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9 大賢者、学食に並ぶ


 学長室でのディヴィーナ・フランケンシュタインとの邂逅ののち、私ははやる気持ちを抑えつつ、足早に講義室へと向かった。

 本音を言えば一分一秒でも早く講義室へ滑り込みたいところではあったが、確か学び舎において“廊下で走ってはいけない”のだ。

 ゆえに早足で、かつ魔法式を構築するように最短ルートを導き出し、そして講義室へとたどり着いたのだが――


「もう終わったよ、授業」


「は……?」


 開口一番、ソユリ・クレイアットの口からそんな台詞が出てきた時、私は膝から崩れ落ちそうになるほどの衝撃を受けた。


 ……いや、はは、危ない、卒倒してしまうところだった。

 ソユリも冗談など言うのだな。しかし、その冗談は彼女のセンスを疑わざるを得ない。

 だって、講義の予定終了時刻まで、あと一時間近くあるのだぞ?


「初回だから概要を軽く説明して、今後の講義のスケジュールを配って終わりなんだって――はい、これアーテル君の」


 彼女はあっけらかんと言って、プリントを手渡してくる。

 その、今後の講義のスケジュールとやらを受け取る手が、わなわなと震えていた。

 何故、何故……!


「――何故! 初回こそやる気を出さないのか!?」


 どこの誰だか知らないが、授業の空き時間すら有効活用したイルノフ教授の爪の垢を煎じて飲むべきだ!


 講義室に僅かに残っていた学生たちが、何事かとこちらへ振り返った。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目とはまさにこのことである。

 大変絶望的な事実なのだが二人とも――今日はもうこれ以上講義がないのだ。


 ラクスティア魔法大学では、学生が自由に受講したい講義を選択し、一週間の受講スケジュールを組むことができる。

 入学前、大学のパンフレットを熟読していた際に、この画期的システムの存在を知り、私は目から鱗が落ちたような心地であった。

 そしてまず手始めに一週間の一限から六限まで講義で埋める作業に移らねば。

 大学へ提出する受講スケジュールの申請書を前に意気込んだのだが、私は、ここで衝撃的な一文を発見する。


“半期で取得できる単位数は、24単位まで”


 ショックを受けすぎて、鱗どころか涙が落ちた。

 ――馬鹿な、24単位まで、だと?

 一つの講義で取得できる単位数が大方2単位。

 すなわち一週間の内に、12回しか講義を受講できないということか!?

 いや、それよりも私はこの膨大な数の講義を、たった12個にまで厳選しなければならないのか!?


 何故、何故だ!? なんのためにこんな悪魔的な制度が存在するのだ!?

 おのれ忌々しきは“履修制限”――


 と、一ヶ月ほど前にはこのようなことがあった。

 それから私は提出期限日の直前まで、寝ずに頭を悩ませ、ようやく受講する講義を12個に絞り込み、今に至る。


 ちなみにのちに調べてみたところ、履修制限は学生が一つ一つの講義を集中的に学ぶため設けられた制度なのだそうだ。

 やはり目から鱗であった。


 まぁ、それはともかくとして、本日分の講義を全て終えてしまった私とソユリは、ちょうど昼時ということもあるので、別館の学食を訪れていた。

 以前パンフレットで転写を見たが――実際に見てみると、一瞬息をするのも忘れてしまうほど広い。ドラゴンが十匹は収まってしまいそうなほどに広い。

 そしてなにより驚いたのは、そんな広大な場所に、学生たちが所狭しとうごめいていることだ。

 世界中の学生をこの建物の中に集めてしまったのではないか?

 そう思わせるほどに、壮観な光景だった。


「うわ、すごい人だよアーテル君」


「ふふふ、これから私たちとともに魔術を学ぶ者……そしてすでに魔道の極致へ足を踏み入れた偉大なる先輩魔術師の方々が一堂に会している……鳥肌が立ってきたぞ……!」


「……薄々感づいてたけど、アーテル君は意識が高いね」


「はは、その冗談は面白い、私の意識などここにひしめく学徒、そして君と比べれば偉大なる山脈と砂の山を比するようなもの」


「そういう台詞がさらっと言えちゃう時点で十分意識は高いと思うけど……」


 また謙遜を。

 しかし、良い! 素晴らしい! 魔術師にとって謙遜は美徳だ!

 彼女のような人間と知り合えただけで、若返りの大魔法を成功させてまで大学へ入学した甲斐があるというもの!


「とりあえず並ぼっか、席も確保しないとね」


「了解した、……これが“めにゅー”というやつか?」


 私は、学食の壁に貼りだされたボードに目を付ける。

 ウオタ鶏の唐揚げ定食、リムリム魚の激辛煮、クプ魚のソテー、サフリ菜のスープ、カヨネサラダ……

 これは膨大な量のメニューのほんの一部で、実に多種多様な料理の数々が、驚くほど安価で提供されている。

 中には、このグランテシア大陸外の料理や、私の知らない料理も数多く認められた。


 さすがはラクスティア魔法大学!

