2 一番手、おれ 【深夜の鳴き声】
おれ、あんまり話すのとか得意じゃないから、そこは大目に見てくれよ?
そうだな…。最初だから、軽い話にするよ。
三日前のことなんだけどな?
おれは二階の自分の部屋で寝てたんだ。
いやーあの日は暑かったなー。この時期はいつも暑いけど、あの日は格別だった。おれんとこ、エアコンがないから一日中暑いんだよ。まぁ、夜は昼に比べたら多少はマシなんだけどな?
それで扇風機を付けて寝てたんだけど、やっぱり暑くてさー。夜中に目が醒めちゃったんだ。時計見たら三時過ぎだった。
寝苦しいってのはすごく不快なんだ。分かるだろう?
え? そうか、皆のとこはエアコンがあるからおやすみ設定を使って、快適な睡眠生活を送ってるんだな…。羨ましい…。
…と、話の続きだな。
おれは、喉が渇いてたから一階に下りたんだ。親は寝てるから、静かにな。時間帯が真夜中なせいか、家ん中はすごく静かだった。階段の軋みがいやに大きく聞こえた気がしたな。
で、台所に着いたおれは、棚からコップを一つ取り出して、冷蔵庫の麦茶を一杯、飲んだんだ。
いやー、良く冷えた麦茶は美味かった。身体に染みたよ。喉が渇いていたから余計にな。
それで、麦茶を飲んだら妙に感覚が鋭くなった。
と言っても、半分寝ていた頭がちゃんと起きたってだけの話なんだけどな?
でも、そのせいか、耳が変な音を拾っちまってな…。
初めは小さな音だった。「何か聞こえるな…」ってくらいの音だ。それがだんだん、大きくなっていく。音は確実に、おれの耳に入ってきたんだ。
何の音だろうと思ってよく聞くと、それは何かの唸り声みたいだった。
おれは猫か犬かが、暑さに悶えて唸っているんじゃないかって思った。うちの家の近くには、野良のやつがよくいるんだよ。そばに空き地があるからな。それで特に気にはならなかったんだ。
問題はその後だ。
おれは、コップを置いて居間に行こうと思った。どうせ眠れないだろうから、テレビでも見てようって思ってな。
その時、親父が台所に来た。
「おぅ、眠れないのか?」
「いや、暑くて目が覚めたんだ。もう一度眠れそうにないから、居間でテレビでも見ようと思う」
「そろそろ、お前のとこにもエアコンを付けるべきか」
「もし付けるなら、早めにお願いするよ」
確か、親父とはそんなことを話した気がする。
それで、エアコンの話をした後だ。おれは唸り声について、親父に聞きたくなった。
「なぁ、親父。何か、唸り声みたいなの聞こえないか?」
「唸り声?」
親父は耳を澄ました。
「…いや、何も聞こえんな」
「えぇ? いや、聞こえてるじゃないか。猫か犬みたいな、獣の唸り声が…」
おかしかったなぁ。おれは唸り声が聞こえているのに、親父は聞こえていなかったんだ。
「特に聞こえんが…。まぁ、どうせ野良の鳴き声だろう。気にするな」
親父はそう言うと、おれと同じように麦茶を飲んで部屋に戻っていった。
それからおれは、釈然としない思いをしながら、居間でテレビを見ていたってわけ。
気づくと朝で、唸り声は消えていた。代わりに、蝉の喧しい声が聞こえるようになっていた。
でもおれは、耳を澄ませる度に、まだあの唸り声が聞こえているような気になるんだ。
自分にだけ聞こえる音って、怖くないですか?