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56 大賢者、大戦を振り返る


 我々が住む世界は〝大いなる力〟と呼ばれる不可視の力の奔流によって形作られている。


 大いなる力、それはあらゆる生命の起源、真理、到達点――

 正確に言えば、これの上に〝理〟という名の薄皮を貼りつけることによって成り立っているのが我々の世界なのだ。


 翻って、神秘というものがある。

 これは黒竜の娘などを始めとした高位の幻獣が行使できる力である。

 ひとたび発動すれば地獄の業火を再現し、神話に語られる雷を呼び寄せ、大津波によって町ひとつ飲み込むことすらできる。

 しかしその原理とは単純明快、世界を形作る大いなる力の一部を強引に引き千切り(・・・・・)、無理矢理こちらの世界へ現出させるというたいへんな力業なのだ。

 そもそも幻獣という存在自体が極めて大いなる力に近いからこそできる芸当だが、その分リスクは大きい。

 あまりに強力な神秘を行使すると、術者への途方もない負担はさることながら、力のしわ寄せで世界そのものが揺らぎ、何が起こるか分かったものではない。

 度重なる神秘の行使によって力を制御しきれず、灰になる幻獣というのも別段珍しいものではないのだ。


 それを踏まえた上で魔女たちが操る魔法――これは掛け値無しの奇跡である。


 大規模な儀式を通して大いなる力に直接干渉し、その力を現出させる。

 そういう点では神秘と似通っているが、これはある意味その究極系。

 何故なら魔法とは、人の身にありながらも正当な手続きをもって大いなる力の一部を拝借する技法だからだ。

 幻獣どもが神秘によって大いなる力をねじ伏せ、従え、時に手痛い反撃を受ける一方で彼女ら魔女は大いなる力を完全に御していた。

 これぞ人間の至るべき極致――と魔女たちが畏敬の念を払われていた時代は確かにあったのだ。


 しかし、いかんせん魔法とは人を選んだ。

 まず、魔女となるのに最も重要とされるのは血である。

 加えて、魔法使いは女性であることも必須とされた。

 詳しい理由は分からないが、大いなる力とリンクするには女性の方が都合が良かったのだという。

 しかるべき血統、そして魔女としての素質なしには成り立たない。


 そういった経緯もあり、魔法とは秘されるものであったのだ。

 とある魔女が途方もない研鑽の末編み出した魔法は一子相伝、一族のみに受け継がれ、門外不出とされた。

 魔法のまがいもの、魔女のまがいものは少なくなかったが、真なる魔女はほんの一握り。

 魔女たちの特権階級に不満を抱く者はあれど、どうすることもできやしない――そんな状況下で、魔術が発明された。


 魔術とは、魔術式をもって世界の〝薄皮〟の部分に干渉し、理を作り替えることによって一時的に大いなる力の流れを操る技術のことである。

 魔法と比べれば幾分か出力の面で見劣りはするが、それでも魔術には大きな利点があった。


 まず魔法のように大規模な儀式を必要としない。

 紙とペン、もしくは言葉、果てには思考――ただそれだけで奇跡を証明する。

 しかし最も大きかったのは魔術が体系化されていたことだ。


 魔術は学びさえすれば特別な血統なぞなくとも、男であれ女であれ、奇跡を証明することが可能である。

 究極的な話をすれば、誰かが組み上げた魔術式をそのまま書き写すだけでも、同じ結果が引き起こせるのだ。

 だからこそ魔術は爆発的に広まり、また同時加速的に成長。

 新たな魔術がまた新たな魔術を生み、魔術師たちの数はあっという間に魔女を上回った。

 人々はいよいよ知識の松明に火を灯し、文明の明かりで世界を満たすことが叶ったのだ。


 ――しかし、これをよく思わない者たちがいた。

 言うまでもなく、魔女である。


 魔術師たちは神聖なる魔の領域を土足で踏み荒らす無作法者。

 そういった共通認識の下、魔女たちはこぞって魔術を世界から抹消しようとした。

