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51 大賢者、若者たちへ講義する


 彼女のアクションは極めて早かった。

 きっと、彼女にとって彼がイルノフ教授であるかどうかなど、関係なかったのだろう。

 ゆえにソユリ・クレイアットはいの一番、弾丸のごとく駆け出して単身教授と若者たちの間へ飛び込んだのだ。


「――なにやってるの!」


 それはいつも私やマリウスを叱る時のものとは明確に違う、明らかな怒気を孕んだ声であった。

 あまりの迫力に若者たちは一瞬硬直する。

 だが、あくまで一瞬だ。

 リーダー格の尖り頭の青年はソユリの姿を認めるとすぐに平静を取り戻し、わざとらしく口元を歪めた。


「ちょ、なになになにwww俺たちなんもしてねーよwwなに? オヤジ狩りでもしてるみたいに見えた?ww」


 青年は一歩前に歩み出て、あからさまにソユリを威圧した。

 しかしあの状態になったソユリがそれしきで臆するはずもなく、更に声を荒げる。


「そんなのよりもっと悪いよ! 今なにしたの!? 子どものバッグをあんな風に放り投げて……!」


「違うってwwあれはそこのおっさんがいきなり突っ込んできたから慌てて避けた時にすっぽ抜けちゃっただけ!wwそんなに怒んないでよ、ねぇw」


 青年がソユリの肩に手を伸ばす。

 しかしソユリはこれを払いのけて、青年をきっとにらみつけた。


「いいから、先生とティモラちゃんに謝って!」


 そう言って、ソユリはようやく立ち上がったイルノフ教授を指す。


「君は……」


 イルノフ教授は、この時ようやく目の前の彼女が自らが受け持つ講義の受講生であることに気付いたらしく、目を丸くした。

 しかし青年はそんなことはお構いなしに、ちっ、と舌を打つ。


「うっさwww委員長かよwwもうたるいわw」


 青年はおもむろにポケットからノートの切れ端を取り出した。

 そして同時に取り出したペンをもって、エンドマークを打とうとする。

 あれは――まさか、攻撃魔術か!


