなんだろう。
「あっアル、あのね、今この人にぶつかっちゃって。騎士団の人で、剣を運ぶのを手伝ってくれるって」
「だから一人であんなに持っちゃダメって僕言ったのに……。しかも振り向いたら付いてきてないし……。あ、あの、すみませんでした。ぶつかった上に迷惑までかけてしまって。怪我とかしてませんか?」
「オレのことなら気にしなくて大丈夫。それより君たちはどこへ? とりあえず、これ運ぶの手伝うからさ」
「で、騎士団全員参加の闘技大会が開かれるから、その用意をしに剣を運んでいた、と」
「言い出したのは姉なんですけど、知り合いに手紙を書かなきゃいけないとかで今手が離せなくて。それで僕が剣を運んでくるって言い出したんです」
「わ、私もお手伝いしたくて! お姉さまが私のためにって頑張ってくれてるってお兄さまが言うから。少しでも力になりたかったの」
照れくさそうに頬を掻くアルくんと、口元を緩めたルシィちゃん。ルシィちゃんの服装が作業着だったため庭師か何かかと思っていたけれど、どうやらアルくんの身なりを見る限り違うようだ。それに闘技大会を企画する「お姉さま」とやらもかなり大物らしい。それこそ騎士団全員参加の闘技大会だなんて、団長か王子かでもない限り簡単に企画できるわけがない。
「ところで……話はまったく変わるけど二人って兄妹なの?」
「へ? あ、違いますよ。えっと、僕の姉とルシィの兄が婚約して、それでルシィは『お姉さま』って呼んでるんです」
「そういうことか。オレはてっきり二人の上に『お姉さま』やら『お兄さま』やらがいるんだと思ってたよ」
大家族だなぁ、なんて思っていたけれど期待は裏切られたみたいだった。ルシィちゃんの様子を見るぶんには、その「お姉さま」はかなり慕われているのだろう。
「二人の兄姉の結婚、うまくいくといいね」
「そんな風に、手放しで喜べたら嬉しいんですけどね。あれじゃ姉さんは幸せに──ああ、すみません、何でもないです。着きました、この中にお願いできますか?」
含みを持たせたアルくんの言葉に首を傾げる。しかしそれも一瞬のことで、アルくんは笑顔を浮かべるとドアを開いた。
……あれ、ここってよく見たらシュワルツ王子の執務室──?
「姉さん、手紙は書き終わった? 途中で騎士団の人にお会いして手伝ってもらったんだ」
「お帰りなさい、アル。騎士団の人? たぶん私と顔見知りだろうから中に案内して。あっ、ルシフェルさんすみません、お客様の紅茶お願いできますか?」
「……この声」
執務室の奥から澄んだソプラノが響く。聞き間違えるはずがない、耳に焼き付いたその声にオレは言葉を失う。
「すみません、お茶くらいしかないんですが少し……っ!?」
扉を開けて出てきた彼女は驚きで目を丸くし、その場に立ち尽くした。稽古場で会っていたときとは段違いに豪奢なドレスや、整った立ち振る舞いに嫌でも現実を突きつけられる。
「……ディー、久しぶり」
ああ、やっぱりディーはオレだけのお姫様なんかじゃない。
***
「……エリ、ス」
目の前には寂しそうな顔で笑うエリスの姿。それを目にした私は、手にしていた封筒を思わず取り落とした。ぱたり、と音を立てて床に落ちた手紙にアルが息をつめる。
「ごっ、ごめん、姉さん。僕、知らなくて……」
「いいえ、アルは悪くないわ。気にしなくていいのよ」
ドレスの裾をたくし上げ、しゃがんで手紙を拾い、埃を払う。
「ごめんね、エリス。ずっと騙していたの。おおかた、団長あたりに聞いて気付いていると思うけど、〝エドワード〟は私。そしてヴィスケリ侯爵家のエディリーン。……私は、ディーじゃないの」
エリスと目を合わせるのが怖くて、私は手紙を握る手に力を込める。緻密な装飾の施された封筒がぐしゃり、とよれた。
努めて明るい声を出して笑顔を貼り付ける。そう、闘技大会で顔を晒すのなら、いつかはエリスに嘘をついていたことだってバレたはず。それがただ早まっただけで。心の中で何度もそう唱えて気持ちを落ち着かせた。
