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44 大賢者、ショッピングモールへ足を踏み入れる


 ソレを前にした時、私は場違いにもふと昔のことを思い返していた。

 あれは、ラクスティア魔法大学へ入学したての頃だったか。

 私は生まれて初めて見るキャンパスを、まるで王宮のようだと比喩した。


 重ねて言うが、私は数百年来の引きこもりであり、すなわち人の集まる場所が苦手だ。

 若い時分、魔術修行のために諸国を漫遊した際にも、この引きこもり気質により、努めてそういった場所には近づかないようにしていた。

 嫌が応にも流れ込んでくるとんでもない情報量によって、たちまち脳がパンクしてしまいそうになる。

 計算は、魔法式の構築だけで十分。

 こんな前後不覚なところを旧魔術派の人間に狙い撃ちされてはたまったものではない。。

 あの頃は「考えすぎだ、生真面目野郎」とマリウスやイゾルデから散々罵倒されたものであるが――ふむ、少し話が脱線しすぎてしまった、閑話休題。


 とにもかくにも、そういった巨大な建造物にとんと縁のなかった私ではあるが、それでも一つ分かることがある。


 でかい。

 我らが学び舎がまるでミニチュアの模型と思えてしまうほどに、でかい。

 300年生きてきた中で、一、二を争うほどの巨大さだ。

 ソユリからは市場のようなものだと聞いていたが、これは……


「どうしたの、アーテル君? 急に立ち止まっちゃって」


「……ここは私の立ち入っていい場所なのだろうか」


 私はその“しょっぴんぐもーる”とやらの外観に打ちのめされ、柄にもなく弱音を吐いてしまった。


 まるで見上げるほどの巨人が精魂込めて作り上げたかのような精緻な造りの建造物は、雲一つない晴天も相まって、こちらの感覚を根こそぎ狂わせてしまいそうなほどのインパクトがある。

 そこには先の噴水にも負けず劣らず、技巧を凝らされた装飾の数々が施されてあるほか、ひときわ目立つ場所にはいかにも来訪者を歓迎するかごとく大きく開いたゲートが設えてあり、老若男女が一切の区別なく、このゲートをくぐって例の建造物へ呑まれていく。

 その奔流は、人々の喧騒も含めてさながら大河のようだ。

 私は川のほとりで呆然と立ち尽くし、これを眺めているような状態である。


 そんな私の様がおかしかったのだろう、ソユリはこちらをからかうようにくすりと笑った。


「なあに? 怖気づいちゃった?」


「恥ずかしながら、すでに帰りたい」


「そこまで!?」


 仰天される。

 しかし事実だ。すでに見上げすぎて首を痛めている。

 あまりの人の多さに眩暈を起こしかけているのも補足しておこう。


 これでまだ入り口にすらたどり着けていないと言うのだから、もしも一歩でも中へ足を踏み入れた時、私は一体どうなってしまうのだろうか。

 あの大河に加わった瞬間、自我の境を失ってとろけ出したりしないか甚だ心配である。


「だ、大丈夫だよ! ただのショッピングモールだもん、買い物するだけ! 別に取って食われるわけじゃないんだし……」


「本当か……?」


 これだけの人がいるのだ。

 内一人ぐらいおもむろに取って食いそうな人間が混じっていてもおかしくなさそうだが……

 冷静に考えればそんなこと微塵もありえないのだが、すっかり疑心暗鬼である。


「本当だって! 私も大学に入学する前は週末よく家族で遊びに来てたんだから! 人気なんだよ? ここ!」


「……大学生にか?」


「う、うん! ウチの学生は皆、大学周りに遊ぶところがないから週末わざわざここに集まるぐらいだもん!」


「ぐっ」


 大学生としてのスタンダードを引き合いに出されると、弱い。

 模範的大学生は皆、週末ここへ遊びに来るのだ……!

 それに周りを見てみろ! 年端もいかぬ幼子から腰の曲がった老人まで、嬉々としてあのしょっぴんぐもーるとやらに足を運んでいるではないか!

 ここで二の足を踏んでいるようでは模範的大学生どころか模範的人間にすら遠く及ばない……!

 老若男女を虜にするほどの何かが、あの中にはあるのだ……! 楽しい……! 楽しい……! ほら知的好奇心が泉のように湧き上がってくるぞ……!


 私は自分自身に何度も言い聞かせて、ついでに深く息を吸って、吐いた。

 情報の海に溺れかけた脳味噌を救出するには深呼吸が一番である。


「あ、アーテル君大丈夫? すごい汗だけど……? あんまりきついなら無理しなくても……」


「いや、待たせてすまなかったな、覚悟はできた、行こう」


「そんな戦地に赴くみたいな……」


 ソユリには悪いが、正直心境としては戦地に赴く以上の覚悟が必要であった。

 だが、もう大丈夫だ!

