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33 大賢者、黒竜の娘と喧嘩をする


「ああなんだ、孵っちまったのか」


 仕分け中の卵のうち一つからワイバーンのヒナが孵化してしまうというこの珍事に対し、現場監督のグラトンは思いのほかドライな反応を示した。

 例えるならば靴紐がほどけてしまった時のような、そんな気軽な驚きだ。

 私は別段騒ぐことでもないだろうとは思っていたのだが、先輩二人はひとしきりパニックに陥ったのち「とりあえずグラトンさんに報告だ!」と飛び出してきたので、いかにも拍子抜けしたようだった。

 グラトンはねじくれた針金のごとし髭をつまみながら言う。


「毎年一つか二つあるんだ、無精卵の中に有精卵が混じっちまって、たまたま孵化しちまうのが」


「つまり、これはよくあることなのか」


 そう尋ねたのは黒竜の娘だ。

 彼女の頭頂部には、ワイバーンのヒナがちょこんとうずくまり、みいみいと鳴き声をあげている。

 雛鳥よろしく、初めて目にした彼女を親と勘違いしているのか。

 はたまた彼女から、同じ竜の気配を感じ取っているのか。

 ともかくワイバーンのヒナは彼女に懐いてしまったらしく、竜にあるまじき無防備な姿を晒している。


 グラトンは、このワイバーンのヒナを見下ろしながら、自らの髭を軽くなぜた。


「まぁよくあることよ、むしろ今孵ってくれてありがてえぐらいだ。出荷した後で孵化したり、いざ卵を割ってみたらヒナの死骸が入ってましたじゃウチにもクレームが入るからな」


「では、コイツはどうすればいい」


「まぁいつも通りなら廃棄だ」


「廃棄?」


 黒竜の娘が、その狭い額に皺を寄せた。


「このヒナをか?」


 彼女は頭の上に居座ったワイバーンヒナを指さして言った。

 ヒナは、実に呑気にみいみいと鳴いている。


「しょうがねえさな、もう売れねえんだ。まぁ俺はもったいねえからいつも酒のツマミに頭からかじるけどな、意外にうめえんだこれが、がっはっは」


「ツマミ……っ!?」


 黒竜の娘があからさまに身構えた。

 見ると先輩方も露骨に顔をしかめている。

 一方で私は「世界には孵化寸前の鳥卵をなによりの馳走とする民族がいると聞いたことがあるが、孵化直後のワイバーンのヒナを食すとは、その発想はなかったな」などと考え、ひとり感心していた。


