59 大賢者、教学へ乗り込む
行きがけの駄賃、といえば聞こえは悪いが。
私とソユリはこの騒動の元凶、消えたネペロ・チルチッタを見つけ出すべくキャンパス内を奔走していると、呪術科が管理するマンドラゴラ畑にて殺気だった女学生たちに囲まれる先輩二人を発見し、これを救出した。
重ねて言うが、優秀なる先輩方のことだ。
あれしきの窮地、先輩方ならばゆうに脱することができたのかもしれないが、なあに露払いも後輩の仕事である。
しかし――
「――こんなことを続けていてはキリがないぞ!」
私は無秩序に飛び交う罵声や攻撃魔術をかわしつつキャンパス内を駆ける。
右も左も狂乱。
静謐なるキャンパスは今やカオス渦巻く無法地帯と化してしまっている。
この騒動の中には見知った顔も少なくはない。
いったいどういう意図があってのことかは知らんが、これらは全てネペロ・チルチッタの作り出した光景だ。
「アーテル君! 上! 上!」
ソユリが叫ぶ。
その直後、頭上より成人男性の腕ほどの太さもある氷柱が落下してくる。
私はこれをなんなくかわし、後ろについてくるトルア先輩とクロウス先輩は紙一重で直撃を避ける。
地面に叩きつけられた氷柱が、凄まじい音を立てて弾け飛んだ。
「あっぶねえ?! あいつら加減してねえな!?」
「こんなの直撃したら一発で魔護符を持ってかれるよ!」
「先輩方! 常に周囲に感覚を張り巡らせろ! 流れ弾とはいえマトモに食らえばタダでは済まないぞ!」
「無茶言うな! 数が多すぎる!」
その通り、数が多すぎる!
なんせラクスティア魔術大学の在学生数千人が、一斉に正気を失ってしまっているのだ!
今のところ目立った被害は備品の破損などに留まっているが、このままでは怪我人が出るのも時間の問題である!
「一つ一つの騒動を収めていてはダメだ! まずはこの場をなんとかするほかない!」
「なんとかするって、どうするつもりだ!? どうにも話を聞いてくれるような状況じゃねえぞ!」
クロウス先輩が飛来する火球をかわしながら言う。
そう、先輩の言うとおり、かような狂乱状態において先ほどソユリがしたような説得による解決はあまり現実的ではない。
まして大元であるネペロを見つけ出して制圧したところで、この騒動が収まるわけでなし、加えて彼女には得体の知れぬ魔法がある。
この混乱の中、紛れ込んだヤツを探し出すのはほとんど不可能と言っていい。
では、いよいよ万策尽きたか――いや。
「僭越ながら私に一つ策がある! ソユリ! 先輩方! よく聞いてくれ! まず――」
そして私は駆けながらに彼らへ自らの策を語った。
このカオスを打ち破る我が愚策。
そのシンプルかつ安直な作戦の全容を知り、三人はさあっと顔を青ざめさせた。
「あ、アーテル君……!? 本当に、本当にそんなことするの……?!」
「狂ってる! 停学、いや退学ものだ! 逃げよう! こんなの放っておいてさっさと逃げよう!」
「うじうじ言ってんじゃねえトルア! コイツについてきちまったのが運の尽きだ! やるしかねえんだろ!?」
「ああ、そうだとも! 私は良き先輩を持てて幸せだ!」
「チクショウ! ありがとよ!」
そう言うクロウス先輩は、なぜだか今にも泣き出しそうな表情だ。
「ソユリもこの作戦に異存はないか?」
先輩方の了解も得られたところで、最後に私は彼女へ問いかけた。
彼女は、いかにも不満げにぶすうと頬を膨らませて。
「……あるよ、ありまくりだよ! でも――もう慣れたよ! やろう! アーテル君!」
やはり、持つべき者は友である。
その言葉の意味を再確認させるほどに、ソユリの返答は力強く、そして頼もしいものであった。
さあでは全員の了解が得られたところで、向かうは――教学!
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「ですから当方では問題の規模を正しく把握できていないような状況でして……!」
「ただいまウチの職員が調査中です! ですので今しばらくお待ちを!」
「新聞サークルは今回の掲示物に関して正式な手続きを踏み、許可を取っております! なので今すぐこれを取り下げるというわけには……!」
さて、いざ教学に踏み込んでみれば私たちを出迎えたのは目も覆いたくなるような惨状であった。
キャンパス内もなかなかにひどい有様であったが、例えるとすればここは地獄そのものである。
学生生活で困ったらとりあえず教学へ――とも言われるように、教学とはラクスティア魔術大学における頭脳の役割を果たしている。
大学の運営に関すること、学生の案内、相談、その他諸々の雑務を一手に請け負う総合受付のような機関だ。
だからこそここには常に多くの優秀な職員が在駐し、トラブルの対応に当たるわけだが――いかんせん、数が数であった。
「どうなってんだ教学!」
「またお役所仕事か!」
「俺たちの学費で食う飯は美味いか!?」
対応に追われる教学の職員へ学生諸君の容赦ないバッシングが飛び交う。
教学には常に多くの優秀な職員が在駐、とはいえ、その数はせいぜい30人がいいところ。
彼らは今日も今日とて持ち前の優秀さを発揮していつも通りの事務作業を淡々と消化していたことであろう。
――そこへ突然学生たちが殺到し抗議の嵐である。パンクは必至だ。
私たちは為す術も無く、怒り狂う学生たちの背中を眺めながら立ち往生を食らうほかない。
「ネペロ・チルチッタ……! 公認サークルとなった途端に行動を起こしたのはこのためか!」
私はこの惨状を受け、歯噛みをする。
もしも新聞サークルが新聞同好会のままだったとすれば、教学は人員を割き、強引に例の新聞を剥がして回るという強硬手段もとれたであろう。
しかし大学公認のサークルとなれば別だ!