「……っ!」


「――下がれ!」


 叫んだのは、イルノフ教授であった。

 教授の口元が小刻みに動く。

 口唱法の攻撃魔術をもって、ソユリの身を守ろうというのだ。

 しかし、これに対する青年はわざとらしく慌てたようなそぶりを見せて


「え?wwもしかして先生、教え子に攻撃魔術使うんすか?wwまずいっすよwwそれ、教学に知られたら一発で解雇処分っすから!ww」


「くっ……!?」


 イルノフ教授が悔しそうに顔を歪めて、詠唱を中断する。

 ラクスティア魔術大学の教授たる者、学外でのみだりな攻撃魔術の使用を禁ず――

 尖り頭は、はなからイルノフ教授が反撃することなどできないと知っていたのだ。


「――でも先生がその気ならこれ正当防衛っすねwww」


 それを知った上で、青年はノートの切れ端に記された魔術式へエンドマークを打った。

 魔術式の証明を知らせる淡い光が青年の手元に沸き起こる。

 その標的はもはやソユリではなく、イルノフ教授――


「お父さん!!」


 ティモラが父君を窮地から救うべくその場を駆け出す。

 しかしエンドマークはすでに打たれたのだ。

 当然ティモラがこれに間に合うはずもなく、発動した魔術は抵抗することも許されないイルノフ教授に向けて放たれる。

 それは、書き込み式火炎の魔術。

 青年の手元に発現したほんの小さな火種は徐々に火勢を強めてイルノフ教授の下へ――


 ――勿論、届くはずもない。

 発生した火種は、小さな火種のままぐるりと捻転し、虚空に消えた。


「……あれ?」


「ティモラ!?」


 青年が間抜けな声をあげるのと、ティモラがイルノフ教授の足下へすがりついたのは、ほとんど同時のことだった。

 魔術は不発に終わり、この状況を受け入れられず小首を傾げる尖り頭の彼のどこかユーモラスな様も手伝って、場に張り詰めた空気が一気に弛緩する。


「え? あれ? おかしくね?」


 青年は未だ納得がいっていないようだ。

 もはや正当防衛などとつまらない言い訳が通用するタイミングなどとっくに逃したにも関わらず、ポケットから次なる攻撃魔術の刻まれた紙切れを取り出す。

 そして今度は先ほどよりも念入りにエンドマークを打った。

 再びノートの切れ端が淡い光に包まれ、魔術式の証明を伝えてくる。


「ティモラ! 危ない下がれ!」


「やだ! だってお父さん! お父さんが……!」


 泣きじゃくりながら自らの足へとすがりつくティモラを、イルノフ教授は必死に引き剥がそうとしている。

 そうしている内にも、攻撃魔術の証明により青年の頭上で空気中の水分が凝固し、一本の氷柱を表出――する前に、霧散した。

 再び空気中に散った水分がぱたぱたと降り注ぎ、青年の尖り頭を濡らす。


「………………なんで?」


「――ふむ、せっかく強力な書き込み法魔術を使っているのだ、差し出がましいかもしれないが、もう少し複雑な魔術式を組むことをお勧めするぞ」


「うぉあっ!?!?」


 疑問に思っていたようだったから私自ら答えてやったのだが、どうやら驚かせてしまったらしい。

 尖り頭の青年はすぐ背後に立つ私を見て、まるで期せずして高位の幻獣かなにかにでも出くわしてしまったかのように野太い悲鳴をあげた。

 少しオーバーリアクションすぎやしないか?

 いやまぁ、挨拶もなしに背後に立ってしまった私のあまりの無礼さに驚いてしまっているのかもしれないが……


「き、君は、アーテル・ヴィート・アルバリス!?」


 イルノフ教授が私の姿を認めて声をあげる。

 偉大なる教授に名前を覚えてもらえていたなど、まっこと光栄の至りだ。


「な、なな、なんだお前!?」


 青年がどもり気味に問いかけてくる。

 いつもならば所属学科を交えた軽い自己紹介で友好関係の構築をはかるところではあるが、そこは重ね重ねのご無礼どうかご容赦願いたい。

 私の興味はすでに別の物へ移ってしまっていたのだ。


「失礼」


 私は彼の問いかけには答えずに若者たちの一団を押しのけると、床に散乱したティモラの私物を一つ残らず拾い上げ、丁重にポーチの中へ戻していく。

 そして最後にひときわ異彩を放つ一冊の本――イルノフ・ガントット著「現代魔術と西洋魔女の相関性」を拾い上げた。

 これはタイトルこそ同じものの、私が幾度となく目を通したソレとは全くの別物だ。


「――実に素晴らしい、私がこんなことを言うのは筋違いかもしれないが、イルノフ教授!」


「へ?」


 いきなり名前を呼びかけられたせいか、イルノフ教授が呆けたような声をあげる。

 対して私は興奮気味に捲し立てた。


「見てくれ! この書物のくたびれ方たるや一度や二度読み返しただけではこうはなるまい! 私の見込み通りだ! ティモラは将来必ずや歴史に名を残す魔術師となるぞ!」


「え……それは、私としても鼻が高いというかなんというか……というよりティモラ? あれは私の書いた本じゃ……」


「う、うん……どうしてもお父さんのかいたほんがよみたくて、いつももちあるいてたの……むずかしくて、まだほとんどわからないけど……」


「素晴らしすぎる!」


 私は感動のあまり、膝から崩れ落ちそうになってしまう。


「その魔術に対する貪欲な姿勢! それこそが一流の魔術師になるべく必要な絶対条件だ! ああ、さすがは偉大なるイルノフ教授の御息女!」


「……ま、まぁ? ティモラは優秀なので……」


 教授がそのように緩みきった表情になるのも、今の私には分かる!

 彼の素晴らしき魔術精神は正当に受け継がれていたのだ!

 それがどれほどうれしいことか……!


「――おい」


 感動しすぎて我を忘れていると、尖り頭の彼に突然胸ぐらを掴まれた。

 そしてそのまま向こうの吐息が感じられるほどの距離まで無理矢理に引き寄せられる。

 その表情からは、先ほどまでの薄ら笑いがすっかり剥がれ落ちてしまっている。


「なにお前、突然割り込んできて無視かよ」


「ああ、気を悪くさせてしまったのならすまない、私は総合魔術科一年……」


「聞いてねーよコラ!」


 さっき聞いていたぞ?

