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40 大賢者、日記をつける・続


 ■〇月×日 AM 6:00■


 鳥のさえずりと、窓から差し込んでくる陽光で目を覚ます。

 冷水で顔を洗い完全な覚醒を促すと、次にりゅーちゃんと白竜を叩き起こした。

 二人とも昨晩の騒ぎのせいですっかり寝不足らしく、ベッドから引きずり出すのに随分と苦心させられたが、格闘の末、なんとかテーブルに着かせることが叶った。


 私はモヨルの乳をコップへ注ぎ、テーブルに並べる。

 そしてりゅーちゃんと白竜が欠伸を押し殺しながらモヨルの乳をちびちびと舐めている間、私は昨晩ソユリが作ってくれた料理の残りに火をかけた。


 我が家の食事情はりゅーちゃんに備蓄のシスぺを全て平らげられてからというもの完全に破綻し、今やソユリに依存するかたちとなっている。

 ソユリには全く頭の上がらないことであると同時に、これは早急に解決せねばならない問題である。

 やはり私が料理を覚えることは急務、一刻も早くソユリの卓越した料理技術を学び取らねば。


 そんなことを考えながら鍋の中身をかき混ぜていると、りゅーちゃんがおもむろに「強火ではなく弱火で温めろ」と進言してくる。

 何故か、と問えば「強火ではせっかくの肉が硬くなる」と彼女は答えた。

 なるほど、言われてみれば確かにその通りだ。

 しかし、ヤツもほんの二週間かそこらでやけに人間じみたものだと妙に感心した。


 その後、三人で朝食をとり、身支度を整える。

 時刻は午前7時半を回ったところ、私はりゅーちゃんに今日の分の課題を指示して、家を出た。

 柔らかな陽光に冷えた体を温められながら、大学へと向かう。

 



 ■〇月×日 AM 8:00■


 正確には、大学へ到着したのは7時56分。

 その日最初の講義が始まるまで1時間ほど余裕があった。

 おおむね予定通りである。予定が思いのまま進むというのは、複雑な魔法式を少しずつ証明していく時の快感に似ている。

 朝、最も人の少ないこの時間帯に図書館学習スペースで予習に取り組み、頭を完全に覚醒させるのが私のルーチンだ。


 そして本館から図書館へ移動する途中、いつも通りソユリと鉢合わせた。

 いつも通りとは言うが、別段前もって待ち合わせをしているわけではない。

 何故か、決まって毎朝図書館前でソユリと出くわすのだ。


 あまりにもその偶然が続くものだから、よもや私を待ってくれているのだろうか?

 などと考えたりもしたが、一度ソユリに尋ねてみたところ「たまたまだよ」と返されたので、ただの偶然である。

 自意識過剰も甚だしい。己を戒めた。


 それはともかく、私とソユリは揃って学習スペースへと向かうと、その日もまたいつものようにテーブルを挟んで向かい合わせに座り、朝の自習を始める。

 ソユリはノートとにらめっこをしながら、眠たげに瞼をこすったり、欠伸を噛み殺したりしていた。

 勤勉なソユリのことだ、きっと昨晩も遅くまで勉強していたのだろう。

 私も彼女を見倣わなければ。


 そんなことを考えていると、なにやらソユリが“結界魔術における五芒星(ペンタグラム)の有用性、またそれを制御するための魔法式の構築”という項目へ目を走らせていることに気が付いた。

