45 大賢者、手を繋ぐ
諸事情で更新が大幅に遅れてしまいました!
後書きにて、重大発表がございます……
「あ、アーテル君……本当に大丈夫……?」
円形に設置されたソファに腰をかけ、うなだれていると、ソユリが隣から私の顔をのぞき込んできた。
彼女のおどおど具合を見る限り、よほどひどい顔色をしているのだろうな、私は。
現に御手洗いを出てから今に至るまで、彼女は私の背中をさすり続けている。
まったく、彼女には迷惑をかけてばかりだ。
まさかしょっぴんぐもーるの人混みに面食らってそのまま吐いてしまうなど……
なんと情けない。今すぐにでも三大賢者の肩書きを返上したいぐらいである。
私はソユリの問いかけに応える代わりにグラスの水を飲み干した。
あまりにも勢いよくグラスを傾げてしまったため、口の中に角張った氷が飛び込んできて少し驚いてしまったが、なんのことはない、そのまま奥歯でゴリゴリと噛み砕いてしまう。
この若い肉体を手に入れて、つくづく良かったと思うことが一つある。
それは、氷を噛み砕いても知覚過敏が起こらないことだ。
「――もう大丈夫だ、悪かったなソユリ、おかげで大分楽になった」
「そ、それならいいんだけど……少し休んだら帰ろ? ね?」
「いや、本当に大丈夫だ、先ほどは突然押し寄せてきた膨大な情報量に私の貧弱な脳みそがパンクしてしまっただけ、一度見てしまえば、あとはもうなんのことはない」
「そういうものなの……?」
ソユリは釈然としない様子で呟くが、そういうものなのだ。
事前のリサーチさえ十分に為されていれば、いかな相手であろうと恐るるに足らず。
なにより、ソユリが用意してくれた先の飲料水が思いのほか効果を発揮した。
「時にこの水は素晴らしいな、もちろん水そのものの質も極めて高いのだが微弱ながら魔力も感じる、吐き気なぞ一口で吹き飛んでしまった、これはどこぞの霊泉から採取したものなのか?」
「ははは、またまたアーテル君てば、さすがに舌で魔力なんて感じられるわけないでしょ、ソムリエじゃあるまいし」
アーテル君は毎回真面目な顔で言うから、なんでも本当のことっぽく聞こえちゃうよ。
と、ソユリは笑いながらに付け足した。
よもや舌で魔力を感じ取るのは一般的ではないのだろうか?
私の若い時分は、これのおかげで少なくとも六度の呪殺を免れ。
また、消耗しきった状態で森の中へ追い込まれた際にも、魔力を含有した野生動物を選びむさぼることによって窮地を免れたものだが……
……まぁ、平和な現代では自分を暗殺するために呪術師を雇われたり、三日三晩魔族に追い回されることもないのだろう。
そういう風に考えて、ひとまずは納得することにした。
「まぁ、魔力云々はともかくとしても良い水なのは確かだ、これをどこで?」
「さっきそこで魔導ウォーターサーバーのレンタルがどうのって言ってたでしょ? 試飲サービスをやってたから、もらってきたの」
「ほう、魔導ウォーターサーバー……」
改めて口にしてみるも、やはり意味が分からない。
「水を一杯もらうだけのつもりだったんだけど、いつの間にかレンタルの契約書を書かされそうになってて……危うくアパートにウォーターサーバーを三台も設置する羽目になるところだったよ……」
「よく分からないが、これだけ良い水を提供するのならば、その契約とやらを結ぶのもやぶさかではないな」
個人的に魔導ウォーターサーバーなる珍妙なネーミングに興味が沸いた。
是非とも前向きに検討することとしよう。
まぁ、なんにせよソユリの献身的な介抱とこの素晴らしく清涼な飲料水のおかげで体調も整ったことであるし
「すまない、ずいぶんと待たせてしまったな――そろそろ行くか」
「うん!」
長い休憩を終え、私とソユリはようやく腰を上げる。
しょっぴんぐもーる探索、再開である。
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――同じ轍は二度と踏まない。
それはもちろんしょっぴんぐもーる探索においても適用される。
はなからそういうものなのだと腹を括ってしまえば、再びフロアに溢れる人海を目の当たりにしようが、どうということはない。
もちろん未だ膨大な情報量に圧倒されている私もいるわけだが、それ以上に多くの発見があった。
一度心に余裕を持ってあたりを見回してみれば、なるほどしょっぴんぐもーるというものは凄まじい!
