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52 大賢者、若者たちを諭す


 遠くから人々のざわめきが聞こえる。

 どうやら一連の騒ぎが思いのほか人々の注目を集めてしまったようだ。

 しょっぴんぐもーるで各々の時間を過ごしていた老若男女が、今では一様にこちらの様子をうかがっている。

 これだけの騒ぎになればモール側の人間が止めに入るのも時間の問題だろう。

 できることならば、迅速かつ穏便に済ませたいところだが……


「……聞きたいのだが、君たちはどうしてこの父子に――」


「しゃらくせえっ!」


 私の問いを遮って、若者グループの一人、髑髏指輪の男が手元のノートへエンドマークを打った。

 証明された魔術式が理に干渉し、大気が歪んで、火炎を生み出す。

 どこからか甲高い悲鳴があがった。


 そして中空を漂う火炎はさながら蛇のようにのたくって、私の首筋めがけて一直線に飛びかかってきたではないか。

 ティモラとイルノフ教授が「あっ――」と声をあげる。

 だが、心配は無用。

 私は対象となる火炎の魔術に脳内で構築した新たなワードをねじ込み、干渉する。

 これにより炎から形作られた蛇は私の眼前でぐるぐるととぐろを巻き、己の〝尻尾〟に噛みつくと、そのままねじくれていって――燃え尽きた。


「――どうしてこの父子に、噛みつくのか?」


「……っ!?」


 この光景を見て髑髏指輪を含めた一団があからさまにたじろいだ。

 何を驚くことがあろうか。

 構築された魔術式の隙間に別のワードを組み込んで魔術という結果を書き換える。

 言ってしまえば児戯のようなものだ。


 実際、私の幼かった頃は友人とよく現出した魔術に即席でワードを付与して魔術式を書き換え、これを交互に撃ち返す遊びに興じていたものだ。

 続ければ続けるほど蓄積された膨大な量の魔術式により対象の魔術が手に負えないほど強力なものになっていって、二三度死にかけたことがあるし、殺しかけたこともある。

 むろん遙か昔のことなので相手の顔は全くと言っていいほど覚えていないわけだが、彼女は今も元気にやっているだろうか?


 ……閑話休題。

 若返ってもう半年近くというのに、未だ昔を懐かしむ年寄り臭い癖は抜けきらない。


「……なんで噛みつくか、って?」


 一足先に平静を取り戻した尖り頭が、こちらを嘲笑うように口元を歪めた。


「決まってんじゃねーか! そこのオッサンがムカつくからだよ!」


 尖り頭が怒号を散らし、イルノフ教授を指した。

 ティモラは健気にもその小さな肢体で、涙ながらにイルノフ教授をかばっている。


「ムカつく……とはまた妙なことを。先ほど先生と呼んでいたところを見るに、彼がラクスティアの講師であることは知っているのだろう? 敬意を払いこそすれ、不快感を示すなど」


「媚びてんじゃねーぞ点数稼ぎか!? あぁ!? 単位欲しさに優等生ぶんな!」


 単位欲しさに、とはこれまた奇天烈なことを。

 そんなもの真面目に講義を受講していれば、当然のごとくもらえるものだろう?

 尖り頭は口角から泡を飛ばしつつ、更に捲し立てる。


「先公なんてものははなから気にいらねえんだよ! 大学の教授ともなればなおさらだ! 偉そうにつまんねえことべちゃくちゃ語って、それで金もらってんだろ!? 良いご身分だな! あぁ!?」


「っ……!」


 イルノフ教授が苦々しく表情を歪める。

 偉大なる父君を公然の場で非難されたせいであろう。

 ティモラもまたその大きな瞳に涙を溜めて、しかしそれでも泣くまいと歯を食いしばっている。


「ひどい……! 子どもが見てる前でどうしてそんな事が言えるの!?」


 とうとうソユリも我慢の限界らしく、声高に抗議する。

 しかしそんな抗議の言葉すら、尖り頭は鼻で笑って一蹴した。


「関係あるか! お前だってこのオッサンの講義受けてるなら分かんだろうが! あんなクソみたいに退屈な時間が他にあるかよ! コイツは俺たちの貴重な時間を奪って、上から目線で語ってるだけだろ!?」


