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62 大賢者、無知を恥じる


 理由は依然として分からない。

 分からないが、なんにせよネペロにとってそれは致命的であったのだ。

 苦し紛れのゴーレム召喚――これを機に彼女の無敵とも思われた魔法に綻びが見えた。

 不可解な部分は多いが、ひとつだけはっきりしていることがある。


 彼女の魔法は、ゴーレムには通じない――


「命令追加! ゴーレムよ! ネペロ・チルチッタを捕縛しろ!」


 私はすかさず叫んだ。

 基本的にゴーレムへ新しい命令を付与する際には錬金式へ直接命令を書き足さなければいけないのだが、このゴーレムには前回のマリウス戦を踏まえて若干魔術式を噛ませてある。

 簡単な命令ならば、こうして私が発声するだけで実行に移してくれる。


 数え四体のゴーレムたちはネペロへ狙いを定め、一斉に動き出す。

 意思なき泥人形である彼らの動きに恐怖や迷いはない。

 ただその巨体をもってネペロを組み伏せるべく、一直線に突き進んでいく。


 ゴーレムにネペロの攻撃魔法は通じない。

 しかし彼女には神出鬼没、霞のごとく消え陽炎のごとく現れる例の瞬間移動じみた魔法がある。

 ゴーレムの鈍足から逃れることなど容易いだろう。

 しかし――彼女はそれすらしなかった。


「うぐっ……!?」


 あろうことか、ネペロは襲い来るゴーレムどもから狭い教学事務室内をただ走って逃げ回っている。

 罠ではない、彼女の鬼気迫る表情はけして演技では出せないものだ。

 まるで突如として魔法が使えなくなってしまったかのような様子である。


「さっきまでの威勢はどうした! ネペロ・チルチッタ!」


 ネペロはゴーレムたちから逃げ回りつつ、こちらを睨みつけてくる。

 もはや彼女の顔に張り付いた不敵な笑みは剥がれ落ち、そこには屈辱に顔を歪ませ、犬歯を剥き出しにする少女の姿があった。


「ぐっ――舐めんな! ゴーレムごときで調子づいてんじゃねえぞ一年坊がぁっ!!」


 これは驚いた、口調が変わっている。

 よほど追い詰められているようだ。

 ――しかし、このままいくほど甘くはないらしい。

 一心不乱に逃げ回っていたネペロは突然に立ち止まり、身を翻した。


「少し面食らっただけだ! ゴーレムなら知っている! 額に貼り付いた羊皮紙から特定の文字を消せば元の泥に戻っちまうこともなぁっ!!」


 なるほど、ただ逃げていただけかと思っていたのだが、なかなか頭が回るらしい。

 ゴーレムの単純さにつけ込み、逃げ回りながらまとめて狙撃できる場所にゴーレムどもを誘導したのだ。

 彼女は振り返るなり、口唱法にて魔術式を唱える。

 これにより彼女の手の内に木の実ほどの火球が四つ出現し、ゴーレムどもが彼女に飛びかからんとするその寸前、ネペロは十分に引きつけたゴーレムたちへ火球を投げ放った。


 コントロールも素晴らしい。

 至近距離とは言え、放たれた火球は羊皮紙の狙った箇所へ着弾。

 刻まれた錬金式の一部が焼け焦げ、消えてしまう。


「はっ! どうだ見たか! ゴーレムごときで私を倒そうなんざ……!」


「――ふむ、それもまた想定済みだ」


「なっ!?」


 ネペロが驚愕の表情を晒す。

 ――ゴーレムは額に貼り付いた羊皮紙から錬金式の一部を消せば元の泥に戻る?

 その通りだとも、従来のゴーレムならばな。


 だが


「私がそんな古くさいゴーレムなど作るものか」


 罠にかかったのはお前だ、ネペロ・チルチッタ。

 額の羊皮紙へこれ見よがしに刻まれた錬金式は、いわばスイッチ。


 四体のゴーレムたちが一瞬遅れて風船のように膨張する。

 ゴーレムを制御する錬金式が効力を失ったことにより、眠っていた魔術式が作動したのだ。

 その作用は――自爆。


 ゴーレムは、それこそ風船が破裂するかのような小気味の良い音を立てて内側から爆散、大質量の泥を周囲に撒き散らす。

 当然、十分すぎるほどにゴーレムたちを引きつけていたネペロは、これを正面からマトモに食らってしまう。


「がっ!?」


 たかが泥とはいえ、あれだけの量だ。

 ネペロは数メートルほど吹き飛ばされ、背中から地面へ叩きつけられる。

 これにより彼女の懐から一枚の魔護符が飛び出してきて、そのまま散り散りになってしまった。

 これで私と条件は同じ、ようやく彼女へ一矢報いることが叶った。


 しかし、私の目的はあくまで外の騒ぎを止めることだ。ネペロを倒すことではない。

 それでも念のためもう一体ゴーレムを精製し、ネペロを抑えつけさせておこうと羊皮紙を取り出したのだが、私はすんでのところでそれを止めた。

 何故なら、大の字になって倒れ伏したネペロが――笑っていたからだ。


「……くふふふ、惜しかったですねぇアーテルさん!」


 ネペロはここにきて元の口調を取り戻していた。

 先ほどの憎悪に満ちた表情もまた嘘のように消え去り、今は三日月状に口元を吊り上げ「くふふ、くふ」と笑っている。


「何が惜しいのか」


「もちろん、あなたの頑張りがあと一歩のところで全て無駄になったことが、ですよ。感じるのです! 〝魔女の目〟はもう間もなく開きます!」


 魔女の目――だと?

