ねがいごと
本当はサンタクロースなんていないと気付いて何度めかの冬。そうでなければ不公平だと僕はつぶやいた。
だって僕は、学校が終わったらすぐに皿洗いのアルバイトにでかけるし、それでもらったお給料は全部ママに渡しているし、けっして悪い子ではないはずだ。
そりゃ、学校に内緒でアルバイトをするのは良くないとわかってる。でも狭い街だから、みんな僕の家の事情は知ってるし、誰も何も言わない。
ママは僕たちを食わせるために、薄汚い路地裏の酒場で毎晩のように働いている。まっとうな仕事をすればいいのにとひとは言うけれど、学のないママが手っ取り早く稼ぐには仕方ないらしい。
あんたはきちんと勉強しなさいねと、ママはきれいな顔をゆがませて笑った。
だけど、弟と妹はまだ小さくて、ママを手伝えるのは僕しかいないから。
ひどいあかぎれの手に、北風が針のようにちくちくと刺さる。大きめに買ってもらったブーツは、ちょうどいいサイズになった今、つま先がひび割れて雪がしみてくる。
サンタクロースはいない。
だって、僕にはパパがいないから。
きっと、神様もいないと思う。
もし本当にいるのなら、そろそろ僕たちを救ってくれてもいいんじゃないかな。
僕は冷たい雪を降らせるダークグレーの空をじっと睨みつけた。
僕が着いた頃には、店は街中のひとたちが全員集まったのかと思うくらい混雑していた。
山積みになった皿やカップを、僕は黙々と洗い続ける。水では汚れが落ちにくいからと、おかみさんがお湯を沸かしてくれた。
楽しそうな笑い声、ソースがはねる音、焦げたガーリックのにおい……僕には関係のないものばかり。
新しい洋服、みんなが持ってるおもちゃ、きれいなカード……ほしがったりしないよ。手に入らないとわかっているもの。
最後の客が帰ったあと、おかみさんが僕を呼んで包みを一つくれた。温かい包みには、ターキーが四本。僕は驚いておかみさんの顔を見上げた。
「余ったんだよ。持っておかえり」
「でも……」
まだ小さい弟と妹は、一本も食べきれやしない。
「残ったら、あんたとママがわければいいさ」
「……ありがとうございます」
僕は雪の中に落とさないように、しっかりと包みを抱えた。
「ああ、待て。こいつも持っていけ」
料理長が僕を呼び止め、手早くパンのはしに余ったサラダを挟んでサンドイッチを作ってくれた。こんな書き入れ時にサラダが余るはずないし、パンのはしはクルトンにして明日のスープに使うはずだ。
僕が戸惑っていると、料理長は「良い夜を」とだけ言って背中を押した。おかみさんも笑って手を振っている。
僕は弾む足取りで真新しい雪を踏みしめた。いつのまにか夜空には星たちがきらきらときらめき、街を飾るイルミネーションみたい。
ママも弟も妹も、大喜びするだろう。その顔を思い浮かべると、心がほんわり温かくなった。
すっかり遅くなってしまったけれど、部屋の明かりがまだついている。ドアを開けると、弟と妹が転がるようにして出迎えてくれた。
「はやく、はやく」
「おにいちゃんを、まってたんだよ」
てっきり仕事に行ったと思っていたママが、にこにこ笑って僕を席につかせる。
テーブルの上には、小さなケーキ。
「こんな日にまで仕事してないで、さっさと帰ってお祝いしろって。店長がくれたのよ」
僕はおかみさんと料理長からもらった包みをあけて、ケーキの横に並べた。なんて豪華で、贅沢なディナーだろう。
ママはケーキにろうそくを一本だけ立てて、明かりを消した。
優しい火の光を見つめ、みんなで讃美歌を歌う。そしていないかもしれない神様に、それでも感謝のお祈りを捧げた。
「おいしいね」
「おいしいね」
弟と妹は幸せそうにご馳走をほお張る。二人を見つめるママの瞳がいつもより優しい。
ああ。来年こそは、サンタクロースがやってきますように。
僕はそっと星に願った。
(おわり)