「……!」


 ソユリが閉口する。

 もちろん青年に言い負かされたわけではない。怒りのあまりに言葉を失っているのだ。

 ティモラもまた涙を堪えながら青年たちをにらみつけ、そして渦中のイルノフ教授はティモラの身を案じ、これ以上彼らを刺激しないよう口をつぐんでいる。

 そんな中、私は尖り頭へ問いかけた。


「つかぬことを窺うが……」


「あぁ!?」


「それは、イルノフ教授に対しての、侮辱か?」


 一転して、彼らは毒気を抜かれたようにきょとんと間抜けな顔を晒した。

 それは私の後ろに控える三人も同様だ。

 妙に弛緩してしまった空気の中、一人、これを振り払わんとすべく尖り頭は怒気を撒き散らすように答えた。


「あ、ああ! 侮辱だよ侮辱! こんなオッサンに尊敬なんかするわけねえだろ!」


「……君たちも同意見なのか?」


 尖り頭を取り囲む青年たちを見回す。

 しかし彼らは尖り頭の発言を訂正するでもなく、むしろしてやったりという表情でニヤニヤと口元を歪めていた。

 これを見て、絶望のあまり私の口から言葉が漏れる。


「――なんと、嘆かわしい」


「ああ!?」


 尖り頭が低い声でこちらを威嚇してくる。

 しかし対する私は、そんなものを気にかけることすらできなくなるほどの深い絶望に沈んでいた。


 嘆かわしい、ああ、なんと嘆かわしいことか。

 一体どこで道を違えたのか。

 彼らは仮にも名門ラクスティア魔術大学へ入学できるほど優秀な魔術師でありながら、魔術師として最も重要なことを忘れきってしまっている。


 自己を向上させるための知性。

 自らにないものを、他者から学び取ろうという貪欲さ。

 魔術師として生きる限り未来永劫我らを苦しめ続ける呪縛であり、同時にかけがえのない動力源。

 ソユリや、まだ幼いティモラですら持っているソレを――〝まやかし〟を捨て去ってしまっている!


