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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
1.回りだした歯車
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12.真実


 団長は至極冷静にそう問うた。黙り込んだ私を一瞥すると彼は続けて口を開く。

「よく考えてみれば怪しいところなんて、ありすぎるほど見つかるんだわ。なぁエド、小姓ってのは、どこぞの貴族のお坊ちゃんがやる仕事だよな? 俺はてっきりお前さんは次男坊だとばかり思っていたんだが、エリスの話じゃどうも違うらしい。長男のお前が小姓として城に来た理由、ってのを考えてはみたがどれもしっくりこなくてな。それにそもそも、あの王子がいきなり人をそばに置くなんておかしいとは思っていたんだ。これまでルシフェルと俺以外寄せ付けなかった王子が、だ。それについて問い詰めてもはぐらかすばかりで答えちゃくれねぇがな。……まあ、もしもだ、お前さんが本当に『田舎貴族のエドワード』なんだとしたら、エリスと知り合いってことも説明がつかない。アイツが住んでんのはヴィスケリ侯爵領だろう?」

「それは……」

 団長がすっと目を細める。射殺すような鋭い視線に張り付けにされたように体が動かない。

「決定打になったのはお前の太刀筋だよ。一見我流に見えるがあれは、モルゲン元騎士団長の型だ。……違うか?」

「あの人が弟子に取ったのは、エリスを除けばヴィスケリ侯爵家のエディリーン令嬢だけだって聞いていたが……どうしてお前がその型を知っているんだ、ってな」

 まずい。団長は私がエディリーンだと気付いている?

 でも、ならどうして私を殺そうと……?

「確か、エディリーン嬢つったら王子の求婚を断った相手だろ? まさかお前から足が着くなんてことは夢にも思ってねえだろうがな」

「……は?」

「……ヴィスケリ家にどういった事情があるかは分からんが、お前みたいなガキを送り込んで、王子を殺せるとでも考えたのか?」

 王子を殺す?

 話を聞く限り、彼は私の正体には気付いていないようだ。しかし、私がヴィスケリ家の者だとは気付いていて……。

(ヴィスケリ侯爵令嬢が王子の求婚を断ったものの、それに関しヴィスケリ家に何らかの後ろ暗い点があるから、エドワードを送り込んで暗殺命令を出したと考えてるっていうこと?)

 今の話から推測するに、その線が一番強いのだろう。エディリーン嬢はエドワードを雇い、手ずから剣を教えてステンター城に送り込んだ、というシナリオを団長は推測しているらしい。

 ……なんとも馬鹿げた話だ。〝ヴィスケリ侯爵令嬢〟がそんなことをするはずないじゃないか。だって彼女は完璧だもの。演じている私自身が言うのだから間違いない。


「……彼女は、そんなことしませんよ」

 私はわざとらしく嘆息し、彼を見上げた。

 挑戦的な目付きの私に団長は、苛立たしげに眉をひそめると手にした懐剣に力を込める。途端、無機質な冷たさが首筋にひたりと伝わる。

「知ってるんだろ、エド。……これでも吐かないか?」

「言いません、よ。……絶対」

 ここで私がヴィスケリ侯爵令嬢だと告げれば、全て丸く収まるのだろう。

 しかし私にはシュワルツ王子との約束がある。「一ヶ月間誰にも正体がバレないこと」、内通者の情報を手に入れるための絶対条件だ。こんなチャンス、めったにやってくるわけがない。みすみす手放してなるものか。

(父様や母様、キースお兄様の仇は誰が討てばいいの? ……知らなければ、何もできないじゃない!)

 幼い頃から秘めてきた思い。もともと遊びで握っていた剣を再び取った理由もそれだった。仇を討つだなんて言ったら、きっとヴィスケリ侯爵もベラリアおばさまも私を止めるだろう。アルに至ってはなおさらのこと。

 それでも、どうしても私には譲れない。家族が殺されるきっかけをつくった相手に対峙したそのときに、どういった思いが湧き上がるかなんて想像がつかないけれど。

 口をつぐんだ私に団長は、表情を変えないまま懐剣を振り上げた。私はそれを防ぐように両手を首を守るように組む。

 切り捨てるべきものには驚くほど冷酷になれる。欠片ほどの私情さえ映していないその瞳に、彼が団長たる理由を垣間見た気がした。


 団長の懐剣が降り下ろされる瞬間、私の胸元が赤く輝く。火傷するほどの熱を発しながら燐光を発するそれは、ふわりと浮き上がると一瞬動きを止め、溢れんばかりの炎を吐き出した。


「……ッ、な、魔法!?」


 まるで私の身を守るかのように突然現れた炎は、団長との間に壁をつくっていく。竜のように舞い動く渦は団長の懐剣をあっという間に飲み込んでしまった。

(あれって、護石の……!?)