 先ほど深呼吸がてら、精神を安定をはかるため呪詛返しの魔法式も組んだことだし、これで怖いものはない!

 煮るなり焼くなり、取って食うなり、何が起ころうが覚悟はできている!


 私は足の震えと眩暈を押し殺しながら、ソユリを引き連れて一思いに大河の中へと飛び込んだ。

 子どもの泣きじゃくる声や年若い青年たちの笑い声にいちいち反応してしまい、ゲートをくぐるまでに大分消耗してしまったが、そこはまぁ、ご愛敬だ。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 人の波に揉まれながら数分ほどかけてようやくゲートをくぐり、いざ“しょっぴんぐもーる”とやらに踏み入ってみれば、憔悴しきった私を出迎えたのは目を疑うような光景であった。


「――ルシル・モール、ウィッザニア店へようこそ! 本日は心ゆくまでショッピングをお楽しみください!」


「ただいまからタイムセール開催しまーす! 古今東西の呪具がなんと最大7割引き! どうぞお早めにお願いします!」


「ドラゴンズ・カフェ、ウィッザニア・モール支店本日開店いたしました! 本店で好評だったオリジナルメニュー、ダーク・ドラゴンスケイル・モカ・フラペチーノがウィッザニアに上陸! 是非ともご賞味あれ!」


「さあアメモア茶葉を使った新作アロマのご紹介です! リラクゼーション効果はもちろんのこと、間接照明としても役立つこと間違いなし!」


「春の新作ローブのご案内です! 肌寒い風は通しにくく、なおかつ魔力は通しやすい! この季節のマストアイテムです!」


「お気に入りのペンが壊れてしまった……そんな時は是非こちらをご利用ください! 初回限定、半額でお直しいたします!」


「そこなご婦人! 気になるペンダコも一発解消! ただいまハンドマッサージの無料体験イベント開催中です! 今なら新作ハンドクリームの試供品も付けましょう! 是非お立ち寄りを!」


「一家に一台! レンタル魔導ウォーターサーバーのご案内です! 今ならなんと無料でのご契約! 興味がありましたらお話だけでも……」


 ゲートを越えるなり、一個の生き物ののようにまとまっていた人の群れが散り散りになって、ようやくのこと解放されたかと思えば、その矢先にこれである。

 先ほどまでとは比べものにならないほどの情報量が瀑布のごとく押し寄せてきて、私は一つ一つの情報を処理するために、再びその場で立ち尽くさざるを得なくなった。


 照明魔具の煌々と照らす下に広がる光景は、さながら異世界である。

 遙か東の地で見た巨大なスラム街をも思わせる雑多ぶりと、宮殿のごとし秩序だった構成という相反する二つの要素の同居!

 あれは呪具を売る店? あれはかなりハイカラなつくりだが喫茶店か? インテリアショップ? 服屋? ペンの修理業者?

 ハンドマッサージとはなんだ! レンタル魔導ウォーターサーバーとはなんだ!?


 目に映る光景はもちろん、無秩序に飛び交う言葉は一つ一つを精査してみてもほとんどが意味不明で、その内容を理解することはできない。

 いよいよ私の小さな頭はパンク寸前だ。


「あちゃー、やっぱり休みの日は混んでるね……ちょっと無理してでも平日授業が終わってから来ればよかったかな……」


 隣でソユリが何か呟いていたが、それ聞き取る余裕などもちろんなかった。


「というわけで、ここがルシル・モール、ウィッザニア店、つまりこれが話にあったショッピングモールなんだけど……アーテル君、大丈夫?」


 直接問いかけられて、私は初めて反応らしきものを返す。


「ああ、大丈夫だ、ところで一つ聞きたいのだが、ここに御手洗いはあるか?」


「お手洗い? それだったら多分一番近い場所であそこの通路の突き当たりにあるけど……どうしたの?」


「吐きそうだ……」


「そんなに!?」


 うっぷ、と胸のあたりからむかつきがこみ上げてくる。

 なるほど人酔いという言葉があるが、あながちただの比喩表現というわけでもないのだな……


「アーテル君ほら! 肩貸すから! まだ大丈夫!?」


「すまない、しかしもう限界が近い……いざとなれば魔術で食道を破壊し、私の体内だけに被害をとどめるから心配するな……」


「そこまで体張らなくていいから! もう少しだから頑張って!!」


 ソユリが肩を貸してくれたおかげだ。

 私は件の魔術を証明させるよりも早く、御手洗いへと滑り込むことが叶った。

 なるほど、しょっぴんぐもーるとやらはなんでも揃っている、という言説については得心がいった。

 御手洗いもまた和洋折衷、なんとも憎い心遣いである……


色々とバタバタしており、更新遅れてしまいました! 申し訳ありません!

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