5 大トリ、俺 【五人目】
最後は俺だな。
彼女と言えばだな…。俺、告白されたんだ。四日ぐらい前のことだ。
…うるさいな。良いから、黙って聞いてくれよ。ちゃんと関係あるんだから。
相手は見ず知らずの女の子だった。髪を三つ編みにしていた。眼鏡は、かけていなかったな。歳は俺と同じくらいで、大人しい子っていう印象だ。
でも、いきなりの告白でさ。よく分からなかったんだよ。俺自身、その女の子とどこで会ったかも思い出せなかったしな。
ただ、渡された手紙に色々と書いてあった。
うん? あぁ、そうだ。告白は手紙だったんだよ。恥ずかしがり屋だったんだな。
その手紙によると、どうも俺は、駅で彼女が転びそうになるのを助けたらしいんだ。でもそれは二ヵ月くらい前の話らしいんだよ。俺も思い出そうとしたけれど、残念ながら思い出せなかった。一週間前のことさえ思い出せない男が、二ヵ月も前のことを覚えてるわけないだろう?
けれども、まぁ、自分を好いてくれる女の子がいるというのは嬉しかったな。正直、告白された時は舞い上がったよ。男として魅力があるって事だからな。
いや、お前ら二人のことを馬鹿にしてるわけじゃないんだ。本当だ。
話を戻そう。
とはいえ、だ。彼女は俺の好みじゃなかった。いや、見た目でどうこうっていうのは間違ってるとは思うんだけどな…。俺が好きなのは快活な女性なんだ。そこを偽ったら逆に彼女に失礼だと思ったんだ。だから俺は、次の日に彼女と会って、断ったんだ。約束してたんだよ、次の日に結論を出すって。
それで、告白を断ったんだけど、彼女泣いちゃってな…。そのままどっかに走って行っちゃったんだ。止める暇もなかった。たとえ止められたとしても、俺が何か言えたのかって話ではあるんだが…。
こうして俺の貴重な体験は終わりを告げた…はずだった。
三日前、つまり告白を断った日だな。その日の夜からおかしなことが起こり始めたんだ。最初は俺の勘違いかと思ったんだけど、そうじゃないんだ。
まずは部屋が綺麗になったことだ。言っておくが、自分で掃除したんじゃないぞ? ひとりでに綺麗になっていたんだ。
三日前はちょっと用事があって、夜遅く、このアパートに帰ってきた。玄関を開けて中に入ると、変な感じがした。室内をよく見ると、流し台にあった洗い物が全て洗われていたんだよ。俺は奥へ進んだ。案の定、脱ぎ散らかしていた服も全て畳まれていて、本も雑誌も綺麗に整理整頓されていた。
分かるか? 普段自分の生活している部屋に、誰かが許可なく入っているんだ。俺は言いようのない気味の悪さを感じたよ。これが合鍵を持ってる家族だったり、友人だったりするなら話は別だぜ? でも、相手は恐らく、あの女の子なんだ。少し前まで知りもしなかった、赤の他人なんだよ。
何でその子だって分かるのかって? そりゃあ分かるさ。他に心当たりのある相手を知らないからな。言っちゃあなんだが、俺は女っ気の全くない生活をしてたんだから。
二日前には食事の用意がされていた。またもや俺の知らないうちに、部屋に入ったらしい。本当に参ったよ。夏だし、机の上に置いておくと悪くなるからって、料理が冷蔵庫の中に入ってたんだよ。ご丁寧にラップがかけてあったさ。勿論、掃除もされていた。
料理? あぁ…、食材には申し訳なかったけれど、全部捨てた。食べるのが恐かったんだ。何か変なものでも入ってるんじゃないかって思ったら、食べることはできなかった。
普通食べるか? 食べないよな? 食べるわけがない。
昨日は、大量のメールが送られてきた。差出人不明のメールだ。いつの間に俺のメールアドレスを手に入れたのか…。
しかもだ、届いたメールの数は、十件とかそんな生易しいもんじゃないんだ。百件以上なんだ。
「好きです」
「愛してます」
「どうして返事くれないの?」「ねぇ、メール見てるんでしょう?」
「返信くださいよ」「好きなんですよ」「抑えきれないんです」「ちゃんと返事ください」
そんなのがずっと送られてくるんだ。一日に何度も通知音が聞こえて、俺は頭がおかしくなりそうだった。相手は真面まともじゃないんだって、はっきり分かったんだよ!
…そして、今日だ。今日はここ数日と状況が違った。あの子がまだ俺の部屋にいる時に、俺は帰ってきたんだ。
実際にあの子の姿を見たわけじゃない。けど、帰ってきた時に、あの子がこの部屋にいる決定的な証拠を見つけたんだ。
玄関には鍵がかかっていた。居間の電気は消えていた。
流し台は綺麗になっていた。でもこれは、決定的な証拠じゃない。
じゃあ、どこで判断したか?
答えは、扇風機だ。そう、そこで回っている扇風機だよ。…飛びのくなよ、扇風機に罪はないだろう。
俺は家を出る前、そいつの電源をきちんと消してから出たんだ。それが、帰ってくると点いていた。
俺は玄関にいながら、扇風機の風音を聞いた。室内は暑かったから、少しでも涼しい中で作業できるように、あの子が点けたんだろう。いつもは何とも思わない扇風機の音だが、今日は気持ち悪く聞こえたよ。
でもな? 音は聞こえても、あの子の姿は見つからなかったんだ。鍵の開く音を聞いて、咄嗟に隠れたんだろう。俺も一人で中に踏み入りたくなかったから、お前たちが来るまで玄関にいたんだ。
あぁ、そうだ。「夏だから」っていう理由でお前たちを呼び出したのは真っ赤な嘘だ。怖い話大会っていうのも方便。本当は、この部屋にいる五人目のあの子に、一人で会いたくなかっただけだ。
さて、時間がかかったけれど、そこの押入れの中にいるはずのあの子と会わなくちゃな…。
「なぁ、出てきなよ」
俺は三人が見守る中、押入れに向かって声をかけた。
そして、閉じていた押入れがゆっくりと開いた。
俺は言う。
「あんた……誰だ?」
6 あとがき、私【】
どうでした? 怖く感じましたか?
少しでも涼しくなりました?
この作品を読んでくださったあなた。そう、あなたです。
あなたに少しでも怖いと思ってもらえたのなら、私もこの作品を書き上げた甲斐があるというものです。
ところで。
あなたは今、一人でこのあとがきを読んでらっしゃると思うのですが、違いありませんか?
…そうですか。そうですよね。パソコンで読んでいるにしろスマホで読んでいるにしろ、普通は一人で読むものですよね。
けれどもですね? 今、画面越しにあなたを見ているのですが、後ろに誰かいるように見えるのですよ。私には。
その人、いったい誰なんでしょうかね?
…なぁんて、冗談ですよ、冗談。
あなたの後ろに誰かがいたりなんて…ねぇ?
ほら、振り返っても誰もいなかったでしょう?
それもそうですよ。
だって、さっき部屋の天井の方に移動してましたからね。