「待ってる、って言ったのにね。……約束、破っちゃった」
乾いた笑いを浮かべた私に、エリスは困ったように眉尻を下げた。
初めて会ったときから正体を偽ってきたというのに、エリスは私に何も言ってこない。責め立てたり、なじってくれたりするならば少しは気が楽だったかもしれないのに、彼はただの一言も発しないまま私を見ているだけなのだ。
しんとした空気に、いたたまれなくなって顔を上げると、エリスと視線が交差した。表情の抜け落ちていた彼の口元がふっと緩む。
「やっと、目、合わせてくれた」
「エリス、あの」
微笑んだエリスの顔があまりにも優しすぎて拍子抜けしてしまう。強張っていた体から力が抜けるのが自分でもよく分かる。
「……怒って、ないの?」
恐る恐る、そう問いかけるとエリスはまさか、と首を振った。
「だってディーは、初めっから何一つ嘘なんかついてないじゃないか! 家族のこと、弟くんのこと、剣のこと……ディーが話してくれたことは全部本当のことでしょ?」
「でっ、でも! 私、自分のことは」
「ディーはディーだよ。君が何者でも、オレにとって君がディーだ、ってことには変わりはないんだから」
「……っ」
くしゃり、と笑ったエリスに思わず息を飲む。稽古場で会ったとき、アルミラさんとその取り巻きさんたちにスープを頭からかけられたとき、エリスはいつだって私が望む言葉をくれた。
「……優しすぎるわよ、エリスは」
私はいつも結局、それに甘えてしまうのだ。
「まあ、団長から聞いたときは滅茶苦茶驚いてさ。だからほら、丸腰のままここまで走ってきてるし」
ルシフェルさんが用意してくれた紅茶を飲みながら、エリスは両手を上げてカラカラ笑う。
「今襲われたらひとたまりもないよね。エドワード、ここでペンは勘弁してね?」
「さすがのエドワードでもこの格好じゃ、ちょこまか動けないわよ」
「ちょっと、姉さん、ペンってどういうこと?」
「私、そのお話、聞いたことあるよ。エドがペンを喉に刺した話でしょう?」
「ルシィ、それじゃあまるで私がエリスを刺したみたいじゃない。未遂よ未遂、刺す寸前で止めたわよ」
「なんて物騒な……」
三人が持ってきてくれた剣の調子を一本一本確認しながら他愛のない会話を続ける。ぺちゃくちゃと話しながら作業していると、寝室とつながっている扉が大きく開いた。視界に映る薄い蜂蜜色の髪にルシィが喜色を浮かべる。
「お兄さま! 私、ちゃんとお姉さまのお手伝いできたよ!」
「お帰り、ルシィ。重かっただろう?」
「ううん、いつも中庭で、もっと重いものを持ってるから全然平気。でもね、転んじゃったときに、騎士団にいるお姉さまのお友だちが助けてくれたの」
「騎士団の?」
眉をひそめたシュワルツ王子に、エリスは反射的に立ち上がる。彼の姿を認めたシュワルツ王子は険しい表情から一転し、破顔した。そのあからさまな外仕様の姿に、呆れを通り越し、尊敬の念すら抱きたくなってくる。
「君の噂はよくアルフレッドから聞いているんだ。確か、エリス・ローゼンバーグくん、だったかな。かなり優秀で、飲み込みも早いと評判だね」
「そんな! 畏れ多いです、そんなこと。オレなんてまだまだ駆け出しですし」
シュワルツ王子の言葉に頬を掻き、照れていたエリスだが、王子と目が合うとその表情は鳴りを潜めた。じっとシュワルツ王子を見つめると、探るように視線を這わせる。
不可思議なエリスの行動に訝しげな顔をしたシュワルツ王子が口を開こうとした矢先、エリスはくるりとこちらに振り返り、私を真っすぐ見据えた。
「ねえ、ディー。正直に答えて。今、ディーは幸せ?」
「……え?」
質問の意図が分からず間抜けな声を出した私に、エリスは質問を繰り返す。しかしどうして今彼がそんなことを問いかけてきたのか、私にはまったく理解できなかった。
「……じゃあ単刀直入に言うよ。ディーは自分で望んで婚約したの?」