 魔法こそが唯一正当なる技法であり、魔術とは魔法のまがいもの、世界に選ばれるべきは魔法である、と。


 だが、一度灯された文明の火を吹き消すことなど不可能なのだ。

 魔女たちの思惑など関係なく、魔術はより一層発展した。

 より強く、より早く、そしてより普遍的に。


 だからこそ戦争が起こった。

 魔法への畏敬を望み、魔法への崇拝をよしとする、魔法至上主義の由緒正しき魔女たち。

 対するは魔術により人の世界を文明の灯火で包まんとする新進気鋭の魔術師たち。

 魔と人――ゆえに人魔大戦。


 戦争は数百年に及び、苛烈を極めた。

 魔女たちは強力な魔法を用いて戦場にて一騎当千の力を振るい、果てには伝説にさえ語られる幻獣どもを隷属させて、おおいに魔術師たちを苦しめた。

 だが、今だからこそ言える。

 当時の私には、この戦争の結果がはなから見えていたのだ。


 その場に留まろうとする者と前に進もうとする者。

 留まる者が勝つ道理などいったいどこにあろうか。


 魔女が一騎当千を誇るのであれば、千一人目の魔術師が魔女を討つ。

 神秘という天変地異にも等しき力を扱う幻獣どもは、魔術師たちの手によってその伝説に終止符エンドマークを打たれた。

 加えて、魔術は戦禍の中で更なる進化を見せたのだ。

 その進化の集大成とも言えるのが、三大賢者と呼ばれる三人の魔術師たちである。


 由緒正しき魔術の名門、クレイアット家より輩出されし稀代の天才魔術師。

 軍略に秀で、奇策、搦め手において右に出る者なし。

 世にも珍しき柘榴色の髪を持つ女魔術師。

 名を、マリウス・クレイアット。


 天涯孤独の身から一切の後ろ盾も持たず、ただ独力で魔術を極めた秀才魔術師。

 星読みを利用した結界魔術の扱いにおいて他の追随を許さず、編み出した魔術式は精緻な宝石とも例えられる。

 一方で一瞬を燃えさかる炎のごとし生き様を見せた、銀髪隻眼の女魔術師。

 名を、イゾルデ・フランケンシュタイン。


 そして最後に私。

 名を、アーテル・ヴィート・アルバリス。


 我々は戦場にて数え切れないほどの魔女たちを屠り、そして自らが編み出した魔術式の数々を広く魔術師たちへ伝えた。

 のちに語られるイゾルデ式、マリウス式、アーテル式である。

 これがきっかけとなって天秤は大きく人に振れた。


 かくして我々三人は死闘の末、ようやく魔族の王――すなわち魔女の王を討ち取ることが叶う。

 そしてもはや奥の手という奥の手を使い果たし、虫の息となった魔女王へ私はこう提案した。


 魔法はまだ伸びる。なればこそ、その技法を体系化し広く伝えるべきだ。


 しかし魔女王の返した答えは。


「――不敬者め、地獄へ落ちろ」


 その言葉を最後に、魔女王は我々の目の前で灰となった。

 あとで聞いた話なのだが、それとほぼ同時刻、グランテシア中から「交戦中、魔女が目の前で突然灰と化した」という報告が多数寄せられたらしい。

 それが人の身にありながら大いなる力に近づきすぎた代償なのか、それとも別の何かか。

 私たちには遠く理解の及ばぬところだ。


 しかしただ一つ確かなこと。

 それはその日を境に魔女たちが一人残らず姿を消したこと、すなわちこの戦争が〝人〟の勝利に終わった、ということである。

 だが、しかし。


「ネペロ・チルチッタは自らを魔女と名乗った、しかも真なる魔女と――」


 ネペロの魔法を目の当たりにしたその夜、私は大魔導ハイツ自室にて、マリウスとりゅーちゃんへ事の顛末を説明した。

 ちなみにソユリはというと今、私のベッドで深い眠りに落ちている。

 ルシル・モールより帰還した我々の様子を見るなり、ただならぬ事情を察したマリウスがすぐさま魔術式を組み、ソユリを眠らせたのだ。

 ヤツにしては賢明な判断である。


「真なる魔女とは、これまた大きく出たもんだ」


 マリウスは軽い口調で言って、腕組みをした。

 しかし口調とは裏腹に、彼女の表情は事態の深刻さを裏付けている。