「どれ、処理に困ってるなら俺によこしな、代わりに片付けてやる」


 グラトンが頭上に鎮座するワイバーンのヒナへ手を伸ばした。

 黒竜の娘は一瞬戸惑ったようなそぶりを見せたが、しかしなすすべも無く、そして――


「――現場監督! レストラン“ラピス”に納品する卵の数が合わないんですが!」


 倉庫内で作業をしていた職員の一人が声を上げ、グラトンはぴたりと動きを止めた。


「なんだと? ちゃんと調べたんだろうな!? おい、あそこに積んである箱は違うのか!? ったく、数が合わねえなんてそんなことあるか……」


 グラトンはこの数秒の内にヒナのことなどすっかり忘れてしまったかのように、怒声にも近い声を発しながら、のっしのっしと倉庫の奥へ消えていった。

 ……ふむ、後学のためにグラトンがどのようにワイバーンのヒナを食すのか見ておきたかったのだが、残念だ。

 しかし、トルア先輩とクロウス先輩に関しては、グラトンが去ったのちに、どこかほっとしたように溜息を吐き出した。


「助かった……新しい種類のトラウマを植え付けられるところだった……」


「あんな熊みてえなオッサンがワイバーンのヒナを踊り食いしてるところなんて死んでも見たくねえよ……」


「ま、まぁいいや、早く作業に戻ろうか」


「いや待てよ、結局このワイバーンはどうするんだよ」


 クロウス先輩が、黒竜の娘を指した。

 ワイバーンのヒナが、まるで自らの寝床でも作るかのように、彼女の毛髪をわしゃわしゃといじくり回している。


「どうするって……そりゃ頭からかじったりはしなくても、グラトンの言う通り殺すしかないだろうね」


「しかしいくらなんでもこんなガキにワイバーンの赤ん坊を殺させるわけにはいかないだろう」


 ふむ、先輩方は黒竜の娘の心配までしてくれるというのか。

 なんと驚くべき器の広さであろう。

 しかし彼女の一応の保護者は私、ということになっている。

 ならば先輩の手を患わせる訳にもいくまい。


「よし、ではりゅーちゃんよ、ヒナを差し出せ、せめて苦しまず逝けるよう魔法式を組もう」


 私はメモ帳を取り出し、そこへ羽ペンで魔法式を記す。

 大戦中、もはや魔術では助からないほどの重傷を負った者を介錯する際に使った魔法式だ。

 この手の魔法式は組むだけで嫌な記憶が蘇るので進んで使いたくはないが、しかしせめてもの手向けである。

 そう思ってメモ帳を切り取り、ワイバーンのヒナへ近づけると――避けられた。

 正確には、ヒナを頭に乗せた黒竜の娘が、すっと後ろへ退いたのだ。


「何故避ける」


 私は再び手を伸ばす。

 黒竜の娘は更に後ろへ下がる。

 頭の上で、ワイバーンのヒナがみいみい鳴いている。

 私は繰り返す。


「……何故避ける」


「こやつは殺させん、我の弟子とする」


「弟子?」


 あまりに意味不明なことを言うものだから、思わず繰り返してしまった。

 黒竜の娘は自らの頭上に手を回してワイバーンのヒナを抱きかかえると、それを胸の前まで持ってきて


「白竜と呼べ」


 どこか自慢げに、そう言った。

 ……確かにワイバーンのヒナは全身の色素が薄く白っぽいが、成体となれば錆びた銅のような茶褐色に……いや、そんなことはどうでもいい。


「弟子にするとはどういうことだ」


「飯をやる、寝床をやる、そして我が直々に竜のなんたるかを教え込んでやる」


「飯も寝床も元は私のものだろう、第一お前が弟子などとれる立場か、魂胆はなんだ」


「べ、別に理由などはない、ただの気まぐれだ、自由気ままに生きてこそ竜だ、カカカ」


 いつもと違い、どこか演技じみた高笑いである。どうせロクなことを考えていないのだろう。

 よもやワイバーンをヒナの内に手懐け、成体となればその背中に跨って故郷の地まで逃げるつもりなのか。

 はたまたシンプルに私の寝込みをワイバーンに襲わせるつもりか。

 どちらにせよその程度の浅知恵に引っかかるつもりはないが、しかし念には念を、だ。


 そう思って再びメモ用紙を構えたところ、


「まぁまぁ、待ちなよアーテル君」


 と、背後からトルア先輩に制止される。

 先輩はこちらをたしなめるように、優しげな笑みを浮かべていた。


「子どもの意見を頭ごなしに否定するのは良くないよ。とりあえず、考えるそぶりだけでも見せなきゃ」


「こ、子ども……?」


 コイツは数百歳だぞ?

 そう言いかけたのだが、すんでで止めた。

 そうだ、忘れていたが彼らの目に映る黒竜の娘はせいぜい十代前半の少女なのだ。

 慈悲深き先輩方が、彼女の肩を持つのは道理である。


「し、しかし」


「可愛らしいじゃないか、動物の赤ちゃんを育てたがるなんていかにも子供らしい、どうやらワイバーンもすっかりりゅーちゃんに懐いちゃったみたいだし」


 確かにトルア先輩の言う通りワイバーンのヒナ――黒竜の娘曰く白竜は、不完全な鱗を黒竜の腕にこすりつけて、甘えている。

 黒竜の娘も、これをくすぐったがるようなしぐさを見せるが、満更でもなさそうだ。


「……子どもと接する上で大事なのは対等なコミュニケーションだよ、アーテル君」


「む……仕方がないな」


 トルア先輩の言葉とあらば無下にもできない。

 私は大変不本意ながらも、先輩の言う“対等なコミュニケーション”を為すべく、ひとまず警戒する彼女へ顔を近づけた。

 すると――その途端、白竜が甲高い声でぎーぎーと鳴き始めたではないか。


 それがあまりに耳障りだったので、私は咄嗟に耳を覆う。

 これを見て、黒竜の娘はけたけたと笑った。


「カッカッカ! 嫌われておるのう! どうやら我が弟子は真に倒すべき敵についてよく分かっているようだな!」


「コイツ……!」


 トルア先輩に戒められたばかりだが、先の白竜の鳴き声のせいで耳鳴りがする。

 せめて拳骨の一発でも食らわせてやろうと拳を握りしめたところで、異変に気付いた。


 白竜の鳴き声が、一向に止まない。

 ある一点を見つめて、ぎーぎーと鳴き続けている。


 そして、これは一体どういうことかと私たちが首を傾げたのとほぼ同時。

 倉庫の向こうから凄まじい破砕音が鳴り響き、震動となって我々の下へ届いた。


「な、なになになに!?」


「地震か!?」


 先輩二人がきょろきょろと辺りを見回し。

 黒竜の娘は、白竜と同じ方向を見つめて、身構えている。

 一体何事か――そう思った時、現場監督のグラトンが野太い声で叫んだ。


「――ああ、クソ! トラブル発生だ! トカゲ野郎が現れたぞ!」


遅くなってすみません! もしよろしければブクマ・評価・感想・レビュー等お願いします! 作者のモチベーションが上がります!

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