3 二番手、僕 【寂しい人形】
さて、次は僕の番だね。僕は人形の話をするよ。
人形って言っても、フィギュアのことだけどね。三人共、好きだろう? それぞれ家に数体は持ってるはずだ。僕はちょっと多いけれど。
あれは二日前のことだったよ。
あの日、バイトから帰ってきた僕はくたくただった。三人共知ってるだろうけど、僕の働いているコンビニの店長、そう、あの店長のことだ。禿げあがった頭をサイドの髪の毛で隠そうとして、結果的にバーコードを形成しているあの店長に、またもや小言を言われたんだ。
そりゃあ僕の不出来が問題だから、それをとがめられるのは仕方がないさ。けれども、へまするたんびに何度も小言を言われちゃあ、こっちも堪らないんだよね。あの店長、客がいようとなんだろうと、こっちのことを口撃してくるんだ。そうせずにはいられない性分なんだろうさ。厄介な性分だよ、まったく。
おっと、話が逸れだしちゃってるね。愚痴みたいになってしまった。ごめんごめん。
それで、僕はくたくたになって家に帰ってきた。でも、僕は一人暮らしだから、食事の用意やらなにやら全部自分でしないといけない。そりゃあ面倒ではあるけれど、自分だけの空間を持つってのは良いもんだ。そのために必要な諸々の面倒事がなければ、もっと良いんだけどね。
その日、僕は料理をする気も起きなかった。理由は先に言ったとおりだ。それでどうしたかというと、コンビニの廃棄品で済ませることにした。そうだよ、廃棄品だ。本当は持ち帰ったりしちゃいけないんだけど、そこらへんはグレーゾーンだね。まぁ、そこまで健康に害はないよ。カロリーは高いけど。
僕は、『豚肉マシマシ生姜焼き弁当』を食べた。いやー美味しかったよ。いつも言ってるけど、高カロリーは正義だよ。十分もしないうちに全部食べてしまった。
それで、腹が満たされると眠くなっちゃったんだ。バイトで体を酷使してたから、それも相まってすごく眠くなったんだよ。これは仕方ないことだ。人間、満たされると眠くなるようになってるんだよ。
つまり、僕はそのまま、風呂に入らず寝ちゃったわけだ。いつもはきちんと体を洗って歯を磨いてから寝るんだよ? でも、あの日は色々あって、電気も消さないまますぐ意識が落ちちゃったんだ。
不意に目が覚めたのは、午前三時くらいだった。はは、さっきの話とおんなじ時間だ。不思議な偶然だね。
僕は机に突っ伏すようにして寝てた。丁度、壁にかけていた時計が見えるような感じだ。それで時間が分かったんだよね。微妙な時間だったから、僕はそのまま朝まで眠ろうと思った。明日のシフトは昼からだったから、朝にゆっくりとシャワーを浴びようって思ったんだ。
それで目を閉じようとした時、音がしたんだ。「カチャカチャ」ってな音だよ。
音は、壁際から聞こえた。ほら、本棚やフィギュア用の棚がある壁際だよ。
その時、僕は棚の真向かいにいたんだけど、突っ伏してたから音の発生源は見えなかった。体を起こせば見えるようになるんだけれど、僕はそうしなかった。
人間、いきなり予期していない音が鳴ると恐怖心が生まれるんだね。それも、自分がその時に見ていない場所から出ている音だと、余計に怖いんだ。これが昼間だと、そんなに怖くはないんだろうけれど、何しろ時間が時間だ。午前三時なんて真夜中に、不思議な音を聞いてしまった僕の身にもなってみてよ。明かりが点いてても怖いんだ。
そのまま寝たふりをしながら音を聞いてたんだけど、やっぱり気になっちゃったんだ。そりゃあ最初は怖かったけど、怖いもの見たさというか、そんな気分になったんだ。
僕はゆっくりと頭を動かして、音のしている方を見た。
そしたらさ、何と驚いたことに、フィギュアが動いているんだ。一体や二体じゃない
よ? 棚に置いていた全てのフィギュアがさ。意思を持ってるみたいに動いてるんだ。
僕の持ってるフィギュアは全部、球体関節のやつだったから、結構自由に動いてた。彼女達の手足の動きは、まるで人間みたいだったな。その分、「カチャカチャ」っていう音が異様な感じに聞こえたよ。
表情の変わらない人形である彼女達が、声を出さないままにひとりでに動いている。
それは、僕にとって恐怖を感じることだった。確かに僕は、フィギュアを好きだけれど、それはフィギュアとして好きなのであって、人間みたいに生きている姿を見せられるとは思っていなかった。想像もしてなかったしね。
僕は思わず声を上げそうになった。でも、すんでのところで口に力を入れたんで、彼女達には聞こえなかったと思う。
けれどね、僕が見ていることに気付かれちゃったんだ。最初は一体だけだったんだけどね? 一体が気付くと、全部がこっちを見たんだよ。
さっきまで動いてたのが、僕を見たまま、いきなりぴたって止まるんだ。全部が全部だよ? あの様は怖ろしかったねぇ。思い出すと、鳥肌が立つよ。フィギュアの目は描かれたものだけど、たくさんの目に晒されてみると、これがとても怖ろしいんだ。日頃好ましく思っている目でも、性質が変わったみたいに怖いんだな。
フィギュアたちが動かなくなったから、気になっていた音も消えたよ。
でも、音なんかどうでもよくなっていた。
僕は彼女達から目を逸らし、またテーブルに突っ伏した。無理矢理に眠ろうとしたんだ。
恐怖心はまだあったけれど、それが麻痺した頃にようやく眠れて、起きたら朝の九時だった。
僕はフィギュアの棚に近寄って彼女達を見た。あれは夢だと思いたかったんだ。
けれどね、彼女達のポーズは、僕が設定したポーズじゃなかったんだ。
…お前達のとこのフィギュアも、いつか動いちゃうかもしれないよ?
ところで、「僕」のことを勝手に、ふくよかな体型だと想像した人はいますか?