第二章
もうそろそろ冬の厳しい寒さがなくなり、もうすぐ春になるこの季節の変わり目。
この春高校生になる私、大滝春香は近くの公園で私の友人、福井茜と話していた。
「あ~ぁ、もう春だね」とあくびをしながら言ったのは私。
「そうだね~。だって中学生が中学校を卒業するのは~、春だけだもんね~」と言ったのを聞いて私は
「はぁ~、茜には15年間付き合ってきたけど、茜って天然ボケなのか理屈っぽいのかいまだに分からないわ」と嘆息をつきながら言うと、
「あれぇ~、また何か悩んでる~?」と聞いてくる。
私は聞いた。
「なんで?」
「だって~、ため息ついたもん~」
「あのね…悩みは特になし。しいていうなら茜のその子供みたいな口調のみ」と私が言うと、彼女に「あはは、あいかわらず春香って面白いね~」と言われた。
「でも~、私の口調ってそんなに子供っぽいかな~?」
「そうね、まあ外見とのギャップかな?」
そう言われて茜は自分の身体を見た。身長170cm、髪は黒くて長い。顔は男が10人いれば9人はナンパするだろうというほど整っており、足もすらっと長く、出るとこは出て、しまるところはしまっている。茜を見た男は日本に生まれてよかったと思うこと間違いないくらいの美女である。その彼女がこういう口調だから余計子供っぽく見えるのだろう。
対する自分は身長155cm、髪は長いし顔もそこそこ整っていると思うが胸は発達途中だから小さく、目も幼なっぽくくりくりした目である。他人から見れば茜が姉で私が妹に見えるのだろう。しかも彼女は10月3日生まれに対して私は4月2日に生まれたのである。半年も早く生まれたのになぜ外見にこれほどの違いが出来るのか。
落ち込んだ私は考えた。
(そうよ。茜は発育が早いのよ。10年たったら茜はもうよぼよぼのおばあちゃんなのよ。そうよ。そうに違いない)
私は無理やりそう自分に信じ込ませた。そこで茜が私が何か考えているのを察し、「今度は何を悩んでるの~?」と聞いてきた。
「ん~、茜はいいな~って思ってただけよ」
「そんなことないよ~。春香だっていいところ、い~っぱいあるよ~」
「例えば?」
「ん~とね。何でも無茶な理屈をくみ上げてそれを自分に思い込ませる立ち直りの早さとか」
今の一言で私は心の中に重りが落ちたような気がした。
「あ、茜、ちょっと今のはきいたなぁ…」
「そ~? 良かった~、悩みが消えて。じゃ~、もうそろそろ帰ろ~?」
「……聞いてない」
と言いながらも、帰宅の準備にかかった。とはいってもリュックを背負うだけだが。
「じゃ、茜、一緒に帰ろう」
「そ~だね~」
私と茜の家は隣り合っていて、親同士友人関係だから赤ん坊の時からずっと一緒に遊んでいるらしい。幼稚園や小学生、中学生、いつでも帰り道は一緒だった。高校も一緒だからこれからもずっと一緒。私はそう思っている。
後援からの帰り道。いつものように今はやっている歌を鼻歌交じりに歌いながら歩いていた。
「ラ~ラ♪ そういえば茜、高校に入ったら何部入るの? やっぱりテニス部?」
私達は中学の時、テニス部をしていた。だから私はテニス部をこのままやりたいと思っている。しかし茜はどう考えているか全くわからない。だから聞いてみた。
「う~ん、そうだね~、たぶんテニス部だと思う~」
私達は信号が赤なので止まった。
「たぶんって何よ、たぶんて」
「え~、だって~、未来のことは誰にも分からないって言うもん~」
信号が青になって私達はまた歩き始めた。
「なによそれ」
「未来が分かったら人生つまらなくなるよ」
前から老人が杖を突きながら歩いてきたので道を譲った。
「まあ、そりゃそうなんだけどさ」
「けど人は未来を覗けたらいいなと思う時がある」
「あるでしょうね、そりゃ」
「人の目は常に未来にばかり向いている」
「…何が言いたいのよさっきから?」
いらついて私は言った。そこで茜は
「ね~え、春香。さっきから誰に話してるの~?」と言ってきた。ついに私はキレて「誰って、さっきから茜が下らない質問ばかり…」
とそこで気づいた。さっきの質問、茜が言っていたんじゃない。そこでまた聞こえてきた。
「人は未来に生きようとしている。
でもそれは無理なこと。
人は現在にしか生きられない。
人は時間の流れに逆らえない。
……だから、過去と現在と未来。どれが一番大切か、これからよく考えてみて」
私は何も言えなかった。
そこで茜は「ね~え、春香~、どうしたの~?」と言ってきた。私は茜に「あ、ああ、大丈夫、平気。ちょっと変な声が…」ここまで言って踏みとどまった。さっきのことを言ったら茜に変な目で見られるに決まっている。
だから嘘をついた。「いや~、最近独り言が多くて」と。
「そうなの~? 茜ってやっぱりおもしろいね~」とそこであの声の正体は誰か考えてみた。
周りを見たが誰もいなかった。じゃあ誰かと思い、記憶を呼び戻してみた。老人とすれ違ったがあきらかに声が違う。老人の声と茜の超えを間違えるわけがない。
後ろに誰かついてきていたということは否定できないがそんなことを言った後ですぐに私の目の届かない場所まで行けるとは思えない。
と、そこまで考えておかしいことに気が付いた。老人とすれ違って十数秒しか経っていないのに老人の姿が見えない。
それによく見てみると車道に車がないし鳥のさえずりも聞こえない。そのことに茜も気が付いたのか周りをきょろきょろと見まわしている。
と、その時目の前から急に見えないヴェールに隠されていたかのように車が出てきた。
もちろんそんな車を避けることが出来るほど私達の反射神経は良くない。そのまま車にひかれると思った時、
「答えを探して、見つけ出して」と例の声が聞こえた気がした。
「過去と現在と未来、どれが一番か……」
声が聞こえなくなった時、隣に倒れている友人の姿を見た。茜もひかれたらしい。どこからか救急車のサイレンが聞こえる。
しかし春香にはその近づいてくるサイレンの音がだんだんと遠ざかっていくような気がした。