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60 大賢者、正義に立ち向かう


 アルガン・バディーレー。

 教学に所属することを示す黒装束を身にまとった、キャンパス・ライフの番人。

 彼はその幼い顔立ちを義憤に歪め、我々の前に立ちはだかった。


 二人の先輩は彼の登場に顔を青ざめさせる。


「で、出た! 教学のアルガン・バディーレー!」


「クソ! 最悪のタイミングだ!」


 先輩方は苦虫でも噛み潰したような表情だが、私としてはこの反応に疑問を感じざるを得ない。


 最悪、とはクロウス先輩も異なことを。

 当初は混乱を避けるため、できる限り隠密に教学事務室へ侵入し、事を済ませる予定だったのだが、彼が来てくれたとなれば話は別だ。

 むしろ我々は喜ぶべきである!

 キャンパスにおける正義の代名詞、アルガンが駆けつけてくれたとあれば百人力ではないか!


 私は努めて友好的な笑みを浮かべ、彼に歩み寄る。

 背後から「おい!?」と先輩の呼び止める声が聞こえた気がしたが、おそらく気のせいであろう。


「良いところに来てくれた、あなたの助力があればこの騒動もすぐに収まることだろう、どうか我々に力を――」


 と、私が言い終えるよりも早く、アルガンの袖口から極小の魔術式の刻まれたアラクネ糸が飛んでくる。

 私は身体の向きを僅かにずらしてこれを躱し、その不可解な行動に首を傾げた。


「……何故こちらを攻撃する?」


 ぶちっ、と何かの切れるような音が聞こえた。


「――白々しいわアーテル・ヴィート・アルバリス!! 粛正対象は貴様だ!」


「私が?」


 何故?

 そう思って更に首を傾げると、後ろから「周り見ろ馬鹿!」とクロウス先輩の声。

 言われた通りに辺りを見渡してみれば――なにやら学生たち、ひいては教学職員たちの視線がなべて私たちへ注がれている。

 ソユリは注目されるのが恥ずかしいのか両手で顔を覆い「もうやだ……」と呟いていた。


 ここで私は一つの結論に至る。


「ふむ、少々目立ちすぎてしまったか?」


「少々じゃないよぉ!」


 ソユリが今にも泣き出しそうな声で叫び、それと同時にアルガンが無数のアラクネ糸を放ってくる。

 これは――躱せない。

 即座に判断した私は、懐に潜ませたメモ用紙をばらまいて、これを無詠唱式による魔術で空中に固定。

 アラクネ糸は全てメモ用紙に阻まれ、こちらへ到達することは叶わない。

 メモ用紙は役目を終えるとひらひらと地面に落ちて、同時にアラクネ糸も地面に散らばる。


「なっ……!?」


 アルガンは驚愕した様子で、これを見た周りの学生たちから「おおお!」と歓声があがった。


「アルガンの糸をあんな方法で……!」


「あれだけの糸を一本も撃ち漏らしてねえ! どうなってんだ!?」


 お褒めに預かり恐悦至極。

 しかし大したことではない。

 無数の、しかもほとんど視認できないほど極細のアラクネ糸とはいえ、全てアルガンの袖口から放たれたもの、軌道を読むのは容易いのだ。

 私は改めて彼に語りかける。


「何か気に障ることをしてしまったのなら謝罪する。しかし今はラクスティアの危機、外の騒動を収めるため我々に力を貸してはくれないだろうか?」


 こうしている間にも外の騒動は更に激しさを増していることだろう。怪我人が出るのも時間の問題である。

 だからこそ早急な対応が求められる。そのためには彼の助力が必要なのだ。

 しかし


「――学生風情が粋がるな!」


 アルガンの凄まじい怒声を合図に、一度地に落ちたアラクネ糸がまるで生き物であるかのように跳ね上がった。

 うねりながらも一直線にこちらへ向かってくる様は、さながら蛇である。

 私は次々と襲い来る糸の群れを躱し、糸は壁やら天井やらに張り付いていく。


「ルールは絶対だ! 例外は存在しない! いやむしろ! 例外的な状況でこそルールとは遵守されるべきなのだ!」


 張り付いた糸は、やがて蜘蛛の巣のごとく事務室全体に張り巡らされた。

 これは――私が入学初日の夜マリウスとの戦いで構築した、糸による結界魔術か!


