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58 大賢者、痴話喧嘩を仲裁する


 トルア・ルーキンスとクロウス・ケイクライト。

 三年間の大学生活で女性関係のこじれにより、危うく殺されかけたことも一度や二度でなく。

 数多の修羅場をくぐってきた二人は、キャンパス内における逃走ルートの確保にも余念が無い。


 ――しかし、こと色恋沙汰において大胆かつ慎重に振る舞ってきた彼らは、今まさに絶対の窮地に立たされていた。


「これが年貢の納め時ってやつか……」


「五体満足で卒業できると思ったんだけどなぁ」


 クロウスとトルアが諦観に満ちた声で呟く。


 キャンパス内が混沌の最中にある今、彼らは呪術科が管理する大学敷地内のマンドラゴラ畑にて、およそ十数を超える女学生たちにより完全に包囲されていた。

 皆、少なからず二人と縁を持つ女性であり、もっと言えば肉体関係を持った女性たちである。

 逃げ出そうにも数が数、まして共通の目的を持った女性たちは凄まじい連携を発揮するのだ。その包囲網には一点の隙もない。


 クロウスもトルアも優秀な魔術師だ。

 一人や二人ならば軽くいなせるが、こうも数が多くては対処しきれない。

 加えて彼らは共通してラクスティア史に名を残すほどの稀代の女たらしではあるものの、女性へ魔術を向けることはプライドが許さなかった。

 つまりは、万事休すである。


「ああ、もういっそ足下のマンドラゴラを二、三本引っこ抜いちまおうか、八つ裂きにされるよりはマシだろ」


「いいことを教えてあげようかクロウス、最近呪術科の学生がマンドラゴラの品種改良に成功したらしくてね、今足下にあるマンドラゴラはとっても声が小さいらしいよ、せいぜい一瞬びっくりさせて終わりさ」


