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8 大賢者、学長から勧誘される


「……今なんと?」


 私はそう聞き返す。


 ……まったく、歳のせいだろうか? 今、ひどい聞き違いをしてしまったようだ。

 さて、今度は集中して、一言一句漏らさずに聞き取ろう。

 私はディヴィーナ学長の言葉に耳を傾ける。


 彼女は、再度繰り返した。


「ですから、アーテル様には、是非とも本学の講師になっていただきたいのです」


 ……聞き違いではなかったのだ。

 なにか悪い冗談かと思い、慣れない愛想笑いを浮かべてみたりもしたが、彼女の表情は真剣そのものである。


「講師? それはつまり、私にこの大学の教授になれと言っているのか?」


「あくまでこちらがお願いする形になるのですが、まあ、そうです」


「いや、いやいや」


 私はかぶりを振った

 ……全く、ラクスティア魔法大学には酔狂な人間が多すぎる。

 私のような凡人ではついていくのも精いっぱいだ。


「ええ、まあそう言われるだろうとは思っておりました、しかしまずは私の話を聞いてほしいのです、これを見てください」


 そういって、彼女は一枚の紙きれを取り出す。

 そこはかとない既視感を覚えて目を凝らしてみれば、それはラクスティア魔法大学の入試問題――それも私が回答を書き込んだものではないか。

 問題文にはあの時と変わらず“伝説の三大賢者が一人、マリウスが組み立てたマリウス式魔法式を、できる範囲で記しなさい”という一文があり。

 そしてそのすぐ解答欄には、ご丁寧にも最適化されたマリウス式魔法式が、私の拙い字で書き込んである。


 それを確認した途端、私の顔面が、かーーっと熱を持った。

 果たしてこの世にこれ以上の羞恥が存在するのかと思った。

 ――まさか、まさか入学した後になって、入学試験での私の誤りを、このような形で晒されるなど!!


「ご覧の通り、これは入学試験でのアーテル様の解答です」


「そうだな……」


「見事な魔法式です、全く非の打ちどころがありません」


「そ、そんなことは……」


「更に最適化にも無駄がない、まさにマリウス式魔法式を極めたと言っても過言ではありません」


「ぐっ……!?」


 ……なんだこれは? 新手の拷問か?

 まさか私は、こうして嫌味を言われるためだけに入学させられたのか?

 ああ、何故あの時の私は、解答欄に“マリウス式魔法式など馬糞にも劣る”と書き込まなかったのだ!!


 私は今にも憤死してしまいそうになったが、それとは対照的に、ディヴィーナ学長は神妙な面持ちである。


「……念のため言っておきますが、マリウス式魔法式の証明を正しく完了させたのは、アーテル様ただ一人でした」


「わ、私一人、だと!?」


 私は目を剥いて仰天した。

 これまでの私は、入学試験の際、私と同様に、馬鹿正直にマリウス式魔法式を書き込んでしまう受験生が、きっと他にもいくらかいるだろうと踏んでいたのだが、まさか私一人とは!

 まさに羞恥の極みである! できることならばそこの窓から飛び降りてしまいたい!


「ええ、驚かれるのも無理ありませんね……実に嘆かわしい事です」


「お、おっしゃる通りだ……」


 おっしゃる通りだが、これ以上吊し上げるくらいなら、いっそ殺してくれ……

 心の中だけでそうつぶやいた。

 ディヴィーナ学長が、私の解答用紙を手に取る。


「そしてあなたの解答は、入試課でも大変話題になりました――なんせこれは、マリウス式魔法式を完璧に証明できる受験生など存在しないという前提のもと作られた問題なのですから。しかし予想に反してこれを証明し、あまつさえ最適化まで施した受験生がいるではないですか」


 あなたの解答は、大変話題になりました。

 この一文を耳にした途端、私は頭の中が真っ白になってしまう。

 そのせいで、私はそれに続く台詞を聞き損ねてしまった。


 しかし大方「馬鹿正直にあのヘボ魔法式を証明して、ご丁寧に最適化までした馬鹿がいるぞ! と話題になりました」とかそんな感じだろう。

 ……この数分で一生分の恥をかいた気がする。


「しかし、私は送られてきた書類の受検者名を見た時、一度でソレを信じることが出来ませんでした。同姓同名の他人だと思いました。ですが――どうやら貴方様は先ほどの講義で、イルノフ教授をいともたやすく倒してしまったそうですね」


 倒したというか、イルノフ教授が倒されてくれたというか……

 まぁそれはいい。


「しかもあなたは無詠唱式の否定魔法式を証明し、イルノフ教授の魔術を無効化したのちに無詠唱式の呪詛返しまで……あまりに常軌を逸しております。しかし、これによって私は確信しました」


「あなたこそ我が偉大なる高祖母、イゾルデ・フランケンシュタイン唯一の好敵手、三大賢者が一人――アーテル・ヴィート・アルバリス、その人なのでしょう」


「ううむ……?」


 いかにも、私こそがかつて三大賢者の一人に数えられた魔術師、アーテル・ヴィート・アルバリスだ。その事実に相違はない。

 しかし頭の上に浮かんだ疑問符が消えないのは、脳が混乱していたためだ。

 あれ? 私はついさっきまで辱められていたのでは? なんだか分からないが、いつの間にか褒められていないか?