 急いで紐のついた袋を引っ張り出すと案の定、護石は袋の中で粉々に砕け散っていた。

(逃げなくちゃ……!)

 幸い炎はまだ団長を足止めしてくれている。私は手紙の主に感謝を覚えつつ、ベッドから跳ね起きると彼の横を掻い潜り、鍵束と護身用の短剣をひっつかんで扉から飛び出した。

 長い長い回廊を裸足で駆け抜ける。あの炎があるうちにできるだけ団長から離れなくては。

(団長が来られないところって……)

 私の足ではどれだけ逃げたとしてもすぐに追いつかれてしまうだろう。ならばどこかに身を隠せないだろうか。団長に決して見つからない場所……。

 左手でつかんでいた鍵束が上下する私の体に合わせてちゃりんと音を立てる。そのとき、ふとシュワルツ王子の声が頭に浮かんだ。

『この部屋の鍵だ。入りたいときに勝手に入っていいぞ。ちなみにその鍵は俺とお前しか持っていない』

 あのときは嫌みで返したけれど、手にしていた金色の鍵が途端に頼もしく思えてくる。

(ええ、お望み通り有効活用させていただくわ!)



 鍵束をぎゅっと握りしめた私は、踏み出した足に力を込めた。月明かりも届かない真っ暗な回廊に私の足音だけが響いている。

 息を切らし、辿り着いたシュワルツ王子の部屋の前。震える手で鍵をつかみ、鍵穴に差し込む。遠くのほうから迫る足音が聞こえた気がして急いで扉を開け、中に飛び込んだ。

 後ろ手に鍵を閉め直し、荒い息を整えるように胸に手を当てるとその場に座り込む。首筋に刃物を当てられていた恐怖が今頃になって襲ってきて、知らぬ間に体がガタガタと震えだした。

「……なんなんだ」

 物音を聞きつけたのか、寝室からシュワルツ王子が顔を出す。彼は私の姿を認めるとぎょっとしたように目を丸くした。

「は? お前なんでここに」

「あはは……少しだけ、匿ってくれないかしら?」

「確かにいつでも入っていいとは言ったが、それにしてもなんでこんな真夜中に」

 唐突に睡眠を邪魔されたからか、どことなく不機嫌な王子は床に腰を下ろすと退屈そうに前髪を弄っている。しかしその様子も、団長の話を告げたところ一転した。

「……エディリーン、それは自分が蒔いた種だろう」

「仕方ないじゃない……。エリスの話を出されたら、言い訳できないもの」

 ボロを出した私を冷静に指摘するシュワルツ王子を相手にして、行き場をなくした怒りだけがふつふつと込み上げてくる。一言王子に物申そうと口を開いたとき、部屋の扉が大きな音を立てた。

「おい王子! 無事か!?」

「……ひッ」

 部屋の外から響いてくる声は間違いなくアルフレッド団長のもので、私は情けない声を上げて竦み上がる。シュワルツ王子は私を一瞥し、膝に肘を立て、無言で扉を見つめていた。

 数分の後、ガタガタと音を立てていた扉が大きな破壊音とともに中へと倒れ込んできた。無惨に外れた留め具は地面に落ち、絨毯からは埃が舞い上がる。

「手間かけさせんなよ、なあエド?」

 晴れた視界の先では案の定、団長が私に剣を向けていた。先ほどの懐剣ではなく、実践用の長剣。彼は迷うことなくつかつかと歩みを進めてくる。

「王子、エドに何て言われたか知らないが、少し離れといてくれるか? こいつはあんたを殺しに来てんだ」

「ち、違います!! 僕はそんなことしな……ッ!」

「だったらどうして口を割らない?」

 団長の鋭い視線に射抜かれ、私は蛇ににらまれた蛙のごとく身動きできなくなる。すっかり腰を抜かした私を庇うようにすっと腕が差し出された。

「アルフレッド、剣を下ろせ」

「情にほだされると痛い目に遭うぞ? こいつは現に――」

「命令だ。剣を、下ろせ」

「……わーったよ」

 怒気を含んだシュワルツ王子の言葉にアルフレッド団長はしぶしぶ剣を下ろす。団長の前に立ちはだかる王子の背中を見上げていた私に、彼は振り向いて視線を合わせた。そのまま私に手を差し伸べる。