「――ゴタゴタとくだらねえことばっか抜かしやがって! いい加減死ねや魔術オタク!」


 髑髏指輪が、再度書き込み法の魔術式を証明する。

 二対の炎の蛇が彼の手元に現出し、再びこちらへ飛びかからんと身構えた。


 私はなお絶望の底に沈んだままで、周りを気にかける余裕などまるでない。

 しかし長い年月で身についた慣習は、半ば無意識的に、私の脳内にいくつかのフレーズを生み出した。

 構築されたフレーズは対象の魔術式に割り込み、新たな性質を付与する。


「へ?」


 髑髏指輪の生み出した二対の蛇が彼のコントロールを離れ、不自然な挙動を示す。

 そしてまもなく暴走した蛇はお互いを食い合い、混じり合って――爆発した。


「えぶっ!?」


 爆発の衝撃が髑髏指輪の彼を紙くずのように吹き飛ばす。

 そして宙を舞った彼は、モールを支える巨大な柱の一つにしたたかに背中を打ち付けた。

 彼の懐より飛び出した市販の魔護符が、音を立てて四散する。


「なっ……!?」


 ここでようやく彼らはこの事態に気がついたらしく、一斉に振り返って髑髏指輪の青年を見た。

 魔護符がダメージを肩代わりしたおかげで目立った外傷はないが、すっかり気を失っている。

 ……しかし、やはり魔護符は自作のものに限るな。

 あれしきの魔術をたった一発食らっただけで伸びてしまうとは。


「て、てめぇ……!」


「言うな、みなまで言うな」


 尖り頭が何かを言いかけたが、私はこれを制す。

 ――きっと、彼らにも何か事情があるのだ。私のような脳天気では及びもつかぬような、何か深刻な事情が。

 しかし彼らもまた同じ大学で、席を同じくする学徒たち。

 その胸の内には必ずや残されているはずだ。

 大学生としての誇りが、矜持が。


 ああ、どうか許して欲しい。

 昔ながらの方法でしか、彼らの学生としての心に訴えかけることのできない、未熟な私を――


「魔術は身体で覚えろ――などと老害じみたことは極力言いたくなかったのだが、致し方ない」


「ッ……! イキってんじゃねえぞ!」


 尖り頭が懐から小瓶を取り出し、開栓して、その中身をぶちまけた。

 これにより私と彼らの間に、黒いカーテンが引かれた。

 これは――結界魔術の触媒に使う黒鉄砂か。


「魔術も見えなきゃどうにもできねえだろ! この魔術オタクが!」


 黒い砂塵の向こうから尖り頭の声が響く。

 直後、魔術の証明を示す発光現象が砂のカーテン越しにいくつか確認できた。

 なるほど確かに魔術の目視を物理的に阻害してしまえば、対応する否定魔術式の構築はできない。

 賢明な判断だ、この状況における最善手である。

 だが――同時に悪手でもある。


「確かに、しかしそれでは、君たちも私の魔術を目視できないだろう?」


 私は口唱法にて、ある魔術を詠唱する。

 これは詠唱式口唱法火炎の魔術――その応用だ。

 手元に出現したごく小さな火種が爆発的火勢をもって膨れ上がり、周囲を赤々と照らした。

 これにはさすがに遠巻きでこちらを眺めていた人々も思わず悲鳴をあげたほどだ。


 だが安心して欲しい。

 口唱法によって唱えられた別のフレーズが火炎に働きかけ、一瞬ののちに炎を収縮させてしまう。

 これには叫びをあげた皆も狐につままれたような気分である。


 しかし炎は消えてしまったわけではない。

 物理法則を完全に無視して、飴玉ほどの大きさの完全な球形に圧縮されてしまったのだ。


 これと同時に黒鉄砂によるカーテンが消失し、待ってましたと言わんばかりの多彩な魔術が飛んでくる。


「――死ね! 腐れ優等生が!」


 魔術の向こう側から尖り頭の声が聞こえてくる。

 怒濤のごとく押し寄せる攻撃魔術を見つめながら、心の中でその問いに答えた。


 私は優等生でもなければ、腐ってもいない。

 ただ愚直に魔術の道を極めんとする、未熟者である!


「証明、完了だ」


 最後の術式へエンドマークを打ち、それと同時に〝球〟がゆっくりと前進を開始した。

 大質量の火炎を圧縮した、ルビー色の球体。

 それは見た目から測ることは出来ないほどの凄まじい熱量をもって、青年たちの魔術をことごとく打ち砕いたのだ。


「なっ!?」


 飛来してきた拳大の氷塊は、球に接触するなり一瞬のうちに蒸発して空気中に霧散し。

 建物を構築する特定の物質から形づくられた巨大な石塊もまた空気中で赤熱、融解して、消えてしまう。

 大気の流れを操ることで生じた風の刃もまた、球の放つ膨大な熱量で歪められ、散り散りに。

 電撃や火炎に関しても同様だ。

 大気すら曲げる圧倒的な熱量が、有無を言わさずそれらをねじ伏せた。


 あれだけの数の魔術が、たった一つの飴玉ほどのソレによってかき消されてゆく。

 しかしそこまでしてもなお、球は前進を止めないのだ。

 少しずつ、少しずつ着実に、周囲の大気をねじ曲げながら青年たちの下へと向かってゆく。

 それはまるでゆっくりと忍び寄る死神もかくやという具合で、青年たちは恐れおののいた。


「や、やべぇっ!? 死ぬ、死ぬ!!」


「どけっ!! はや、早く! 逃げろ!!」


 そうなってからの彼らの行動は早かった。

 蜘蛛の子を散らすように、という表現があるが、まさにその通りである。

 彼らはもはや矢も楯もたまらず、こちらへ背を向けると、我先にと仲間を押しのけながら脱兎のごとく駆け出した。


 それからまもなくして彼らの背中が人混みに紛れて見えなくなると、私は用意しておいた否定魔術式を証明し、空気中にふよふよと漂う〝球〟を消す。

 そうすれば、あとは全て元通りだ。

 残るは呆然となった観衆たちの作り出した、嘘のような静寂のみである。


 そんな中、私はぱんぱんと手を払い、溜息交じりに呟く。


「これで、彼らも少しは教授に対する敬意を思い出しただろうか……まったく、イルノフ教授ならばもっと強力な魔術が組めるというのに」


 静寂の中、イルノフ教授が両目を見開いて私の方を見た。


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