「我は直接魔女に会ったことなど数えるほどしかないが、しかしそれはまた厄介なことだな」


 一方でりゅーちゃんは膝の上のワイバーンのヒナ、白竜の頭を撫ぜつつ神妙に呟く。


「これがアーテルの勘違いで、ネペロは単なる自称魔女の痛い子でした、なら笑って済ませられるんだけど」


「いや、あの気配は間違いなく我々が戦った魔女のものだった」


「だよねぇ、アーテルがそのあたりを読み違えるはずもない、となるとネペロは真なる魔女の血族ってことになるんだろうけど、それ以上に厄介なのは……」


「その目的が一切読めんことだ」


 りゅーちゃんの言葉に私とマリウスは深く頷いた。


「そうさ、彼女が真なる魔女であれなんであれ、どうしてアーテルの前に現れたのかが分からない、必要が無いんだもの」


「宣戦布告ののち、仇討ちか?」


「でも、さっきの話を聞く限りネペロはアーテルの正体にまだたどり着いてないんでしょ? 矛盾してるよ」


 そう、真なる魔女の血族が三大賢者の一人たる私の前に姿を現すことの意味、それはかつての大戦の因縁によるものと考えるのが妥当だ。

 しかし、どうも彼女は私がかつての三大賢者であると気付いた風ではなかった。

 すなわち彼女は、大学生としての私に対してわざわざ名乗りを上げたのだ。

 その意図が読めない。


「……彼女は自らの大魔法がもうすぐ成る、とも言っていた」


「十中八九ロクでもないことなんだろうなぁ、はてさて鬼が出るか蛇が出るか、明日にはウィッザニアが更地になってたりして」


「それに、ヤツはわざわざ早朝の大学に来いとまで言っていたのであろう?」


「理には叶ってるね、なんせあそこはかつてのサバトの聖地、魔女信仰の中心だ。魔法で何かをやらかすにはもってこいの場所さ、つまり」


「ラクスティア魔術大学がなんらかの大魔法の起点として使われる、ということか」


 なれば、わざわざ大学という場所を指定した意味も分かる。

 しかし大陸でも名を轟かせた魔術大学を魔法のための儀式場とするとは。

 これは魔術師たちへの明確なる宣戦布告である。

 ネペロは己の魔法に相当な自信があるのか、それとも何か大学を儀式の場とする別の目的が――?


「十中八九、罠だろうねえ」


 マリウスはこともなげに言った。


「さっきラクスティアに探知の魔術を飛ばしてみたけど魔法の臭いは感じ取れなかった。まだ魔法は発動していないみたいだけど、状況から考えてラクスティアが魔法の儀式場として使われる確率は極めて高い。つまりネペロは待っているんだ」


「……私を、か?」


「さあ? キミか、もしくは明日の早朝に何かがあるのか、もしくはその両方か――ともかくキミの存在が、ネペロの大魔法にとって都合のいい何かなんだろうさ」


「それは、私に大学へ行くなと言っているのか?」


「それ以外の意味に聞こえたかい?」


 マリウスはその翡翠色の瞳で、こちらを射貫くように見据える。

 その視線には言外の圧力が多分に含まれている。


 むざむざ罠にかかりにいくヤツはいない。

 なんせネペロの魔法は全くの未知数である。

 その目は、そう訴えかけてきているように見えた。

 だが


「――悪いが、明日は1コマ目から講義が入っている」


 私は毅然としてこう答えるのだ。

 マリウスが頭を抱えて溜息を吐き、りゅーちゃんは「大学馬鹿め」と呟いた。


 勿論、ネペロの大魔法とやらによって学生諸君や教授陣に危害が及ぶのが看過できない、というのもあるが、なにより――大学生とは大学に通うものである。


「あー、もう勝手にしなよ、ボクは助けないからね」


 あと、くれぐれもソユリには手を出さないように。

 その言葉を残して、マリウスは蜃気楼のごとく姿を消した。

 転移の魔術をもって自室へ帰ったのだ。


 すぐ隣なのだから普通に玄関から帰れ、と私はひとりごちる。


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