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54 大賢者、戦慄する


 例の尖り頭を筆頭とした前途ある学生たち(ここではあえてそう記す)を追い払ったのち、私は――ルシル・モールの関係者にこっぴどく叱られることとなった。

 私の未熟さ故、彼らを説得するために危険極まりない攻撃魔術を使い、皆の平穏なる休日を脅かしてしまった。これは当然の報いである。

 本来ならば厳罰もやむなし。

 しかるべき機関に通報されたとて文句は言えない。

 その覚悟はあったのだが……


「彼に非はありません、あるとすれば私自身にです」


 驚いたことに、私の立場が悪くなるやいなやイルノフ教授が先だってモールの関係者にそう進言したのだ。

 これには私はもちろん、ソユリでさえも目を剥いて驚いた。


「彼の行為はあくまで正当防衛、原因を作ったのは私と、ラクスティアの学生です。つまり今回の騒動は誠に恥ずかしながら私の教育不行届きからくるものと言えましょう」


 これを受けて、それまで厳めしい顔をしていたモールの関係者(マネージャーと呼ばれていた)は途端にばつの悪そうな表情になる。

 どうやら彼はイルノフ教授を知っているようだった。

 ラクスティア魔術大学の教授ともなれば、その名を知らぬ者はウィッザニアにいない――それを知らされたのは、この一連の騒動が終わったのちのことである。


 そして教授は一連の事情を事細かに説明した。

 さすが私の尊敬する人物なだけあり、彼の理路整然とした語り口は、得も言われぬ迫力さえ感じさせるほどであった。

 これにはさすがのマネージャーなにがしも、返す言葉を失ってしまったほどだ。

 そして極めつけは


「彼は優秀な学生です。間違っても私情で人を傷つける魔術など、使うはずがありません」


 これが決定打となった。

 面と向かってこう言われてしまえば、もはやマネージャーなにがしは私を責め立てる術を失ってしまい、結局、厳重注意のみで私たちは解放されるはこびとなった。

 かくしてルシル・モール騒動は決着したわけである。


 ――さて、場所は変わってモール前広場の大噴水。

 日が沈むまではまだ時間があるが、肌寒い風が一足早く夕刻の訪れを知らせてくる。


「二人とも、ティモラの件、改めて感謝します」


 そこで、イルノフ教授は私とソユリへ深々と頭を下げてくる。

 偉大なる教授に頭を下げさせるなど、なんと恐れ多い。

 私とソユリは、すっかり恐縮してしまう。


「い、いえ! 私たちはあくまで当然のことをしたまでで! ティモラちゃんが無事ならそれで……!」


「そうだ! 頭を上げてくれ!」


「――そうですか、では遠慮無く」


 が、意外にもイルノフ教授はすんなりと頭を上げ、けろりとしている。

 私は安堵の溜息を漏らすが、一方でソユリは鳩が豆鉄砲でも食らったような表情だ。


「じゃあティモラ、お兄ちゃんとお姉ちゃんにバイバイしなさい、今日の夕飯の買い物がまだだからね」


「はーい!」


 ティモラはそのまま跳ね上がりそうなほど勢いよく手を上げて返事をすると、とてとてとこちらへ駆け寄ってくる。


「ソユリおねえちゃん! ありがとうね! とっても楽しかったよ!」


「あ……うん! 私も楽しかったよ! また遊ぼうね!」


「うん! アーテルおにいちゃんも! すっごくかっこよかったよ! いつかわたしにも〝まじゅつ〟をおしえてね!」


 ああ、もちろんだとも。

 そう答えようとしたところ


「はい、お別れの挨拶は済んだね? じゃあ行こうかティモラ」


 私が答えるよりも早く、イルノフ教授はティモラを抱きかかえ、こちらに背を向けてしまう。

 ティモラはいかにも不満そうに「えー」と声をあげていたがお構いなしだ。

 イルノフ教授はこちらをちらりともせず、真っ直ぐとモールへ向かって歩き出す。

 ソユリがまたも鳩豆顔を披露した。

 彼女らの貴重な休日をこれ以上邪魔するつもりはないのでこのまま行かせてもいいのだが、そういえばひとつ言い残したことがある。


「イルノフ教授!」


「はい、なんでしょうアーテル君」


 イルノフ教授は歩みを止めぬまま、背中越しに聞き返す。

 では、私もまた遠慮無く


「イルノフ教授は先ほど私を〝優秀な学生〟と評していたが、私にはもったいなさ過ぎる評価だ! できることならば撤回を……」


「――ああ、あれですか? あんなの方便に決まってるじゃないですか」


 イルノフ教授はこともなげに答えた。

 ソユリの鳩豆顔が、より一層間の抜けたものになる。


「義理を立てただけですよ、大人ですからね私は。……そもそも」


 そこで初めてイルノフ教授が歩みを止め、くるりとこちらを振り返る。

 そして彼はこの上なく爽やかな笑顔で言った。


「――キミほど手のかかる学生は初めてですよ、総合魔術科一年、アーテル・ヴィート・アルバリス君。分かっているとは思いますが、私のかわいいティモラに妙なことを教えたらタダでは済ませませんからね?」


 これに対して私は、彼に応えるべく満面の笑みでこう返す。


「ああ! それが聞けて安心した! 教授の偉大さに比べれば私など未熟も未熟! それに安心してほしい! ティモラは私の教えなどなくとも歴史に名を残す魔術師となる!」


 可愛げの無いヤツめ。


 イルノフ教授が最後に忌々しげに表情を歪めて何か呟いたような気がしたが、あまりにも距離が遠く聞き取れなかった。

 果たして最後にどのような言葉を残したのだろうか?

