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王女様は嘘がお好き  作者: 瀬峰りあ
1.回りだした歯車
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1.セデンタリアの紅薔薇

「舞台の準備は整った。さあ行こうか、我が麗しの婚約者殿?」

 柔和な笑みを浮かべ、私の婚約者であり隣国ステンターの第二王子シュワルツは手を差し出した。私はその手のひらに自らの右手をそっとのせ、彼に微笑み返す。

「ええシュワルツ。素敵な()になるといいのだけれど」

 ()の幕開けは、華々しいものでなければならない。視線を絡ませた共犯者たちは、どちらからともなく、くすり、と微笑むとそのまま歩みを進めていく。

 今日は私の最後の舞台。

 大団円(フィナーレ)はもう、すぐそこだ。



***



 ──セデンタリア

 このファウスティア地方で、最も広大で肥沃な領地を持つ魔術国家。西側の山岳地帯には住めないものの、中央部の平野では盛んに農業が行われ、大洋に面した東海岸には港が発展し、そこを拠点とした他の地方との貿易において隣国とは一線を画している。

 建国の祖であるエドワード・セデンタリアの子孫であるセデンタリア家は家臣からの信頼も厚く、また国民からも慕われていた。特に善政をしいた第十八代皇帝グランゼウスはその妻、アナスタシアや三人の子供を含め、非常に愛されていた。

 容姿性格共に優れ、父親譲りの良い皇帝になると幼い頃から期待される第一王子キース。建国の祖であるエドワードと同色の瞳を持ち、溢れる愛らしさから「セデンタリアの紅薔薇」と呼ばれる第一王女エディリーン。そして、優れた魔法の才能を持ち、将来はキースと共に国を支える柱となると称賛される第二王子アルアレン。

 容姿はまったく似ていないものの三人の仲は良く、妹弟の手を引いた第一王子の姿は見ていて微笑ましいものだった。

 しかし、それも昔の話。隣国である帝国オセルスから奇襲をかけられたセデンタリアは、騎士団や近衛の抵抗も虚しく城を占拠されてしまう。捕虜の命と降伏の交換を迫られた皇帝グランゼウスは降伏を即決し、セデンタリアはオセルスの配下となったのである。

 ──地方最強の騎士団を有していた大国セデンタリアの、たった一夜での滅亡には不可解な点が多く、セデンタリアの中枢に、何らかの手引きをした内通者がいたのではないか、というのが通説だ。


***


「姉さーん、いつまで寝てるの。もう皆、朝食食べ終わったよ」

 階下からアルこと私の弟、アルアレンが私を呼ぶ声が聞こえる。だんだんと近付いてくる足音を無視してベッドに潜り込むと、垂れ下がってきた琥珀色の髪を耳にかけ直し、私はせっせと本のページをめくった。

「……うーん、もうちょっとだけ」


 十年前、オセルス国の手によって滅びた私の母国セデンタリア。その夜、城に突然起こった火災により父グランゼウスと母アナスタシアは命を落とし、焼け跡から見つかったもう一つの遺体は損傷が激しかったものの左手に嵌められていた指輪により、行方不明だった兄のキースとされた。

 遺された私とアルは共に亡命し、両親の友人であるヴィスケリ侯爵家に身を寄せることとなったのだった。


「姉さん、入るよ。──また本読んでたの?」

「ええ。まあ、そんなところよ」

 アルは私に近付くとベッドの脇に立ち、その碧色の瞳で私の手元を覗き込む。朝の日差しを受けてアルの淡い金髪はまばゆいほどに煌めいていた。

「それ、ユーナ・ココットの?」

「そう! 出たばかりの新刊なの!」

 私が寝る間も惜しんで読んでいるこの『儚き夜の夢』は、今(ちまた)を賑わせている新人作家ユーナ・ココットの新刊だ。私は彼女の大ファンであり、今まで送ったファンレターも数知れず。三度の食事と比べてもユーナ・ココットを取るくらい、私は彼女の作品を愛している。

