第一章
『第一章』
夜の暗闇がまだ明けぬ頃、その研究所には慌しくサイレンが鳴り響いていた。
ここはジーナ帝国第一魔法研究所。ここでは魔法と呼ばれるありとあらゆるものが研究されており、同時に魔法に関する資料を全て保管している…いや、保管していた。
そこに敵国のスパイが入り、倉庫ごと資料を燃やしてしまった。今、燃え残ったものだけでも回収しようと研究員たちが倉庫に飛び込んでいるが無駄だろう。スパイが貴重な物や重要な物を全てとはいわないがほとんど持って行ってしまったと考えてもいいからだ。
もちろん、帝国がそんなスパイを放っておくわけはない。軍隊も研究員もそのスパイの捜索を行っている。民間人の間でもそのスパイの話で持ち切りだ。
ある人曰く、「あのスパイは敵国のスパイらしい」
ある人曰く、「そのスパイは研究員を八つ裂きしたらしい」
はたまたある人曰く、「あのスパイは角や牙が生えていて、人の肉を食うらしい」
噂の中には当たっているものもあれば、尾ひれ背びれ、さらには胸びれまでつけられている事まである。
その話題に上がっているスパイは今何をしているかというと、
「くっ」
走っていた。
髪は黒く腰まで届きそうな長い髪だ。体型は小柄で服装は研究員の着ている服を着ている。歳はまだ15,6といったところか。
もちろん角や牙は生えていなく、人の肉は食べたことはなさそうだ。顔も整っているがその目はきつく、まず目が行くといったらそこだろう。
今、その目に映っているのは夜の暗闇と家と人が全くいない道と、たまに起こる爆発のみ。それ以外は存在が消されてしまったかのように何もない。
今、彼女の後ろには帝国軍の軍人3人がいる。たまに起こる爆発も彼らが魔法を使ってやったことだろう。軍人になるには魔法をある程度身につけ、武術をこなし、頭もよくなくてはならない。そんな軍人に、しかも3人に追いかけられれば普通は絶望するだろう。
しかし、彼女も今までスパイになるために訓練を受けてきたのだ。魔法も使え、身体能力も一般人とは比べ物にならないくらい高い。その3人の軍人の中の1人、そのパーティーの班長はそう資料で読んだ。正面切って戦えば100%負けるだろう。
しかし、今の状況なら勝てるとよんだ。なぜなら魔法というのはひどく精神力を使い、もし普通の人でも魔法が使えたら一発で気絶する。それぐらい精神力を使う。それを何回も続けざまに行ったので彼女はいつ倒れてもおかしくない。それの証拠に彼女は魔法を一回も撃ち返してこない。
そこで班長は他の2人を先回りさせ、待ち伏せしろと命令した。2人は了解し、違う方向へ走っていった。
(この先は分かれ道があるがそのどちらも部下たちが待っている。これで終わりだ)と班長がほくそ笑んだ瞬間彼女はこっちを振り返った。
思わぬ行動に班長は一瞬戸惑ったが
(相手は魔法も使えないただの女だ。こいつを生け捕りにすれば俺はこんな下っ端の仕事とおさらばできるんだ。とりあえず距離はあいている。魔法を一発撃てば…)
と作戦を立てていたその時、スパイが静寂を打ち破り、「斬光」と朗々と言い放った。
一般人がこの言葉を聞いたとしても意味は分からないだろう。しかし、魔法を少しでもかじった者はすぐ分かるはずだ。これが魔法だと。
街灯、月、星、すべての光源から光が奪われ、闇が生まれた。班長は慌てて「手星」と唱えた。そしてスパイが作った闇が晴れ渡った。
しかしそこにはもうスパイの姿は無かった。
(くそっ、油断した。しかしまだあいつ魔法が使えたのか? 他の班に対して50発以上撃ったと聞いたが……まあいい。どうせそう遠くに行っていないはずだ。絶対に見つけてやる)
と班長が意気込み、まず部下2人と合流しなくてはと走っていった。
その近くのごみ捨て場に隠れていたスパイは軍人の気配がなくなるまで待ち、出てきた。
彼女の身体には擦り傷、切り傷のような小さな傷が多々あり、右足が変に痛む。
彼女は「くっ、さすがに軍人12人と一気にやったのはちょっと無茶だったかな」彼女はそう言いながら彼女は歩き始めた。しかし、右足が痛みに襲われ彼女は顔をしかめた。
「でも、すぐここを離れなきゃ。すぐ帝国軍が集まってくる。故郷に帰らないと」
彼女はそう言って身体に鞭を打って走った。彼女の故郷、ファークル国に向かって。