「呪術科の連中も余計なことしやがって」


 改めて万事休す。


 女学生たちによる包囲網が着々と狭まってくる。

 中には気の早い者もいて、すでに血走った眼でメモ帳に魔術式を書き込み始めている。

 どちらにせよ、数秒後には四方八方から多彩な攻撃魔術が飛んでくるのは自明の理であった。


「ああ、こうなることが分かってたならもっと遊んでおけばよかった! さようなら桃色のキャンパス・ライフ!」


「あ、トルアお前余計なことを――!」


 追い詰められたトルアの心の叫びを、クロウスが必死で制止する。

 しかし、時すでに遅し。

 女学生たちの怒りのボルテージは、この発言を受けて一気に最高潮に達する。


「死ね! 女の敵!」


 誰かが叫び、これを合図にして一斉に攻撃魔術が証明された。

 魔術の証明によって起こる発光に包まれながら、クロウスの頭の中に大学三年間の走馬灯(主に酒の席での記憶)が駆け巡り、彼はいよいよ自らの最期を悟る。

 しかし


「――ふむ、熱量は素晴らしいが魔術式の構築が少々雑だ」


 炎は捻転し水は蒸発、土は崩れて光はくすむ。

 十数の女学生が証明した十数の多彩な魔術式は、ただの一息で霧散した。

 たった一人の学生が、脳内で構築した否定魔術式によって。


「偉大なる先輩が二人も揃っているのだ、これも無用な気遣いだったかもしれないな」


 アーテル・ヴィート・アルバリスは、嫌味ではなくただ率直な感想を述べながらマンドラゴラ畑に現れた。

 その背後にソユリ・クレイアットを引き連れて。


「アーテル君っ!? ひゃっほう! 助かった!!」


 悠然とこちらへ歩み寄ってくる彼の姿を認めると、トルアは一転して歓喜の叫びをあげた。

 クロウスもまた声に出さねど、その表情に安堵の色を滲ませる。


 一方で、初めは自らの魔術が打ち消されたことに戸惑いを隠せなかった女学生たちであったが――なんのことはない。

 一度打ち消されたのならもう一度。

 彼女らは示し合わせたように再度の魔術式構築に取りかかる。

 しかし、それらの魔術式が証明されることはなかった。


 アーテルが再び無詠唱の否定魔術式を組み上げたわけではない。

 ましてトルアとクロウスがプライドを捨て、反撃に転じたわけでもない。

 それを制したのは、ソユリの一声である。


「――やめなよ! みっともない!!」


 まさしく鶴の一声であった。

 女学生たちは一斉に手を止め、目を剥いてソユリを見やる。

 それだけでない、トルアとクロウス、また脳内で次の否定魔術式を組み立てていたアーテルでさえ、呆けた表情でソユリへ目をやったのだ。


 普段物静かで小動物然としたソユリは一変して威風堂々。

 静かに燃える青い炎のごとき迫力を醸し出している。

 鬼のソユリ――再来である。


「み……みっともないってなによ!」


 女学生の内一人が声を荒げた。

 これを受けて、凍り付いたように固まっていた女学生たちが徐々に我に返り始める。


「そう! どっちにしてもアンタには関係ないじゃない! これは私たちとそこのクソ野郎の話なの!」


「ソユリさんはそんな蛆虫男の肩を持つんですか!?」


「まさかあんたもそこの腐れヤリ××にだまされたクチ!?」


 そこまで言わなくてもいいのに……、とトルアが涙目に呟く。

 一方でソユリは、浴びせかけられる罵声の数々に一瞬ひくりと眉根を動かしたが、しかし毅然として言い放った。


「――そんなわけないでしょう!! 彼らは女の敵です! ド腐れ××××の××××の××です!!!」


 ただの一声で、女学生たちは口をつぐんだ。

 というより、皆が言葉を失った。

 しんと静まりかえったマンドラゴラ畑で、ソユリは更に続けて語る。


「彼らに擁護すべきところなんてありません! 女の子を粗末に扱うような最低男は鉄甲虫にはねられて死ぬべきです!」


「ちょっ、ちょっとソユリちゃん? キミはいったいどっちの味方を……」


「少なくとも先輩の味方ではありません! 先輩は黙っててください!」


「ヒッ!?」


 トルアの些細な抗議はソユリの一喝によってばっさり切り捨てられる。


「だったら止めないでよ! そいつらを八つ裂きにしてラクスティアの池に浮かべて魚の餌にしないと私たちの気は収まらないの!」


「ヒッ!?」


 女学生は女学生で恐ろしげな刑罰の内容を語り、トルアとクロウスは更なる恐怖に身体を縮こめた。

 しかしソユリはこれにも一切臆せずに、逆に彼女らへ問いかけた。


「――本当に、それで気が収まるの?」


「え……?」


 困惑する女学生たちへ、ソユリは更に問いかける。


「それは本当にこの××男たちへの復讐になるの?」


「そ、それは……」


 女学生たちがたじろぐ。

 彼女たちにとってこれは、痛いところを突かれたかたちだ。

 何故なら、彼女らの怒りに支配された頭でも、薄々と感づいていたことなのだから。


「あなたたちのそれは一時の怒りに任せて、この二人を袋叩きにしたぐらいで精算されるものなの?」


「だって……しょうがないじゃない! それしか思いつかないんだもの! こんなのに騙された私が悔しくて、悔しくて……」


 いよいよ女学生の内の一人が泣き崩れ、これが伝播して女学生たちはぐずぐずと涙で顔を濡らし始めた。

 これを眺めていたアーテルは、心中で「まるで魔法のようだ」と感心する。

 これを見てソユリは鬼の衣を脱ぎ去り、慈愛に満ちた仏のごとき柔らかな所作で、泣き崩れる女学生たちのリーダー格らしき女性へと歩み寄った。


「うん、うん、辛かったね、その気持ちは分かるから……こんなに可愛い女の子を泣かせるなんて、あの二人は本当に××だね……」


「うぇぇん……××野郎ぉぉ……!」


 ××野郎ことトルアとクロウスは、今や吹けば消えてしまいそうなほどに縮こまっている。


「でも、本当にあの二人が憎いなら、今よりずっと幸せにならないとね? それこそあの二人がなんで手放したんだろうって思うくらい、それがなにより復讐になるんだよ?」


「そ、そんなこと言っても、私、私ぃぃ……」


「大丈夫、恋愛相談ならいつでも乗ってあげるから、私も相談相手欲しかったんだ。だから、ね?」


「ソユリちゃああああん……!」


 その時、その場にいる全員が、鬼のソユリ改め仏のソユリの背後から差す目も眩まんばかりの後光を見た――


 かくしてトルアとクロウスは処刑を免れ、女学生たちは晴れやかな表情で三々五々に散っていった。

 全てが終わった後、トルアはほっと溜飲を下ろす。


「いや、一時はどうなることかと思ったよ! ありがとう二人とも! 特にソユリちゃん! さすがの名演技で……」


「……」


「え? ソユリちゃん?」


「……」


「あの、演技だよね「気安く呼ばないでください、女の敵」


 ヒッ、とトルアは短い悲鳴をもらし、クロウスは顔をこわばらせる。

 ソユリの凍てつく氷のような視線に戦慄する二人の傍らで、アーテルは一人、地面に埋まったマンドラゴラを見つめ、ぽつりと呟く。


「なるほど、マンドラゴラか……」


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