エリスはいつになく真剣な顔で、そう口にした。冗談じゃないわ、誰がこんなやつと──思わず喉元まで出かかった言葉を私は慌てて飲み込んだ。
「当たり前じゃない、なんでそんなこと聞くのよ」
へらり、と笑って彼を見つめるも、エリスの表情は硬いままだ。すがるような目で私を見るルシィの瞳が微かに揺れたことに気付いたのは、きっと私だけ。だから私は、──私は。
「ヴィスケリ侯爵令嬢エディリーンはステンター国第二王子シュワルツと婚約する。これは決定事項よ、エリス」
「…………」
精一杯顔を上げた。そしてまた笑顔を貼り付けた。大丈夫、この言葉に嘘偽りなんてない。
少し前、アルともこんな話をした覚えがある。あのときの私にとって、大事なものはありふれた、ごく当たり前の生活だけだった。あれからいろいろなことを経験して、いろいろな人と出会って……胸の奥のほうの棚にひっそりと置かれていた私の「幸せ」は、いつの間にかその棚にはもう収まりきらないくらいに増えていた。いかんせん、大事なものが増えすぎたのだ。
私の「幸せ」を守るためにあのとき選んだ行動が、婚約を断ることだったとしたら、今回はまるで正反対。団長の突飛な行動で周りを固められてしまっただけで、自分で望んだわけじゃないなんて言うことは簡単だ。でもロゼのことやルシィのこと……それらを解決するためのいい機会だと考えて、利用しようとしている私に、そんなことは言えない。
そう、私は私の「幸せ」を守るためにシュワルツ王子と婚約する。だから、
「大丈夫、私は幸せよ?」
私は胸を張ってそう言える。
時が止まったかに見えた執務室の空気は、エリスがふっと息を吐いたことで再び動きだしたようだ。
「強いね、ディーは。オレじゃ、到底ディーには勝てなさそうだ」
いつものように柔らかい雰囲気をまとい、エリスが笑う。そうして彼は椅子に座り直すと剣を手にとって状態を調べ始めた。
「……お姉さま、あの」
シュワルツ王子のそばに駆け寄っていたルシィは私のもとに戻ってくると、心配そうな顔付きでドレスを握りしめた。私は、いつも団長がしてくれるように彼女の頭をくしゃりと撫でると人差し指を立てる。
「大丈夫、ルシィが心配することなんて何もないのよ」
「でも……あの、お姉さま……えっとね」
「ディーお姉さまはお兄さまのこと、ちゃんと、好き?」
ルシィは不安を隠しきれない、それでいて凛とした態度で私にそう言い放つ。
「……どうして、そんなことを聞くの?」
「私は、ほんとに人を好きになったことがないから分からないけど……本で読んだだけじゃ、知らないことがたくさんなのも知ってるけど……。お姉さまとお兄さまは、恋人っていうか……どちらかというと……」
「『互いに利用してるみたいに見える』でしょ?」
一連の話の間、ずっと黙々と作業していたアルがルシィの言葉を引き継ぐ。……まさかルシィの前でそのことを口にするだなんて! 裏切りともいえるその行為に口をパクパクさせた私のことなど視界にも入れず、アルはただ淡々と言葉を紡いでいく。
「僕はこのことには口を挟まないって決めてたけどさ。姉さんが望むのなら僕はそれに付き合おうって思ってた。でもこれはあんまりだよね」
「アル、何を」
「なんで僕の大事な人は皆みんな、そうやって一人で抱え込もうとするのかな! 姉さんも、ロゼも!! 偽装婚約でもなんでもするのは勝手だけど、僕が幸せかは僕が決める。姉さんが責任なんて感じなくていい!」
アルは一息に叫ぶと、大きな音を立てて机を叩いて立ち上がった。その反動で揺れた剣にびくついたルシィは、恐々とアルに言葉の意味を問いかける。
「ぎ、ぎそうこんやく……?」
扉の前、立ち尽くしていたシュワルツ王子はふう、とため息をつくと相変わらず気味の悪い完璧な笑顔を浮かべ、眉を下げた。
「……全部話すよ、ルシィ。ここに来たのも何かの縁だ、エリス、君も聞いていけばいい」