「立てるか?」

「ど、して……」

 匿ってくれとは言ったものの、剣を構える団長との間に割って入るだなんて思わなかった。それ以前に、この王子がそこまでするとは思えない。

 私が口を開けたまま彼を見上げていると、シュワルツ王子は私の腕をつかみ、無理やり立ち上がらせた。

「ここでお前に、むざむざ死なれるわけにはいかないんでな」

 不敵に微笑んだその横顔がいつも通りで、私は少しだけ胸をなで下ろす。表情を明るくした私を見た王子は口角を上げると、そのまま団長に向き直った。

「まあ、いつかは気付くと思っていたが、ここまで早いとはな。さすがは団長と言っておこうか」

 言うが早いか、王子は私の頭に手をのせると、慣れた手つきで鬘を引っ張る。寝ていたこと、そしてここまで走ってきたことで外れやすくなっていたのか、王子につかまれたそれは呆気なく外れた。まとめていた髪がさらさらと肩にこぼれ落ちてくる。

「……は、エド……え?」

 張り詰めた空気が消え失せ、団長は口をパクパクさせて私を凝視している。展開についていけず立ち尽くす私の腰に腕を回したシュワルツ王子は、そのまま勢いよく私を抱き寄せた。

「ひッ! 何して……っ!」

 咎める私の声には耳を貸さず王子は私に顔を近付けた。

(話を合わせろ、ヴィスケリ侯爵令嬢)

「……驚いたか、アルフレッド?」

「驚いたも何も、一体どうなってる?」

「こいつはエディリーン(・・・・・・)。俺の愛しの恋人殿だ」

「エディリーン、だって!? 恋人って、だって求婚は断られたはずじゃなかったのか!?」

 驚愕する団長を前に私は表情を取り繕う。柔らかな笑みを浮かべ、自分から王子に体を寄せた。

「改めまして、ヴィスケリ侯爵家のエディリーンと申します。求婚を断ったのは、わたくしの養父である侯爵ですの。シュワルツとの結婚は認めないと反対されてしまって……。それでも諦めきれず、わたくし、家を飛び出して彼のもとに来てしまったのです」

「こいつがステンター城にいるとなれば宰相が連れ戻しに来るだろう? その目を欺くために小姓のエドワード、と偽っていたんだよ」

 シュワルツ王子は愛しげに()の頬を撫でた。私もまんざらでもなさそうな顔を貼り付ける。

 その様子を見た団長は、お腹を抱えて笑いだした。

「参ったな、あのご令嬢が家出して男装してたとは! こりゃあかなりの噂の種だぞ!」

 快活に笑う団長に、私は悪戯気に舌を出して、くすりと微笑む。

「少しくらい秘密があったほうが女は輝きますのよ?」

「……あー、こりゃ、なんだ。俺がエドを危険だって判断したのはまったくの思い違いだったってわけか?」

「思い違いで彼女を殺されていたらたまったものじゃないな、なあ騎士団長殿?」

「すまん、俺はてっきり……」

 しゅん、と肩をすくめた団長を前に、私はシュワルツ王子の服の袖を軽く引っ張り頬を膨らませてみせる。

「疑われるのももっともですわ。団長は職務を全うしただけですし、非があるのはこちらでしょう。騙していたことは事実ですもの」

 御託はいいからこの場で団長の行動を不問にしろ、と迫ってみせれば、シュワルツ王子は「お前が気にしないというなら構わないが」と嘆息する。

 顔を上げた団長は、私に丸め込まれる王子を見て口元を緩め、礼を告げた。

「……それにしても、一本取られたなぁ」

 団長は、いつものように私の頭をくしゃりと撫でた。王子が彼をにらみつけると団長はパッと手を上げて数歩下がる。

「わりぃわりぃ、王子の婚約者に手なんか出さねぇよ。だからにらむなって!」

「……んなことしたら、いくらアルフレッドといえど容赦しないからな」

 ぶつぶつと呪詛のように呟く王子のことをまた面白そうに笑ってから、団長はひらひらと手を振ると壊した扉から外へ出ていった。


「……とんだ茶番だわ。貴方に惚れて家を出るだなんて、考えただけで寒気がする」

 団長を見送った瞬間、王子を突き飛ばした私は、わざとらしく肩を落とす。

「まったく! 素晴らしい演技だったなエディリーン。心にもないことをペラペラと」

「誰が愛しの恋人よ。張り倒すわよ」

 キッと王子をにらみつけた私に、彼はくっくっと笑い、口を押さえた。その様子に苛立ち、そっぽを向けば、彼はいきなり声をかけてくる。

「一ヶ月の契約だったがな。今日の迷惑料として特別に教えてやろうか」


 彼の口から出た言葉に、私の目の前は真っ暗に染まる。

 どうして、どうしてあなたが。


「内通者の名はロゼ・アドレロヴァ。……そう、お前付きのメイドだよ」



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