「アルは読んだことないかもしれないけど、ユーナの作品は本当にすごいのよ! 特にこの『儚き夜の夢』は恋愛小説にありがちな身分差の恋にスパイスと言っていいのかしら、とにかく王道の展開に思いもよらない工夫が加えられていてね? 特に私は主人公の友人が好きなのだけど、彼女は何と言っても」

「姉さん」

 彼女の作品について熱く語ろうと口を開いた矢先、機関銃のように飛び出した言葉はアルに止められてしまう。

「姉さんはユーナ・ココットと僕、どっちが好きなの?」

 切なげに眉を下げたアル。……あーー、もうっ!

「もちろんアルのほうが好きに決まっているじゃない! 大好きよアル! 愛してるっ!」

 そう叫び、ベッドから飛び起きる。三度の食事より小説より──私は弟が大好きだ。私のアルは宇宙一可愛い。贔屓目なんて関係なしに本心からそう思う。

 その言葉にアルはふっと笑うとドアノブに手をかけ、振り向いた。

「姉さん、着替えたら早く下りてきてね。それと……僕も姉さんのこと大好きだよ」

 はにかみながらそう口にし、照れた顔をごまかすためか、少しだけ乱暴に扉を閉めてアルは部屋から出ていった。

「な、なんなのあの顔は! 反則でしょう!?」

 しばらくベッドの上で悶えてから、アルを待たせてはいけない、と私はネグリジェを脱ぎ、着替え始めたのだった。


「おはようございます、ベラリアおばさま」

 階下に降りた私は、王宮に出仕する侯爵に代わって領内の仕事に勤しむ、母代わりの「おばさま」ことヴィスケリ侯爵夫人ベラリアに挨拶をするため、書斎に顔を覗かせた。母とは学生時代からの親友である彼女は、セデンタリア城が火災に遭い、両親が亡くなるとすぐに私とアルを引き取ってくれた。

普通であればオセルス国の捕虜とされるはずの私たちだが、敵対しているステンター国筆頭貴族のヴィスケリ家の庇護下にあるため、オセルス側もさすがに手を出せなかったらしい。そんなこんなで戦火の中生き残った私付きのメイドのロゼ共々、私たち三人は侯爵家でお世話になることとなったのだった。


 没落王家の私たちが、こんなにも恵まれた生活を送ることができているのは、全て侯爵夫妻のおかげだ。

「エディリーン、もう朝とは呼べない時間よ。まったく、アルが呼びに行かなければ、ずっと本を読んでいるつもりだったのね?」

「ごめんなさい、おばさま。ユーナの新刊が面白くて止められなかったんです」

「まあ、彼女の作品の面白さは認めるわ。そうそう、貴女宛の書簡が届いていたのよ。確かここに置いておいたはず……」

「え、書簡ですか?」

 誰かに手紙を出した覚えはなく、どんな用件なのかもまったく分からない。必死にアピールを続ける腹の虫をいさめながらおばさまから手紙を受け取り、封を開ける。

「ステンター王家の紋章?」

 やけに豪華な封筒には杖と翼をモチーフとしたステンター王家の紋章が印されている。ということは、これはまさか──陛下からの手紙!?

 倍速で中身を開き、目を通した私は言葉を失った。


「……おばさま、これは何かの間違いですよね?」

 肯定を求め、おばさまを見つめるも、普段の三割増しの笑顔を浮かべた彼女はにっこりと笑い、首を横に振った。

「間違いなわけがないでしょう? 正真正銘、ステンター国第二王子シュワルツ様から貴女への結婚の申し込みよ」

「っ、はああああ!!??」

 私の絶叫に驚いた庭の小鳥たちがバサバサと飛び立つ。震える手から落ちた手紙は、紛れもなく現実を突きつけてくるのであった。


***


「ねえアル、このまま二人で愛の逃避行でもどうかしら?」

「馬鹿なこと言ってないで。逃避行も何も、ヴィスケリ家を出たら僕たちは捕虜の道一直線なんだから」

 ウインクしながら微笑めば、呆れたような視線を向けられた。

 現在、私とアルを乗せた馬車は整備された石畳をゆっくりと走っている。小さな窓から外を覗くと、石造りの民家の煙突から煙が立ち上っていた。

「私、ステンター城じゃなくてあそこの民家に行きたいわ。焼きたてのパンはきっとおいしいし、あそこには子供も住んでいるようだから王宮より絶対に楽しいと思うの。それに本当は、馬車でお城の舞踏会なんかじゃなくて私は遠乗りに……」