「……で、オセルスと何かしら関係があったと思われる、そのロゼさんとやらに会うための偽装婚約、だと」
「しかもディーお姉さまは了承もしてないのに団長さんが広めちゃって……」
「それどころか、コイツは一回正式に俺からの求婚を断っているしな」
あまりにも入り組んでいた偽装婚約の裏事情に言葉を失った二人の手前で、その本性をさらけ出したシュワルツ王子が、私のことを鼻で笑う。小馬鹿にしたような態度が気に食わなくて、私は彼が座る椅子の足を思いきり蹴り飛ばした。
「ここにいる面子はこのことをしっているが、他の奴らには決して流してはならない情報ではあるがな」
「まあ、そうよね。表向きは『母国で当たり前だった魔法を疎むステンターの風潮を憂いた侯爵令嬢と、愛する婚約者のため、魔剣を用いた闘技大会を行う第二王子』が『停戦条約を破ろうというオセルスの宰相が書いた書面を見つけ、それを確かめるべくオセルスへ乗り込む』のだから」
「それが実際は『婚約者(偽装)の立場を使い、闘技大会を主催する、愛なんて欠片もない侯爵令嬢』が『男装して小姓として城に潜り込んでいた際に身に付けた筆跡で書いた嘘の書面を情報屋に流し(発案:第二王子)、母国転覆の裏切り者の真偽を明らかにするためにオセルスに乗り込む』んだからな」
仲が良いとは到底言えない私とシュワルツ王子の態度に、エリスはぷっと吹き出すと、お腹を抱えて笑い始めた。
「もう、なんなのこれは……! 心配したこっちが馬鹿みたいに思えてくるよ。怖いくらいに二人とも似すぎてたからオレは心配だったのに……仮面を外せば王子もディーと同じくらい、いや、それ以上に食えない人だったなんて!」
「エリス、今さらりと私の悪口言ったわよね?」
指の関節をわざとらしく鳴らすも、エリスの笑いは収まらない。それに誘発されたように、ルシィもくすくすと笑い始めた。
***
「相変わらず、あんたは何も変わらないのね」
少しの足音も立てず部屋へと入ったロゼは、椅子に座り、背を向けているキースに向かって毒を吐いた。
「懐かしいな。そうだね、君はもともとそんな話し方だった」
くるりと椅子を回転させたキースはロゼの姿を認め、薄ら笑いを浮かべる。組んだ指先に顎をのせて、こちらを懐かしそうに見るキースに、ロゼは苛立ちを隠しきれないといった調子で舌打ちした。
「……やめて、気色が悪い。ニタニタ笑わないでくれない? 吐き気がする」
「今は僕じゃなくて私、なんて言ってるけどね。まあ君の前で取り繕う意味もない、か。また会えて嬉しいよ、ロゼ。──いや、今は昔の名で呼んだほうがいいかな、ウィオラ・フランセーズ?」
一音一音言い含めるように舌を動かせば、ロゼは今まで以上に表情を険しくした。ぎりり、と奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうなほど、彼女はキースをにらみつけている。
「……その名はとっくの昔に捨てたわ。私は、ロゼは、あたしじゃない。もう私の居場所は、エディリーン様のそばにしかないのよ」
「ははっ、見上げた忠誠心だ! ディーがそこまで君に何をした? 何が君を変えたんだ?」
「到底、分からないでしょうね。あんたには、絶対に理解できない」
嘲笑するキースに、一転して憂いを込めた顔付きに変わったロゼがそうこぼす。その言葉にキースはふんわりと笑って首を傾げてみせた。
「いいや、いいや。そんなことはないさ。なんたって、僕はディーの『お兄様』なんだ。セデンタリアの紅薔薇の愛する『お兄様』に、妹のことが分からないとでもいうの?」
「……もういい、何を話しても無駄だわ。これは契約なんでしょ。あの日私を買ったのはあんた、そしてこれが『あたし』としての最後の仕事。それなら私はそれに従うまでよ。──さあ、我が主人はフランセーズ家に何を望む?」
「そうだな。じゃあ手始めに。──僕の愛する妹弟を、僕のモノにしてみせてよ?」
「……仰せのままに」