 まぁ、どちらでもいい。

 要するに彼女が、私をアーテル本人だと確信したと、そういう話だろう。


「しかし……その、不躾かもしれませんが、高祖母から聞いていたよりも、随分とお若い見た目で……」


「なに、若返りの魔術で肉体を十代まで戻したのだ、実年齢は300を超えている」


「わ、若返り……!?」


 ディヴィーナ学長が目を剥いた。

 ふふ、驚いているようだな。

 この魔術に関しては私にも多少の自信があるので、そのような反応を示してもらえると、私も鼻が高い。

 これが入学試験での失敗の汚名返上となれば、幸いだ。


「……やはり貴方は紛れもなく三大賢者の一人、アーテル様です。そして、そんな貴方様だからこそ頼みたいのです」


 その直後、彼女はテーブルに額が触れそうになるほど深々と頭を下げ、言った。


「――お願いします。我がラクスティア魔法大学の講師となり、学生たちを正しき魔術の道へと導いてください」


「なっ……」


 彼女の態度に、私はすっかり面食らってしまった。


「報酬は十分に支払います。何一つ不自由のない待遇で迎えます。ですから、どうか、どうか貴方様の力をお貸しください!」


「何故、私のような人間にそのような誘いを……?」


「それは私が、アーテル様を尊敬しているからです」


「……尊敬?」


「ええ、幼い頃から高祖母によく聞かされていました。かつて、アーテル・ヴィート・アルバリスという、誰よりも真摯に魔術と向き合った魔術師がいたのだと」


 それは……買いかぶりも甚だしい。

 私はそのように大層な人間ではない。

 まして私に対してとりわけツンケンしていたあのイゾルデ・フランケンシュタインが、間違っても私に対する賛辞など送るはずがない!


 しかし、なんにせよ彼女は本気だ。

 一体どこで勘違いしてしまったのか、本気で私を素晴らしい魔術師と信じ込み、本気で勧誘しにきている。

 これはきっと、破格の条件なのだろう。

 こと私のように平凡な才能の持ち主にとって、この誘いはまさに天恵。またとないチャンスなのだ。

 おそらくこの機会を逃せば、私がラクスティア魔法大学の講師になれることなど一生ないだろう。


 しかし、それでも、それを踏まえた上でなお


「――すまないが、丁重にお断りさせていただく」


 私は、こう答えるのだ。


「な、なにか不満な点がおありなのでしょうか? 報酬は十分に払うつもりですし、こちらとしては丁重にもてなすつもりですが……」


「私にはあまりに勿体ない話だ、それならば是非イルノフ教授の待遇を手厚くしてくれ」


 私のような人間を雇うよりも、あの素晴らしき魔術学者イルノフ教授の給金を少しでも上げる方が、きっとこの学校のためになる。


「なぜあの男を……いえ! そういうわけにも参りません! では、一流の研究設備を望めば望むだけ用意しましょう! それなら……!」


「いやいや、もう一人で学ぶのはまっぴらだ、それに、私のような未熟者が道具だけ揃えても恰好がつかないだろう?」


「み、未熟者……? 三大賢者の一人に数えられた、あなたが……?」


「そもそも私などはただ悪目立ちしただけで、私より優れた魔術師などいくらでもいるのだよ。この大学の学生の方が、よっぽど素晴らしき魔術的素養を持っているようだしな。そんな彼らに対し、私が教鞭をとるなど、恐れ多い」


「で、ででで、ではっ! あなたは一体なんのために、何が目的でここへ入学してきたのです!?」


 またまた、おかしなことを聞く人だな。

 ディヴィーナ学長が、あまりにもおかしなことを言うものだから、私の顔からつい自然な笑みがこぼれてしまう。


「――何って、大学に入る理由など一つしかないだろう。素晴らしいキャンパスライフを送るためだ」


「キャンパス、ライフ……?」


 ディヴィーナ学長が、どこか間の抜けた声をあげて、崩れ落ちた。


 その表情、イゾルデそっくりだ。

 やはり血には抗えないということか。

 ああ、そうだ。


「そうだな、それはそれとして、せっかくイゾルデの子孫に会いまみえることが叶ったのだ。一つ、私に魔術を撃ってみてはくれないだろうか」


「……え?」


「あなたもイゾルデの子孫でラクスティア魔法大学の学長とあらば、きっと相当な使い手なのだろう? 是非お願いしたい」


「そ、それは一体どの程度のもので……?」


「もちろん、持てる全ての力を尽くした、最高の一撃だ。大丈夫、魔護符は持っている」


 彼女が遠慮したりなどせぬよう、私はどんと胸を叩いてみせた。


「し、しかし……」


「かつての友の、その子孫が一体どれだけの魔術の腕を持っているのかを肌で感じたいのだ。……ダメだろうか?」


「……いえ、分かりました」


 ようやく決心がついたらしい、彼女はその場から立ち上がって、こちらへ手のひらをかざしてきた。

 そしてわずかに口元が動いたかと思えば――私の足元に巨大なペンタグラムが出現する。

 おお、なんと懐かしい!