 それがこの一連の騒動を引き起こしてまで成そうとした大魔法の名か?

 彼女はこちらの反応を嘲笑うように「くふふふ」と笑いながら、ゆっくり起き上がる。


「私、言いましたよね? あなたの企みは読めていると……アレでしょう?」


 ネペロは得意げに教学事務室の一角を指す。

 そこには大仰な通信用魔具が鎮座ましましていた。


「教学事務室の通信魔具は非常事態に対応するべく警備会社と直通になっております、エンドマークを一つ打つだけで、即座に凄腕の魔術師たちが大学へ押し寄せてきて暴動を鎮圧するという寸法ですね、しかし……」


 ここで、ネペロは口元を大きく吊り上げる。


「もう遅いのです! いくら警備員が即座に押し寄せるとはいえ、それでも数分はかかる! その頃には全てが終わった後ですよ!」


「なんと……」


 私はついに言葉を失ってしまう。

 そんな私の様子を見てネペロは自らの勝利を確信したらしく、腹を抱えて笑い始めたではないか。


「ああ、悲観することはありません! むしろ光栄に思ってください! 〝魔女の目〟が開いたのち、狂乱の宴はやがて終わり、そして世界は創り替えられるのです! あなたは新世界の訪れを特等席で見物できるのですよ! さあ刮目してください!」


 ネペロはいよいよ歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌に言って天を仰いだ。

 一方で私は呆然と立ち尽くすほかない。


「なんということだ……」


「ふふふ、そんなに絶望しないでくださいよ、当然の結果だったんです」


 ネペロがくつくつと笑いながら、こちらを憐れむかのように声をかけてくる。

 悔しい、悔しいが、それは変えようのない事実だ。

 まさか、まさか――


「――そんな上手い手があったとは」


「へ?」


 ネペロが一転、間抜け顔を晒した。


 ああ、そんな顔で見つめられると余計恥ずかしくなってくるではないか!

 やはり私は未熟者だ!

 あれだけ大学大学と言っておきながら、教学にある通信魔具と警備会社の存在を知らなかったなど!

 恥ずべきである! これは恥ずべきことである!


 ――そんな手段があると知っていれば、迷い無くそちらを選択したというのに!


「……だが、まぁ、今更そんなことを言っても遅いな」


 私は自らの無知をたっぷりと恥じつつ、両耳を塞いだ。

 どうやら彼女の準備も整ったようだ。


「えっ、あなた、一体、なんのつもりです……?」


 ネペロは未だ何が何だか分からないような表情だ。

 その狼狽ぶりが余計私の恥辱を浮き彫りにする。

 ……しかしこれに関しては敵ながら天晴れ、というべきか。

 さすがはネペロ・チルチッタ、新聞部部長を名乗るだけあって学内の情報には精通しているらしい。

 ならば私の策など――あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、思いつきもしなかっただろう。


「……ラクスティア魔術大学には、至る所に音響魔方陣が仕込まれている」


 入学式当日、学長ディヴィーナ・フランケンシュタインが私を呼び出す際にソレを使っていたのを思い出す。

 〝親〟となる魔具から〝子〟となる音響魔方陣へ術者の〝声〟を伝播させる技術。

 その親となる魔具が、大学のブレーンたる教学事務室に存在するのは道理である。


 そこで、私は一つ考えた。

 音響魔方陣だが、これはほんの少し魔術式をいじれば、音量の調節さえも可能なのではないか――と。


 ここで、ネペロはようやく何かに気が付いた。


「あ、あれ? そ、ソユリ……ソユリ・クレイアットはどこに!?」


 彼女は慌ててきょろきょろと辺りを見回す。

 まず初めに例の警備会社に直通しているという通信魔具を見やるが、当然、そこにソユリはいない。

 ネペロがまるで見当違いの場所へ注意を払っている間に、ソユリはすでに所定の位置に着いていたのだ。

 教学事務室の片隅に接地された魔具、すなわち音響魔方陣の〝親機〟の前に――


「――いくよ、アーテル君!」


「いつでも良いぞ」


 ソユリはこちらの了解を得るなり、口唱法によって親機たる魔具へ介入。

 これにより学内に刻まれた全音響魔方陣と魔具がリンクし、僅かにノイズが走る。


 それからソユリはすかさず両耳に耳栓をはめ込み、懐から小さな植木鉢を取り出した。

 植木鉢からは、ちょろりと小さな木の芽のようなものが覗いている。

 これを見て、ネペロは「まさか――!?」と顔を青ざめさせた。


 ああ、そうともそのまさかだとも。

 笑うのなら笑ってくれ、こんな力任せの方法しか思いつかなかった私を。


「みんな、ごめんなさい!!」


 ソユリが謝罪の言葉とともに勢いよく木の芽を引き抜いた。

 もう誰もが気付いていることであろうからあえては説明すまいと思っていたが、ここは自戒の意を込めて説明しよう。

 ――ソユリが引き抜いたのは、大学敷地内、呪術科が管理する畑から拝借してきた品種改良済みのマンドラゴラである。


「……私もまだまだ未熟だ」


 私がぼそりとひとりごちた次の瞬間、大学全体に硝子を引き削ったような音が響き渡った。


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