 一瞬これを推測しようと頭を働かせたが、やめた。

 そもそも私ごときの未熟者に、教授の深遠なる思想を推し量ることなど不可能なのだ!


「……アーテル君とイルノフ教授って相性悪いよね」


 一連のやりとりを眺めていたソユリがぼそりと呟いた。

 ああ、承知の上だとも、そもそも私とイルノフ教授を比べること自体間違っているのだ。

 いつの日か私もイルノフ教授と釣り合うほど偉大な魔術師になってみたいものだ!


 まぁ、なにはともあれ


「――ようやく全て終わったな、ソユリ、今日は巻き込んでしまってすまない」


「う、ううん! そんな! 謝らなくていいよ!」


 ソユリはぶんぶんと手を振って否定する。


「巻き込まれるのはいつもの事だけど、私、今日は本当に楽しかったんだから!」


 いつものこと、という部分には若干の引っかかりを覚えるが――そうか、楽しかったのか。

 私もつい年甲斐もなく楽しんでしまった。全てが新鮮な経験であった。

 なるほど、大学生というのはこのようにして休日を過ごすのだな!

 これで私も少しは模範的大学生に近づけただろうか!?


「……もし迷惑でなければまた来よう」


「……! 全然迷惑なんかじゃないよ! また来ようね! その、二人で!」


「ああ、ああ、勿論だとも!」


 私はそう答えつつ、危うく涙をこぼしかけた。

 全く、大学生というものは素晴らしい。

 これほど素晴らしい経験と、それを共有できる学友がいる。


 今日の感動を綴った日記は、さぞ分厚くなることであろう。

 そんな確信が胸に宿り、私はつい顔がほころんでしまう。


「――いやぁ、相変わらず絵になりますねぇ、反吐が出るほど」


「っ!?」


 ――が、緩んだ頬は不意に聞こえてきたその声が孕む異質の気配を感じ取ったことによって、緊張にこわばることとなった。


 なんだ、この禍々しい気配は。

 私は咄嗟にソユリの身をかばい、声の主を探す。


「え? な、なにアーテル君!?」


 ソユリは何が起きたか分からず困惑しているが、私にはその理由を説明する暇すらなかった。

 全神経を研ぎ澄まし、あたりの様子を探る。


 笑顔の家族――違う。

 お互いを労る老年の夫婦――違う。

 活発に走り回る少年少女――違う。


「ここですよぉ、ここ」


 戸惑うこちらをからかうような、間延びした甘ったるい声。

 私はすぐさま声の下へ振り返り、同時に頭の中で攻撃魔術式を構築する。

 彼女は――いったいいつの間にそこまでの接近を許してしまったのか、噴水の縁に腰をかけて、私たちのすぐ後ろで頬杖をつきながらこちらを眺めている。

 この声の主を認めた時、私は言葉を失ってしまった。


「あなたは……」


 不甲斐ない私の代わりに、ソユリが言葉を紡ぐ。


「Edenの、店員さん……?」


「――はぁい、お久しぶりですぅ」


 彼女はゆるやかなウェーブのかかった金髪を揺らしながら、ひらひらと手を振った。

 これを見て、私はようやく正気を取り戻す。


「――ソユリ!! ソイツから離れろ!」


「え? アーテル君なんでそんな怖い顔……落ち着いてよ、あの時優しくしてくれた店員さんだよ?」


「ソイツはあの女店員ではない!!」


 私は困惑するソユリを半ば無理矢理に引っ張り、あの女店員の皮を被った何者かとの距離をとる。

 ヤツは特に何か仕掛けてくるわけでもなく、ただ柔らかな微笑をたたえてこちらを眺めるだけだ。

 それが、かえって不気味である。


「……まぁ、正確には違いますけどねぇ」


 女店員が三日月状に口元を吊り上げ、懐から何かを取り出した。

 それは片手に収まりきらないほど大量の髪留めだ。

 彼女はいったいどういうつもりか、取り出した髪留めを一つずつ、ぱちんぱちんと頭上に取り付けてゆく。


「そもそもEdenにこれほど若い女性店員は存在しません、20代後半から40代の女性店員が主ですからねぇ」


 ぱちん。

 ウェーブのかかった金髪にまた一つ、髪留めが取り付けられる。


「しかしぃ、お得意様はおろかモールの関係者、果てはEdenの店員でさえ、私がEdenの従業員であることを疑っておりません」


 ぱちん。

 また一つ、煌びやかな髪留めがストレートの金髪(・・・・・・・・)に取り付けられた。

 女性が、ゆっくりと立ち上がる。


「言ってしまえばそもそもが偽なのです。そもそもがこの世に存在しない人物なのです。しかしそんな私を真たらしめていたのは、世界を形作る情報」


 ぱちん。

 もはやいくつめになるのかも分からぬ髪留めが取り付けられる。

 ショートボブの黒髪(・・・・・・・・・)に。


「情報を制することは世界を制すること、すなわち私にかかれば真もまた偽、偽もまた真、ということですね」


「嘘……!?」


 ソユリがようやく異常に気付き、驚愕の声をあげる。

 その一方で、立ち上がった彼女は最後の髪留めをぱちんと取り付けた。

 彼女の頭上には今やおびただしい数の髪留めが所狭しと同居している。


「お前は……!」


 何故、何故気付かなかった。

 彼女はEdenの女店員ではない。

 ましてや、私の知らない人間でもない。


 そしてようやく思い出した。

 この全身を締め付けるかのような異質の気配、その正体。

 私はこの感覚を知っている、そして彼女のこともまた、知っている。


 しかし、何故、何故だ。

 何故、彼女から――


「どうも、新聞同好会部長、もとい新聞サークル部長、呪術科二年のネペロ・チルチッタです」


 ――何故、彼女から魔族の気配がする!?


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