 これこそ、かつてイゾルデ・フランケンシュタインが最も得意としていた結界魔術――!


 次の瞬間、視界が白一色に塗りつぶされた。

 凄まじい光の奔流が、いともたやすく私の全身を呑みこみ、蹂躙する。

 これがもし、あのイゾルデ・フランケンシュタインの構築した魔法式であれば、きっと私もただではすまなかったはずだ。

 しかし、やはりご先祖様の旧知の友人が相手となれば、手を抜いてしまったのだろう。

 私は、全くの無傷で生還した。


 ディヴィーナが、気遣うような目でこちらの様子を窺ってくる。


「だ、大丈夫でしたか?」


 遠慮してしまう彼女の気持ちはわかる。

 しかしそれでも、私はついむすっとしてしまった。


「……さすがに書き取り式の結界魔術となれば、無詠唱否定魔法式での完全証明は間に合わず、3割ぐらいは直撃してしまったが……しかし、こんなにも手を抜かなくても、別に私は咎めたりしなかったぞ」


「て、手を抜く……?」


 私は懐より魔護符を取り出し、テーブルの上に置いた。

 取り出した魔護符は、ちょうど脇の下にあたる部分に、かすかに切れ目が入っている。


「その気遣いは嬉しいが、しかし魔護符一枚破壊できないまで出力を抑えられるとは……」


 正直、消化不良である……

 まぁどだい彼女に対して本気の魔術を撃ってくれなど、無理な話だったのだ。

 分かってはいたが、やはり残念だ……


「……では、私は講義があるので、そろそろお暇させていただく。講師の件、誠にすまなかった」


 そう言い残して、私は学長室を後にした。

 ソユリとともに講義を受ける約束だ。

 これ以上遅れると、のちにソユリと講義の復習をする際、私が足を引っ張ってしまうことになりかねない。

 私は急いで階段を下り、講義室を目指した。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 アーテル様を見送ったその直後、私のやせ我慢はいよいよ限界に達した。


「っ……!」


 私は崩れ落ちるように、ソファへ身体をうずめる。

 もはや指の一本を動かすことさえ億劫だ。

 急激な魔力の消耗による疲労――こんな無茶な魔力の使い方をしたのはいつ振りか。

 アーテル様は私が手を抜いたと思っているようだったが、そんなことはない。


 私は、伝説に語られた三大賢者の一人、結界魔術で右に出る者はいないと言われているイゾルデ・フランケンシュタインの直系だ。それなりに魔術の腕にも覚えがある。少なくとも学内において私とマトモに張り合える魔術師なんて、数えるほどしかいない。

 だからこそ私は高祖母の名誉のため、そしてアーテル様に見限られないため、正真正銘、最高の結界魔術を行使したのだ。


 しかし彼は、あろうことかその大半を無詠唱の否定魔法式で打ち消してしまった。

 更に、あの魔護符もアーテル様の特別製なのだろう。

 まさか、あの魔術を直撃させて、ただの一枚の魔護符すら破壊できないとは。


 もちろん、あの人はさらりと言っていたが、“若返りの大魔法”などという荒唐無稽な魔術を成功させたことも凄まじい。いや、本来それは“凄まじい”の一言で済ませていいものではないのだ。

 私や高祖母のように、ある程度の力を持つ魔術師はたいてい“老化を遅める魔法式”を組んで、若い頃の姿を長い間維持する。でも、あの三大賢者の一人イゾルデおばあちゃんだって、300歳を手前に寿命を迎えてしまった。

 それを、あの人はこともあろうに若返りだって?

 無茶苦茶だ。そんな魔法式が発見されたとなれば、世界の常識がひっくり返る。

 それを、あの人は鼻にもかけていない。


 なんたる規格外。なんたる化け物。

 全て――おばあちゃんから聞いた通りの人だ。


 誰よりも強く、誰よりもストイックで、そして誰よりもカッコいい、そんな人。

 思わず、頬が緩んでしまった。

 こんな姿誰かに見られたらことだというのに、嬉しくてたまらなかった。


 勧誘は失敗してしまったが、しかしこの大学の学生である以上、手の打ちようはいくらでもある。

 幸い、彼は驚くほどのストイックさによって、どういうわけかこの大学と、そこの人間を買いかぶってくれている。

 とりあえず現時点で私の為すべきは――“せめて彼が退屈しないよう、最高のキャンパスライフを演出する”ことだ。


「次はいつ会えるかなぁ、今度は退屈させないようにもっと強力な魔方陣を組まなきゃ」


 ディヴィーナ・フランケンシュタインは、一人呟く。


 ――何を隠そう、彼女は高祖母の昔語りの中でしか存在を認めることのできなかった憧れの魔術師と直接対面することが叶い、この上なく舞い上がっていたのだ。



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