「エディリーン様、大概にしていただかないと奥様に報告しますからね」

 私の目の前に座るメイドのロゼがぴしゃりと言い放った。木の幹のように深い焦げ茶色の髪が、窓から吹き込む風にふわりとなびく。ロゼは口角を上げて薄く微笑むも、その目はまったくと言っていいほど笑っていない。助けを求め、アルに視線を送るが、彼は我関せずといった様子で窓の外を見ていた。……裏切り者め。

「言うまでもないと思いますが、今日の舞踏会で、そのような醜態を晒せばヴィスケリ家の顔に泥を塗ることになるんですよ」

「それくらい分かっているわよ。外ではこんなこと口にしないわ」

 眉をひそめていたロゼだが、私が胸を張ると諦めたように息を吐く。

 ロゼは私が小さな頃、キースお兄様が連れてきた私専属のメイドだ。炎に飲まれたセデンタリア城から無事生きて逃げることができた、たった一人の使用人でもある。幼い頃から一緒にいるせいか、ロゼと私の関係はメイドと主人というより、しっかり者の姉と世話の焼ける妹、のようなものになっていた。


「それにしても姉さんに求婚するだなんて。変わり者の王子様もいたものだよね」

「それに関しては私も肯定しますね。まあ、エディリーン様は外面だけはよろしいですから」

 好き勝手言っている二人に抗議するも、まったく取り合ってもらえない。

 しかし、その言葉を全て否定できるわけではない。シュワルツ王子からの求婚は私もまったく予想外で、しばらく放心状態だったのだ。

 私の叫び声を聞きつけて飛んできたアルは言葉を失っていたし、王宮から帰ってきたおじさまなんて大人げなく泣き始め、おばさまに襟をつかまれ引きずられていた。

『僕のディーを連れていくなんて、いくら王子といえど許せない!』

 なんて声が遠くで聞こえたような気がする。


 おばさまとの間に子供のないおじさまは、私たちを本当の子供のように可愛がってくれた。今回の求婚に関しても王家からの求婚イコール断れない結婚、というしきたりに猛反発し、「ディーが受け入れない限り結婚は認めない。もし強制するのなら僕は一生働かない」などという内容を陛下に直訴、王家に楯突くという偉業を成し遂げたのだった。

 事実、有能な宰相であるヴィスケリ侯爵に仕事を放棄されたら国が傾く。おじさまの意見を汲み、まず舞踏会で顔を合わせたらどうか、という形となったのだった。

「姉さん、もう少しで城に着くよ」

窓から見えるのは白を基調とした大きな宮殿、ステンター城だ。


「まあ! あのヴィスケリ家のご令嬢ではなくて?」

「……本当に美しいわね。まるでお人形のようですわ」

「お隣にいらっしゃるのはアルアレン様でしょう? 噂には聞いていたけれど、いざ並んでいらっしゃるのを見ると言葉が出ませんことね」

 色とりどりのドレスに彩られた広間にざわめきが広がる。その視線が自分たちに向けられていることを意識しつつ、私は目の前のアルに微笑みかけた。


「姉さん、僕と踊っていただけますか?」

 落ち着いた色合いの正装を慣れた様子で着こなし、軽く会釈をして私を覗き込んだアルは悪戯(いたずら)()にそう口にして手を差し出した。十五歳で初めて舞踏会に出た際に、本来ならまだ年齢の達していない弟に無理を言って引っ張ってきてから、ファーストダンスの相手はずっとアルだと決まっている。

