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7 大賢者、学長に呼び出される


 魔護符、というものが存在する。

 東洋呪術から発展し、人魔大戦時、急速に普及したマジック・アイテムの一つだ。


 それは人の形を模した呪符に特殊な魔法式を書き込んだもので、術者がなんらかのダメージを受けることをスイッチに魔法式が起動する。

 その作用は、術者のダメージの肩代わり。

 ダメージの量が一定を超えると役目を終えて散り散りになってしまう事から、しばしば身代わり札と称されることもあり、現代魔術師にとっての必需品だ。

 むろん私も持っているし、イルノフ教授も当然これを持っていた。


 従って、呪詛返しの魔法式が発動した際、私は生意気にも一瞬イルノフ教授の安否を気遣ってしまったが、どうやらいらぬ心配だったようだ。

 彼が懐に忍ばせていたらしい魔護符がきっちり役目を果たしてくれたおかげで、イルノフ教授はモロに魔術の直撃を食らったにも関わらず、気を失うだけに留まったのだ。


 それにしても、さすが名門ラクスティア魔法大学の教授を名乗るだけはある。

 まさか自ら身を挺して学生の力量を確かめるなど……

 私は保健室へ運ばれていく彼の雄姿を、最大限の敬意を表して見送った。

 今度、彼の著書を四冊ほど購入しよう。

 保存用・観賞用・実用用・布教用に。


 そう決意を固め、私は大講義室を後にしたのであった。


「――私、アーテル君が教授に意見した時、本当にびっくりしたんだよ」


 講義室を出てすぐ、隣を歩くソユリがおもむろに言った。

 ちなみにソユリは次も私と同じ講義を取っているらしく、これもまた何かの縁、ということになり、今は二人揃って講義室へ向かっている最中だ。


「なに、私が指摘しなければ、きっと別の人間が指摘しただろう。しかし私もまだまだ未熟だ、堪え性が無くていかん、皆の奥ゆかしさを見倣わねば」


「あれは奥ゆかしさとかそういうのとは違う気がするけど……私、心臓が止まるかと思ったよ」


 心臓が止まるとは、なんと大げさな。

 ……いや、大げさといえば、他の学生たちもそうだ。


 イルノフ教授が倒れたのち、大講義室は一時騒然となった。

 悲鳴をあげる者、講義室から逃げ出す者、助けを呼びに行く者など反応は様々だったが、どう考えても大げさではないか?

 よもや私ごときの魔術が、イルノフ教授を傷つけられるはずもないだろう。


 きっと、イルノフ教授はいの一番に意見を示した私へ、花を持たせてくれたのだ。

 すなわちわざとやられたフリをしてくれたのだろう。

 改めてイルノフ教授の寛大な精神に感服した。


 ソユリが、ふうと溜息を吐く。

 なんだか疲れ果てたような様子だが、どこか調子が悪いのだろうか?


「私こそアーテル君を見倣いたいよ、色々と……」


「はは、買いかぶりすぎだ、私など運よくここに入学できただけに過ぎない」


「……嫌味じゃなくて素で言ってるんだもんなあ……」


「ん? なにか言ったか?」


「ううん、なにも。ただ、この短い時間でもアーテル君がどういう人なのか段々分かってきたなー、なんて」


「それは素晴らしい。私は人付き合いが得意ではないが、せめて君のことが理解できるよう努めよう」


 まあ魔道を究めんとする探究者同士、心配せずともすぐにお互いの事が理解できるだろう!

 そしてゆくゆくは素晴らしきキャンパスライフを! 魔術の道を邁進するのだ!


 そんな風に、来るべくバラ色の未来へ思いを馳せていると突如学内に“声”が響き渡った。

 これは――学内のいたるところに“音響魔方陣”が仕込まれているのか。

 噂には聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてだ。


『――総合魔術科1年、アーテル・ヴィート・アルバリス、アーテル・ヴィート・アルバリス、至急、本館6階学長室まで来てください、繰り返します。総合魔術科1年――』


「……呼び出しだね」


 ソユリが、なんだか複雑な表情でつぶやいた。

 呼び出し? 私がか?


「一体なんの用だろう?」


「間違いなく講義の最中にイルノフ教授を倒しちゃった件についてだと思うけど……行った方がいいよ? 名指しで呼び出されちゃってるし……」


「し、しかし、この後は大事な講義が……深淵なる魔術世界への入り口が……」


「……すっぽかしたら最悪退学かも」


「うぐっ!?」


 それは困る!

 たとえ拷問にかけられようが、退学だけは絶対にダメだ!

 私はまだ広大な知識の泉のほとりに立っただけに過ぎないというのに!