これを撤去するにもまた正当な――悪く言えば長たらしい手続きが必要となってくる。
しかしこの混乱が更に手続きを滞らせるという悪循環が生じ、今や教学の機能はほとんど停止してしまっている!
「アーテル君! この人だかりじゃ前にも進めないよ!」
「このままじゃいつ暴動が起きてもおかしくねえ!」
「どうするんだいアーテル君!?」
「仕方ない……! 強行突破だ!」
事は一刻を争う。
私はすかさずローブをまくり、腕に刻まれた魔術式を露わにする。
そして懐から取り出したインク壺に直接指を浸した。
「ソユリ! 先輩方! 私の肩に掴まれ! 少し飛ぶぞ!」
「と、飛ぶ!?」
「いいから掴まるのだ!」
有無を言わさずソユリと先輩方の手を取り、私の身体に触れさせる。
そしてそれを確認するなり、私は腕に刻まれた魔術式の末尾へ指印をもってエンドマークを打った。
瞬間、目に映る景色が一変する。
「え……?」
その声は私を除いた三人の内の誰かのものなのか。
それとも周りで豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見上げる学生、もしくは教学職員のものなのか、はたまたその両方かは定かでない。
――なんにせよ私たちは今、分厚い人の壁を飛び越えて教学のカウンター上に立っていた。
教学職員、加えて学生たちの視線が一斉にこちらへ集中する。
彼らは一様に、あんぐりと口を開けて言葉を失っていた。
「これはまさか……転移の魔術……か……?」
「そんな大魔術をあの一瞬で証明したのかい……?」
トルア先輩とクロウス先輩が引きつった顔で呟いた。
一方でソユリはというと、周りを見渡しながら愕然として固まっている。
私は「ふむ」と首をひねった。
「やはり調整もなしで四人一気に転移させるとなると若干座標が狂ってしまうな、本来ならばカウンターを飛び越えるはずだったのだが……いやはや、私もまだまだ未熟だ」
「――言ってる場合か!」
クロウス先輩とトルア先輩が息を揃えて叫ぶ。
それと同時に静寂は打ち破られ、まず初めに正気を取り戻した数人の教学職員たちが一斉にこちらへ飛びかかってきた。
「こ、困りますっ!」
「相談は列に並んでください!」
「カウンターの上に乗らないでください!」
「すまないが、今日は相談ではないのだ。しかし確かに卓上に立つのは無作法だな、すぐに降りよう」
「え、ちょ、アーテル君――!?」
ソユリが何か言いかけていたが、生憎それを最後まで聞く暇はなかった。
私はすぐさま無詠唱式による身体強化の魔術を証明し、脚力を大幅に強化。
そしてカウンターの向こう側へと高く跳躍した。
無論、私の身体に掴まったままの三人は、それにしがみつく形で空を飛ぶ。
これを見た学生たちが一時、怒りを忘れて「おおっ!?」と声をあげる。
そしてその場の全員の注目を集めつつ、私たちは教学事務室の中央に着地した。
何故か私に掴まる先輩方が青ざめた表情で、ソユリに至っては口から泡を噴いて白目を剥いているが――なんにせよ第一関門突破、である。
「な、ななななにやりきった顔してるんだい!? アーテル君、キミ本当はアホだろう!? さっき話した作戦じゃ気付かれないように教学へ忍び込む予定だったろう!?」
「いきなりアドリブかよ! 本当に目立つのが好きだなお前は!?」
「すまない先輩方、予断を許さない状況だったゆえ急遽作戦を変更した、勘弁して欲しい」
「馬鹿野郎! 教学でこんな騒ぎを起こしたらヤツが……!」
「――学生風情が舐めくさりおってからに」
突如聞こえてくる、静かながらも確かな怒気を孕んだ声音。
トルア先輩とクロウス先輩が同時に「ひぃっ!?」と短い悲鳴をもらし、肩を震わせる。
私は、この声に覚えがあった。
まるで少年のようでありながらも一本強い芯の通った声。
正義を執行する者の覚悟と義憤を感じさせる、重みをもった言葉。
キャンパスの平和を守る正義の代行者。
親愛なる学生諸君曰く――童顔上げ底ヤロー。
「教学事務室への侵入、事務室内での魔術の行使……あのくだらぬ新聞の次は貴様らか! もう我慢ならん! このアルガン・バディーレーがまとめて粛正してくれる!!」
教学、アルガン・バディーレーは強く拳を握りしめ、まさしく般若の形相で我々の前に立ちはだかった。
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