「ええアル、もちろんよ」

 音楽が鳴り始め、広間の中央に出ていく私たちに周囲から無数の視線が集まる。それらから視線をそらし、アルを見つめて微笑めば、私の愛しい弟はくすぐったそうに目を細めた。


 アルと共に一曲踊り終え、ふわりとドレスの裾を持ち上げ、礼をする。いつの間にか私はたくさんの男性に囲まれていた。

「ヴィスケリ侯爵令嬢、私と踊っていただけませんか?」

「光栄ですわ、カイム卿。喜んで」

 意図的に頬を染め、睫毛を伏せて少しだけ視線をそらす。差し出された手にてのひらを重ね、相手にリードを任せ、また広間の中央へ。

 ──そう、ここで求められているのは「ヴィスケリ侯爵令嬢」。控えめで純粋な、花のように可憐な女性。

 流れるような所作も、視線も、何もかも、全て計算され尽くしたものだ。自分を一番綺麗に魅せる方法は嫌というほど知っている。

 美しさは時に武器となる。セデンタリアという母国を失った自分たちを守る鎧として磨き抜いたそれは、私たち姉弟をあっという間にステンター国の貴族社会に溶け込ませてくれたのだ。

 完璧な淑女の礼をし、私は「私」を演じだす。


「……あれがヴィスケリ侯爵令嬢、か」

 柱に隠れるようにしてワイングラスを煽る金木犀色の瞳をした男性が呟いた言葉は、広間の喧騒に紛れて私の耳に届くことはなかった。


***


「あーー! 疲れた! もうクタクタよ!!」

「エディリーン様、いくら部屋の中とはいえ同じ女性として、その格好はどうかと思いますよ」

 ドレスのままベッドに仰向けに倒れ込み、足を大きく開いた私に、ロゼが荷物の整理をしながら毒づいた。顔合わせ、とは言ったものの求婚してきたはずのシュワルツ王子と遭遇することもなく終わった舞踏会。私は首をひねりながらも、つい先ほど客室に辿り着いたところだった。

「ちゃんと確認したわよ? 隠し扉はないし、盗聴できるような仕掛けもなかったんだからいいでしょう」

「当然です。客室にそんなものがあったら陛下のご趣味を疑います」

 私の言葉など歯牙にもかけず、てきぱきと作業を続けるロゼ。構ってもらえず手持ち無沙汰な私は、特に意味もなく部屋を見渡した。

 宮殿と同じく白で統一された清潔感のある客室。壁には杖と翼をモチーフとしたステンター王家の紋章がレリーフとして飾られている。

 明日、陛下や王妃様への謁見があるらしく、私とアルはこのステンター城に賓客として迎えられていたのだった。ただの舞踏会だと思って、ろくにドレスの替えも持ってきていない。正式に陛下にお会いするのなら、それ相応の支度をしなければと焦る私に、いつの間に持ってきたのか荷物が一式入った鞄を携えたロゼが誇らしげに微笑んだのが、部屋に入ってすぐの出来事だった。

「おおかた、荷物の整理はこれくらいでいいでしょう。夜更かしなどせず、早くおやすみになってくださいね」

「もう子供じゃないんだから。分かっているわよ、おやすみなさいロゼ」

「おやすみなさいませ、エディリーン様」

 音を立てずに扉を閉め、ロゼが外に出ていく。少しばかり期待を込めて鞄や周辺を漁るも、残念ながら彼女の持ってきた荷物の中にユーナ・ココットの小説は入っていなかったので、諦めて私はベッドに戻ることにした。


***


 塔の鐘が九つ鳴った。同時に開いた扉から謁見の間へと入ってきた陛下とフリューゲル王妃様を、私とアルは跪いて迎える。当たり障りのない会話を交わし、シュワルツ王子との結婚について振られれば笑みを浮かべ言葉を濁す。しかしこれといって問い詰められることもなく謁見の時間は終わりを告げ、私はあてがわれた客室へと足を進めていた。

(それにしても綺麗な庭ね……)

