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二十三話 ふたりの時間


 ヒヒーンと、記憶と違わない馬の鳴き声がする。


(馬の鳴き声は、ノーゼリアでもイグニスでも、同じなのね)


 そんな、どうでもいい事を、半ば逃避するように考えていたヴァイナスだったが……。


「……っ、もう無理です……! 助けてください、セレスト様……!」


 もしゃもしゃと自分の髪を噛んでいる馬の鼻息を間近で浴びて、とうとう半泣きでセレストに助けを求めた。


「落ち着け、妻殿。その馬は、貴方のことが気に入ったらしいぞ」

「そ、それは……もしかして、餌としてですか? ひぃっ、言ってるそばからやめて……! 髪をもしゃもしゃしないで! 私の髪の毛は、飼い葉ではありません!!」


 ヒヒーン! 

 馬が応えるように鳴き声を上げ、ベロンとヴァイナスを舐めた。


「ひぃぃっ!!」


 とうとう、恥も外聞も投げ捨て、へっぴり腰で悲鳴を上げたヴァイナスを見て、ぷっとセレストが吹き出す。


「くっ、くくっ……! あははは!!」


 そして、体をくの字に曲げて笑い声を上げたのだ。


「どうしてそんなに笑うんですか……!」

「だって、いつもの澄ました顔が嘘みたいで……、くくっ!」


 目尻に涙を浮かべて大笑いしているセレストなど、初めてみた。

 新鮮な驚きを覚えたヴァイナスだが、それも一瞬。いつまでもその姿に感動している余裕はなかった。


「笑ってないで、助けてください! 馬は、髪を食べないで!」

「あははは!!」

「もうっ! 笑わないで!」


 セレストは一通り大笑いした後、目尻に浮かんだ涙を拭った。そしてヴァイナスの悲鳴じみた訴えに応えるように、ポンポンと馬を軽く叩く。


 すると、今の今までヴァイナスの髪を噛んでいた馬はするっとその場から退いてくれた。

 よく躾けられていると感心する反面、それなら早く助けて欲しかったと、思わずセレストを恨めしげに見やったヴァイナスだったが、当のセレストはそれすら楽しいとばかりに、明るい笑い声を上げてヴァイナスの髪を指差した。


「あー、よだれでベトベトだ」

「うぅ、助けてって言ったのに、あんまりです……!」

「すまない。だって、貴方のあんな必死な顔、初めてみたから、つい嬉しくなって……」


 心底楽しそうなセレストを見てしまうと、怒るに怒れない。ヴァイナスはガックリと肩を落とす。


「でもそうか、妻殿は馬が苦手か」


 新発見だ、と悪戯っ子のような表情をしているセレストに、ヴァイナスは慌てて詰め寄った。


「に、苦手ではありませんよ?」

「本当か?」

「ええ、もちろん……!」

「それにしては、……目を覆いたくなるような、酷いへっぴり腰だった」

「うっ……あれは……、馬が悪いんです! 私の髪を噛んだりするから、つい悲鳴を上げてしまう、それだけですよ!」

「……それだけ? 世の中では、それを苦手と言うのではないか?」

「いいえ、違います。あくまで、ついうっかりの範疇内です。断じて苦手などと言う事はありません」

「……ふふ、妻殿は存外子供っぽいな!」


 にこっと邪気なく笑ったセレストに、確かに自分でも苦しい言い訳だという自覚はあったヴァイナスは言い返せなかった。

 そして、つられたように笑ってしまう。


「……内緒にしてくださいね? 私が馬にモシャモシャされ悲鳴を上げたことは、誰にも、……クロムにだって、内緒ですよ?」

「分かった。妻の名誉は、僕が沈黙することで守ろう」


 クスクスと笑いながら頷いたセレストに、ヴァイナスも、約束だと頷いた。


「それじゃあ、そろそろ戻ろう。……いずれは遠乗りに行こうと思っていたんだが、妻殿の様子を見るに、まずあの馬に慣れる事が先決のようだからな。折を見てまた来よう」

「また来るんですか……!?」

「大丈夫だ。ちゃんと僕をもついてくるし、今度はもっと早く止める」

「約束ですよ? 絶対ですからね?」

「うん、わかっている。僕と貴方の、約束だ」


 次の約束を交わしながら歩く二人の歩幅はゆっくりで、間に流れる空気は穏やかなものだった。

 誰かが見れば、ふと頬が緩むような雰囲気があった。 


 しかし、それを狙って壊すかのように、ひんやりと纏わりつくような声がかけられる。


「おや、楽しそうですね」


 これほど、ねっとりとした粘着力を感じる声の主は、ヴァイナスの記憶には一人しか存在しない。本当なら、記憶しているのも不本意な人物――宰相、ジェオルジだった。

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