「すっ、すぐに用事を済ませてくる! 一緒に講義を受けるという約束を反故にしてしまうのは不本意だが、すまん! また後で会おう!」


 こうして、私は別れの挨拶もほどほどに、6階学長室へと向かう。

 後ろの方から「頑張ってねー!」とソユリの声が聞こえてきたので、私はこれに了解の意を込めて微笑みを返した。

 どうやら、私もソユリという人間のことが段々に分かってきたらしい。

 彼女は多分、相当に“良い人”だ。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 呼び出しに従って階段を上り、本館6階へたどり着くと、見上げんばかりの巨大な扉が私を出迎えた。

 扉の表面にはびっしりと複雑な紋様の数々が描かれている。言うまでもなく、魔法式だ。

 複雑かつ高度な魔法式が、数十層もの魔術結界を形成している。

 この厳重な守りは、間違いない。ここが“学長室”だろう。


 大変はしたないことだが――私はこの魔法式を目にした途端、我を忘れて、頭の中で否定魔法式を構築し始めていた自分に気が付く。


 ……はっ!? いかんいかん! 私は何をやっているのだ!?

 いかにこの魔法式が美しくとも、これだけ厳重に施された魔術結界を無許可で解錠するなど無礼の極みだ!

 しかし、もしもこの繊細かつ複雑微妙な魔法式の完全否定を証明できたとなれば、どれだけ爽快だろうか……

 ……いや! だから駄目だと言っているだろう!? 馬鹿か私は!


 そんな風に頭を抱えて葛藤していると、ひとりでに扉が開いた。

 どうやら内側から解錠したらしい。

 少し残念に思いながらも、部屋の中へ目をやると、一人の女性が私を出迎えた。


 黒いローブを身に纏い、ねじ曲がった杖をその手に携える、白髪碧眼の年若い女性である。


「ようこそいらっしゃいました、大賢者様」


 彼女はそう言って、深く頭を垂れた。

 大賢者――そう呼ばれたのはいつ振りだろうか。

 そして、その呼び名を口にしたということは、彼女は私の正体を知っている。


 別に隠していたわけではないが、いざこうなってみると、なんというか気まずいものだ……


「……どこのどなたかは存じないが、頭を上げてくれ。このような前時代の遺物に敬意を払う必要などない」


「前時代の遺物など滅相もありません――申し遅れました、私、本学学長のディヴィーナ・フランケンシュタインと申します」


 ……フランケンシュタイン、だと?


「まさか、君は」


「ええ、ご察しの通り、かつてアーテル様とともに並び立ったとされる三大賢者が一人、イゾルデ・フランケンシュタインの子孫でございます」


「お、おお!!?」


 思わず声をあげてしまった。

 確かに、言われてみればどことなく面影がある!

 それになにより、さっき見た扉の魔法式は、正当な“イゾルデ式”であった!


「まさかヤツに孫がいたとは驚きだ! それで、イゾルデは元気か?」


「正確には玄孫です。それと高祖母は20年ほど前に他界しました。享年294歳です」


「なんと……」


 大戦以後、顔を合わせることは一度もなかったが、まさかあのイゾルデが亡くなっていたとは。

 誰よりも結界魔術を得意とし、誰よりも美しい魔法式を組み立てた若き女天才魔術師、イゾルデ・フランケンシュタイン。

 その彼女が亡くなっていたと知り、私はショックを隠し切れない。


「高祖母は、よくあなたのことを話していましたよ」


「そうか……私には気の利いた台詞などは思い浮かばないが、彼女はかつての人魔大戦を共に生き抜いた、いわば戦友だ。せめて安らかな眠りにつけるよう祈ろう」


「……ついでに鈍感な男だと、よく愚痴っていました」


「ん? なにか言ったか?」


「いえ、なにも――そんなことより立ち話もなんですから、どうぞ中へ」


「あ、ああ……?」


 ディヴィーナに導かれるがまま、恐る恐る学長室へと足を踏み入れる。

 そうだ、イゾルデに子供がいたという衝撃ですっかり忘れてしまっていたが、私は名指しで呼び出されていたのだ。


 びくびくしながら、勧められた椅子へ腰をかけると、彼女はテーブルを挟んで向かいの椅子に腰を下ろす。

 一体何を言われるのだろうか。まさか学長権限で即退学、なんてことはあるまい……


 そんな風に怯えていると、ディヴィーナ・フランケンシュタインは正面からこちらを見据えて、言った。


「――単刀直入に言いますと、アーテル・ヴィート・アルバリス様、貴方様には、是非本学の講師になっていただきたいのです」


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