ここには実に多種多様な店が揃っている。
ぱっと見た限りでも、食料品や日用雑貨、調度品のたぐいを販売する店はもちろんのこと。
果ては魔導具の修繕を請け負う店や、銀行、喫茶店などなど、金銭と引き換えに無形のサービスを提供する店すらある。
そりゃあ老若男女集うはずだ、その気になればこのしょっぴんぐもーるとやらだけで一生を終えることすら叶いそうなのだから!
なるほど、ソユリが私をここへ連れてきた理由が今になって理解できた。
ここならば当初の目的である新しいペンや魔導具の材料などよりどりみどり。
それどころか私が長年探し求めてきた魔導書さえ眠っていてもおかしくないのではないだろうか!?
「俄然興奮してきたぞ!」
「ふふ、アーテル君もすっかりいつもの調子だね、じゃあまずはどこから攻めちゃう?」
こちらの興奮を見て取ったのか、ソユリもまた楽しそうに尋ねかけてくる。
しかしどこから攻める、か。これはまた思わぬ難問だ。
私の用事を手早く済ませてしまうのも良いが、ここはやはり
「ソユリは何か買うものはないのか?」
「うーん、強いて言うなら服を見たいかな、でも全然アーテル君の買い物を優先させてからで……」
「――よし、服屋だな、行こう」
「はやっ!?」
兵は拙速を尊ぶ。
ここは素晴らしき楽園であると同時に、戦場でもあると見た!
「言うまでもなく時間は有限だ! それに目当てのものを他の客にかっさらわれては悔しかろう! さあゆくぞ!」
「ふ、服はそんなに簡単になくなったりしないよう……!」
私は先ほどまで翻弄されるだけであった人の波を、縫うようにして前進する。
ソユリもこれについてこようとするが、そういえば彼女はあまり運動神経の良い方ではなかった。
「あっ、アーテル君……!」
彼女は早々に人の波に捕まり、あれよあれよという間に後退していってしまう。
私はこれを見るなり一時転回すると、再び人の波をかき分けソユリの下へと歩み寄って――そして助けを求めるように伸ばされた彼女の手を、取った。
「――すまないな、私はどうも君を置いていきがちだ」
以前、教学のアルガン・バディーレーから逃げ回る際にも、私は途中でソユリを置き去りにしてしまったことに気付けなかった。
だからこそ私は今度こそ彼女を一人置いていかないよう、その華奢な手を、強く握る。
「――――――――っっっ!?!?」
しかし私が手を取るなり、何故かソユリは言葉にならない悲鳴をあげ、記録的スピードで顔面を紅潮させた。
「ちょっ……!? アーテル君!! 手っ……! 手、手ぇーーーっ!!」
「ああ、勝手ながら繋がせてもらったぞ、しかしこれで離れなかろう?」
「そ、それはそうかもだけどっ!!? こ、これすごく恥ずかしいというか! なんというかっっ!!?」
「恥ずかしい……確かに、子供扱いしてしまってすまなかった……手は離そう」
「いややっぱりなんでもないです!!!」
手に込めた力を弱めようとした矢先、彼女は繋いだ手を力強く握り返してくる。
その直後、彼女の顔の紅潮は更に記録を伸ばし、最終的には熟れた果実のごとき紅さを更新した。
「では、案内してくれ、私はここの地理に詳しくないからな」
「ふ、ふつつか者ですが……」
ふつつか者……?
なんだかソユリとの間に微妙な齟齬を感じつつも、私たちは目的地へと向かった。
なんとこの度、「若返りの大賢者、大学生になる」が、角川スニーカー文庫様より書籍化されるはこびとなりました!
これもひとえに読者の皆様のおかげであります……
イラストレーター様や発売日など、詳細は追って公開させていただきます! これからも是非、お付き合いください!