 まぁ自己紹介が不要というのなら、それはそれでいいが。


「あ? おニーサン俺らのことナメてんの? 見ての通り取り込み中なんだけど」


「そうだったか、それは悪いことをした、どうか私のことなど気にせず続けてくれ」


「ナメてんだろ!?」


「舐める? 食後の飴の話か? あいにく今は持ち合わせが無くてな……そうだ、このしょっぴんぐもーるとやらはなんでも揃っているらしいぞ、買ってきたらどうだろう」


 極めて紳士的に相手の意図を汲み取って答えたつもりだったのだが、彼のこめかみにびきりと青筋の浮かぶのが見えた。

 ティモラと打ち解けることが叶い、少し自惚れが過ぎたようだ。

 私ももう少し人の気持ちを考えられるようにならなくてはな……


「クソが!」


 尖り頭が私のことを突き飛ばして距離をとった。

 そして彼が目配せをすると、彼を取り囲む一団が慌ててポケットからノートの切れ端を取り出す。

 その全てにあらかじめ攻撃用の魔術式が記してあるようで、あとはエンドマークを打つだけで魔術が発動する、というかたちだ。


「アーテル君っ!?」


「おにーさんっ!!」


 イルノフ教授とティモラが、私の身を案じて声をあげる。

 一方でソユリは――あえて私の名を叫ぶようなことはしなかった。

 さすが、彼女は私のことがよく分かっている。


「死ねやイカレ野郎!」


 尖り頭が合図をして、彼らは一斉に手持ちの魔術式へとエンドマークを打つ。

 これにより各々のノートより淡い光が放たれ、多種多様な攻撃魔術の〝種〟が現出する。

 ある者は青白い電流を束ね、ある者は大気の流れに干渉し、またある者は壁や床などから特定の成分を抽出――


 しかし、悲しいかな。

 これらの魔術はただの一つとして形を成すことはなかった。

 具体的に言えば、ほとんどがその〝種〟の段階でコントロールを失い、攻撃魔術のていを成す前に霧散してしまうのだ。


「な、なんだよこれ!? 魔術が……!」


「作った先から消えてんぞ!?」


「チクショウ! ふざけやがって……!」


 諦めの悪い何人かが続けて別の魔術式にエンドマークを打つが、同じことである。

 ことごとく形になる前から崩壊し、せっかく組んだ魔術式が次から次へと無為に消費されていくだけだ。


「――魔術師同士の戦いにおいて、倒すべき相手の目の前で悠長に書き取り法の魔術式を証明するのは、あまり得策ではないな」


 私は混乱を極める彼らへ静かに諭す。


「まずはそこの青髪と、耳飾り」


「……あ?」


「エンドマークを打つ前から魔術式が見えているぞ、それでは容易く否定魔術式を組まれてしまう、魔術式は最後まで隠し通すべきだ。それとそこの黒服と髑髏指輪」


「はぁ……!?」


「魔力の一本化が雑だな、そのせいで魔術が不安定になっている、主要なフレーズを一つ否定されただけでたちまちコントロールを失ってしまうぞ、そして最後に尖り頭」


「と、尖り頭!?」


「君は……魔術に派手さを求めすぎだな、そんなにも分かりやすい魔術式ではいかにも初動を潰してくれと言っているようなものだ、相手を確実に倒したいならば、もっと堅実な魔術式を組むといい」


 総合評価としては、伸びしろは感じるもののなべて対魔術師戦の想定が甘い、といったところか。

 書き込み法の魔術式は強力な反面、相手に読まれやすい。

 幻獣相手ならまだしも、相手が否定魔術式という対抗手段を持っている以上、もう少し考えて魔術式を組まなくてはならない。

 望ましいのは結界魔術を初めとした否定魔術式の介入を許さないほどの複雑かつ強力な魔術式を構築し、力押しで突破するか。

 でなければ、あの小賢しいマリウスのようにトラップの形式で相手の意表をついて証明するかの二択だ。

 残念ながら、彼らはそのどちらも満たしていなかった。


「まさか、まさか君は……!」


 ここで背後のイルノフ教授が、何かに気付いたように声をあげた。


「――否定しているのか!? あの一瞬の内に、書き込み法魔術式の一つ一つに、対応する否定魔術式を構築して!?」


「正確には魔術の発動を目視してその魔術式を解析し、主要となるフレーズを部分否定することで魔術の発動自体を阻害している」


 イルノフ教授があんぐりと口を開けたまま、言葉を失った。

 ……あまりにもお粗末すぎただろうか?

 確かに、万全を期すならば完全否定をやってのけるべきだ。私もまだまだ未熟だな……


「それはさておき、ティモラよ」


 私はおもむろに彼女の名を呼んだ。

 攻撃魔術を向けられるというのは、幼い彼女にとってよほど恐ろしい経験だったのだろう。

 その小さな顔をくしゃくしゃにしたまま、こちらを見返した。


「涙を拭け、これから起こることを見逃してはもったいないからな」


 私は身体を翻し、例の若者グループに向き直る。

 彼らの表情には困惑が色濃く刻まれているが、それ以上に私への敵意に歪んでいる。


「――見ていろティモラ、誇り高きイルノフ教授の教えは、確かにラクスティアの学生たちへと受け継がれている。誠に僭越ながら、私がそれを証明しよう」


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