 やはりソユリは結界魔術科所属というだけあって、結界魔術に関しての勉強は惜しまないらしい。

 その時にふと、そういえば彼女の魔術らしき魔術をまだ一度も見せてもらった試しがないな、と思い至った。

 私の学友が扱う結界魔術、いつの日か目にしたいものである。


 しかしあまりに長い時間手元を覗き込みすぎていたせいか、彼女は気恥ずかしそうにノートを手で覆ってしまった。

 彼女の謙虚さとくれば、いかな大魔術師も及ばないことであろう。




 ■〇月×日 AM 9:00■


 現代魔術学基礎担当講師、イルノフ・ガントット教授の講義は全く興味深い限りだ。

 現代魔術の基礎を教える講義なのに、何故、魔術の起こりにまで遡るのだろう。

 以前にも同じことを考えた気がするが、前置きとするならば近現代からの魔術の変遷について語るだけで十分なはずである。

 しかし講義三回分――実に四時間強――の時間を使ってまで、ここまで長たらしい前置きを挟むということは、十中八九、結論の凄まじさもまた比例するのだ。

 これだけ勿体ぶるからにはきっと、魔術の極致へと至る道の門戸を叩くような、そんな素敵なロジックが待っているのであろう。


 が、それはそれとして、退屈なのは事実である。


 これは私だけではないようで、大講義室の中には頬杖をつく学生や、机に顔を突っ伏して居眠りをする学生たちもちらほらと見受けられる。

 無理もない。いくら学生諸君に誤った知識を植え付けたりしないための懇切丁寧な導入とはいえ、これでは知識欲旺盛な学生諸君にとって、私以上に退屈極まりないことであろう。

 一方で、左隣に座るソユリは、律儀にもイルノフ教授の言葉を、一言一句逃さずノートへ書き込んでいる。

 彼女の勤勉さには毎度驚かされる。私も見習わなくてはならない。


 そういうわけで講義の締めくくりに、いつものごとくイルノフ教授が「質問・感想等ある学生は挙手をお願いします」と伝えたので、私は高らかに挙手をする。

 しかしイルノフ教授はこちらを一瞥し、苦虫を噛み潰したような表情になると「では、何もないようなので講義を終わります」と、講義を締めくくった。

 何故無視をするのか? 一人首を傾げていれば、隣にいたソユリが呆れたような口調で「当たり前でしょ」と呟いた。

 ソユリは私の心の内まで読めるのだろうか?




 ■〇月×日 PM 1:30■


 午前中の講義を終え、学食へ向かう。

 この時間になればさすがに昼のピークも過ぎて、人はまばらである。


 先日のアルバイトの臨時収入により懐に幾分か余裕があったので、ウオタ鶏のから揚げ定食を注文する。

 ちなみにソユリはカヨネサラダを注文していた。

 私が言えた立場でないのは重々承知しているのだが、それで足りるのだろうか?

 そう尋ねたところ、彼女は「女の子にそういうこと聞かないで!」と、突っぱねてくる。

 やはり女性の心境を推し量るなど私には難しすぎるのだ。

 そんなことを考えながら、少し遅めの昼食を取っていると、私たちの下へ慌ただしく駆けつけてくる一人の女性の姿があった。


 誰かと思えば、マリウスである。

 いつもの魔女じみた三角帽子は頭上に在らず、ひどい寝癖により、無秩序にぴょんぴょんと跳ね上がった柘榴色の毛髪を晒している。

 その寝癖の酷さときたら、初めヤツがなんらかの植物の茨を頭に巻き付けているのかと空目したほどだ。


 彼女は息も絶え絶えにこちらへたどり着くと、私とソユリの見守る中で二、三度大きく息を吐き出し、そして私の胸倉を掴んで捲し立ててきた。

 なにぶん彼女も興奮しているようでほとんど聞き取れなかったのだが、要約すると

「どういうつもりかお前が部屋のドアに結界魔術を施したせいで否定魔方式の証明に手間取ってしまい、現代魔術学基礎の講義を一回欠席してしまった、これは嫌がらせか!?」

 と、いうことらしい。


 案の定、酒のせいで昨日の記憶はきれいさっぱり消えてしまっているらしい。

 少し気を利かせてやれば、この物言いである。それに、誰がお前なんぞにそんな陰湿な嫌がらせをするか。

 少し癪に障ったが、こんなのにいちいち激高する私ではない。


 というわけで、昨晩起こったことをソユリにも理解できるよう懇切丁寧に説明してやった。

 まぁマリウスが夜中に酔って暴れて、私が止めに入ったという、ただそれだけのことなのだが。


 これを聞いたマリウスは初め顔を真っ赤にして戸惑っていたが、すぐに真っ青になった。

 この話を聞いていたソユリが、マリウスの方を睨みつけていることに気付いたからだ。


 あとは言うまでもなく、ソユリの説教である。

 マリウスにはしっかりと二日酔いの影響が出ているらしく、ソユリのがなり声に頭を抱えて、震えていた。

 どうやらマリウスの酒癖の悪さはクレイアット家でも有名らしく、この説教は大変長引くだろうと予想される。

 いい気味だ。


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