 この安価さは、おそらく健全な肉体に健全な魂、そして魔力が宿るという言説のもと設定されているのだろう。

 更に魔術の発展は、その土地の文化に深く関係している。

 そして食、とは土地の文化そのものと言って過言ではない。

 きっと多種多様な料理を提供するのは、そういったところに理由があるのだろう。

 改めて感服した。


「私はまだそんなにお腹すいてないから軽く食べようかな、“コレド芋のスープ”ってどうかな?」


「ふむ、コレド芋か、懐かしいな。さながら砲弾のような見た目をした芋なのだが、覚醒作用がある。私も遠征中は夜半これを生で齧って、何時間も寝ずの番をしたものだ」


「……アーテル君は学生になる前、戦地とかにいたの?」


「そんなに大層なものではない」


 若い時分、洞穴に籠城したサイクロプスの群れと、三日三晩寝ずに戦っただけだ。


「私は“ケクニ豚の串焼き”にしよう、ケクニ豚は精がつく、それをこんな安価で提供しているところなど、まずなかったからな」


 200年前の大戦時、ケクニ豚は主に農耕に使われていて、市場に出回るのは老いて使い物にならなくなった老豚ばかりで、それも大変高価だったのだ。

 大戦が終わって世が平和になったからか、私のような一介の学生でも簡単に手の届く値段だ。


「そっか、じゃあ並ぼうね、あそこが最後尾みたい」


 そして私たちは列の最後尾に並ぶ。

 その時、私たちの前方で列に並びながら談笑する学生たちの姿が映った。

 彼らの晴れやかな表情を見ていると、自然に溜息が漏れてしまう。


「どうしたの? 溜息なんかついちゃって」


「いや、恥ずかしい話なのだが、私は今日、抑えきれぬほどの期待を抱えて、この大学へやってきたのだ。だから、その分肩透かしを食らったような気がしてな」


「……もしかして、今になって周りの学生のレベルの低さに気付いちゃった?」


「違う! 間違ってもそんなことは言ってはいけないぞ! 学生も教授も、私には計り知れないほど偉大な魔術師だ! ただ」


「ただ?」


「まだ、一度も本気で魔術が使えていない」


 ソユリが怪訝そうに眉をひそめた。


「……アーテル君、イルノフ先生をなんかすごい魔術で倒してたよね?」


「あんなのはほんの戯れだ。それにイルノフ教授は私の未熟な魔術によって倒されてなどいない。きっと、わざと負けたフリをして私に花を持たせてくれたのだろう」


「……絶対に違うと思うけど」


 ソユリがぼそっと呟いた。

 うむ? 間違っていたか?

 やはり私は未熟だ。

 わざと負けたフリをして花を持たせるなど、そんな浅はかな理由ではないと言うのだろう。

 教授の深淵な思想が、私にも理解できる日がくるのだろうか。


「そうだ、君にお願いがある、手加減などは全くいらない、私に魔術を撃ってくれないだろうか?」


「なんで」


 ソユリの眉間に刻まれたシワが、更に深くなった。


「君の本気の魔術に対して、私が全力で否定魔方式を構築して打ち消す。……いや、もちろん私のような未熟者に君の魔術を完全否定できるはずもなく、いくらかのダメージを受けることになるのだろうが、安心してほしい、万が一のために魔護符は持っている」


「イヤだよ! 私はその日会った人に攻撃魔術をぶつけるようなはしたない女じゃないの!」


 そう言って、彼女は以前に同じくぷくうと頬を膨らませた。

 怒っている、のポーズだ。


 ……やはりだめか。

 もちろんソユリの言うことはもっともである。

 それにラクスティア魔法大学の学生を正しく魔術の道へ導こうとする、その素晴らしい姿勢についても理解している。

 しかし、しかし、これではあまりに手応えがない。欲求不満、消化不良だ。

 ……ああ、こんなにも学生が集まっているのだ。どこかに二つ返事で本気の魔術を交わすことを了承するような人間がいないだろうか……


 そんな風に考えていた、その時だった。


 どこからともなく甲高い悲鳴、そして何かの破壊される音、咆哮、震動。

 学生たちはこの音の正体を確かめるべく一様に同じ方向、すなわち私たちの背後の出入り口付近に目をやった。

 そして、誰かが叫ぶ。


「――“サバト”の機甲竜がまた暴走したぞ!!」


 竜――その単語に反応して目を凝らすと、ひときわ凄まじい轟音とともに学食の扉が破壊され、世にも珍しき機械仕掛けのドラゴンが姿を現した。


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