「その堅固さによって人の心に安寧をもたらす不朽の城壁、それこそがルールだ! これを破壊することは断じて許されない! 私が直々に鉄槌を下す!」


 アルガンが糸を握りしめ、張り巡らされた結界はぎらりと鋭い光を返した。

 なんと、なんと凄まじい気迫か。

 こんな状況にも関わらず、私は思わず舌を巻いてしまう。


 彼の言葉には一片の嘘もない。

 彼の掲げる正義には一点の曇りもない。

 その信念の強さは驚嘆に値するが


「私とて退けないのだ、僭越ながら、無理を通させてもらう」


 ここは譲れない。

 もしも私が折れてしまえば外の騒動はより一層激しさを増し、ネペロの言う〝大魔法〟が成ってしまう。そんな確信があったのだ。

 学生諸君に最も恐れられる魔術師、アルガン・バディーレー。

 そんな彼に私ごときが敵うはずもない。

 だが、ここで私が戦わねば、一体誰が――


 そんな時、視界の隅にちりっと光が走る。

 何事か。

 そう思ったのも束の間、張り巡らされた糸の結界へ雷撃が走った。

 雷撃は目にもとまらぬ早さで糸の上を駆け巡り、端から見れば同時とも思える早さで破裂。

 アルガンのアラクネ糸による結界は、ことごとくが焼け落ちた。


「っ……! 貴様らぁっ!」


 アルガンが口角から泡を飛ばしながら叫ぶ。

 私は咄嗟に振り返った、するとそこには――


「ああ、とうとうやっちゃった! あのアルガンに攻撃魔術をぶっ放すなんて! これ退学で済むかなぁ!?」


「ごちゃごちゃ言うなトルア! むしろ良い機会じゃねえか! あのいけ好かねえ童顔上げ底ヤローに思いのたけ魔術をぶつけられるんだぞ!」


 書き込み式魔術を証明し終えたトルア先輩とクロウス先輩の姿があった。


「先輩方……!」


「おらアーテル! ぼーっとしてんじゃねえ! 俺たちが二人でアルガンを食い止める! その間にお前らが〝アレ〟をやれ!」


「でで、できれば早めに頼むよアーテル君! あんまり遅すぎるとボクら殺されちゃうから!」


 先輩方はアルガンに向かって二つ目の魔術式を構築し始める。

 いかに優秀なる先輩方とはいえ、アルガン相手では分が悪かろう。

 だが、それでも彼らは立ち向かうのだ!


 何度でも。

 何度でも言おう!


 ――なんと良い先輩を持ったのだ私は!


「いくぞソユリ!」


「う、うん!」


 私はソユリの手を引き、その場から駆け出す。

 「逃がすか!」とアルガンが背後から糸を放ってくるが、伸びた糸はクロウス先輩の正確無比な火炎球の一撃で撃ち落とされる。

 この間、私は一度も振り返りはしなかった。

 そもそもあの偉大なる先輩方を私ごときが心配するなど、それ自体おこがましい!

 今はただ愚直に、先輩方を信じて当初の目的を果たすのみ! 私がこの騒動に終止符を打つのだ!


「もう少しだソユリ! もう少しでアレが――!」


 私とソユリが脇目も触れずに向かうは、事務室の一角。

 そこにたどり着けば我々の目的は成る!

 この騒動を一息に食い止めることが叶うやもしれない!

 しかし


「すみません困ります! 止まってください!」


 教学職員の一人、やたら体格のいい男が私とソユリの前に立ちはだかった。

 彼は図体に見合わない、情けない表情でこちらへ訴えかけてくる。

 私は一喝した。


「ギルジバ! 貴様あの時の恩を忘れたのか!?」


「……そ、そう言われましても! たとえアーテル様とはいえ通すわけにはいかないのです!」


 ――かかったな!

 私は即座に無詠唱式火炎の魔術を手の内に現出させる。

 彼は「へ?」と間抜け面を晒した。


「上手い切り返しだとでも思ったか!? ――馬鹿め! 貴様とは初対面だ!」


 間髪入れず男めがけて火炎球を放つ。

 するとやはり火炎球が直撃する寸前、男の像が霞のように揺らぎ、霧散した。


「あーらら、またすぐにバレちゃいました。私の変装下手ですかねぇ?」


「そう何度も騙されてやるものか!」


 声の方へ振り返ってみれば、そこにはネペロ・チルチッタの姿が。

 やはり、やはり最後に立ちはだかるのはお前か!


「ふふふ、あなたが教学に乗り込んで何を企んでいるかは分かっております、無駄なあがきとは思いますが、ただ見過ごすだけというのも寂しいでしょう? だから――全力で邪魔してあげます」


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