退却戦3
「ぐふっ! た、たすけ……」
しばらく雪山を進むと、弱々しい声が耳朶に届いた。
なるほどあの隊員が言ったように、山の合間のちょっとした平地に負傷した自衛隊員がいた。
数は情報通り三人。
皆両足を妖気の弾、妖弾にうち抜かれかなりの出血をしているが致命傷じゃない。
周りには雪化粧した木々が立ち並ぶが、妖気は感じられない。
よほど狡猾に隠れているようだ。
「ノリコ、グレネードの準備。俺が一番奥の隊員を助けに行く、途中で殺気か妖気を感じたら、かまわずそこにぶち込め!」
「ダメ。それ、私の仕事」
飛び出そうとする俺の肩を、細い手が人間離れした力で引き止める。
だが時間が惜しい。
「うるせぇ命令だ! つべこべいわずに従え!」
振り返る殺気全開の俺に、ノリコがブルリッと震え、
「分かったアキト隊長。でも、戻ってきたら……抱いて!」
ノリコが潤んだ瞳で、そんな頓珍漢な返答をしてきた。
だが、それはいつものこと。
基本的に妖怪の世界は力が全てだ。
力(妖力)の強い者が全てを手に入れる(奪う)権利を持つ。
本能的にメスの妖怪は強い子孫を残そうと、強いオスを求める。
半妖のノリコでもその本能には逆らえない。
今はそれを利用させてもらう。
「それは……考えとく。まずは行動で示せ」
「……ヤー!」
彼女の手の力が緩まり俺は雪山を走る。
「うおぉぉぉぉぉぉ」
注意を引くため、気合をこめて叫ぶ。
叫びながら腰のホルダーから銃を引き抜き乱射。
いまだ雪上を這いずりまわる隊員に向かって走る。
「…………そこ!」
途端に膨れ上がる妖力と、ノリコのグレネードが発射されたのがほぼ同時だった。
視線の端で一本の木が破裂した。
ノリコが上手く殺気を探り当て、隊員を弄んでいた妖怪を倒したようだ。
チラリと横目で確認すれば、負傷した隊員二人を軽々両脇に抱えたノリコが見えた。
よし、あとはこいつを救うだけ!
俺は救いを求める手に、走りながら手を伸ばした。
だが、
雪野を駆け抜け隊員まで数歩と言う所で、巨大に膨らむ殺気と妖気を感じて反射的に身構えた。
そして……。
「た、助け…………」
グシュッ!
俺に向けて視線を、手を伸ばした隊員は、その手を残して理不尽すぎる力によって潰された。
「隊長、これ……。この妖怪……」
分かってる。
異変を感じて隣に来たノリコが狼狽える。
目の前にいる俺にもヒシヒシと感じる巨大な妖気。
「くっ、まさか、こんな奴まで来てるとは…………」
負傷した自衛隊員を潰したのは、巨大な虎の手。
手配書では見たことがある。
だが実物を見るのは初めてだ。
頭が猿。
胴が狸。
手足が虎で、尾が蛇。
体長が三メートルを超える体躯。
俺の目に前にいたのは、A級危険指定されている伝説の妖獣ヌエだった。