 客室へと向かう途中に見えた中庭。薄いピンク色の薔薇の花が噴水を囲むように咲き誇っていた。決して豪華とはいえないけれど繊細な美しさをたたえたその中庭に、私の目は釘付けになる。

 いくら賓客として招かれているからといって、自由に出入りしていいものか。中庭を見つめたままその場に立ち尽くしていると、不意に左から声がした。

「何かお困りですか?」

 蜂蜜色の髪に金木犀のような瞳をした背の高い青年。これほど「優美」という言葉が似つかわしい男性には初めて会った気がする。しかし、この笑顔といい容姿といい、どこか見覚えがあるような……。

「私にできることであれば手伝いましょう、ヴィスケリ侯爵令嬢。例えば中庭の案内など、どうです?」

 ──思い出した。

 この人はステンター国第二王子シュワルツ。ステンター国王位継承権第一位にして、私に求婚してきた相手。道理で見覚えもあるはずだ、なんたって送られてきた絵姿そっくりなのだから。

「お会いできて光栄ですわ、シュワルツ様。王子直々に案内していただけるなんて、わたくしには身に余るほどですわね」

 正直なところ私はかなり驚いていた。王族の絵姿は誇張して描かれることが多く、絶世の美女だと思われた令嬢が実際には人並み以下の容姿だったなんてざらなこと。

 ところが目の前にいるシュワルツ王子は絵姿と同じ、いやそれ以上の美青年だった。背後からキラキラとしたイケメンオーラが溢れてくる錯覚すら起こしそうになる。

「本当はもう少し後にお訪ねしようと思っていたのですが、ここでお会いできたのも何かの縁でしょう。少しお時間をいただいても?」

「ええ、もちろん」

 シュワルツ王子が右腕を構え、そこに左腕を絡める。そのまま中庭へ足を踏み入れると植物の香りがいっぱいに広がった。

「本当に美しいお庭ですね」

「お褒めいただき光栄です。この庭は私の妹のものなんですよ」

「まあ、そうなのですか? 妹君にもぜひお会いしてみたいですわ」

「きっと喜びます」

 シュワルツ王子と会話しながら、しばらく中庭を歩く。中庭にはあまり人が踏み入っていないのか、私たちの他に人影は見えない。こんなに綺麗な花が咲いているのにもったいないなと思っていると、不意に横を歩いていたシュワルツ王子が動きを止めた。


「そろそろ化けの皮を剥がしてもいいんじゃないのか、ヴィスケリ侯爵令嬢?」

「……何をおっしゃいますの、シュワルツ様?」

 さっきまでの優しげな雰囲気とは一転、刺すような空気をまとったシュワルツ王子は私を見下ろす。精一杯動揺を隠すが、彼が口にした「ヴィスケリ侯爵令嬢」の響きは明らかに違う意味を持っていた。そう、まるで全てを見透かしているような。

「エディリーン、お前の演技なんてとっくにバレていると言っているんだ。そうでもなければ、俺だってこんなことを話すはずがないだろう?」

「……失礼ですがシュワルツ様、お言葉が過ぎるかと」

 筆頭貴族のヴィスケリ家の令嬢を敬称もつけないエディリーン呼ばわり。たとえ王子でも許されない言動だろう。何を考えているのか知らないが、最低限の礼儀というものがあるだろうに。

 思わずムッとして言い返すとシュワルツ王子は嘲笑し、私の耳元に唇を寄せた。

「下らない茶番は飽き飽きだ。単刀直入に言う、──セデンタリアを取り戻したくはないか?」

「!」

 体を固まらせた私に、シュワルツ王子は満足そうに微笑むと周囲の空気を一変させる。

「今夜お忍びでいらっしゃるのでしたら歓迎いたしますよ、ヴィスケリ侯爵令嬢」

 会ったときと同じような貴公子然とした笑みを浮かべたシュワルツ王子は、静かに礼をすると、その場から立ち去った。

 一方、残された私は怒りと羞恥に顔を真っ赤にしながら客室へと駆け戻ったのだった。





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