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28 大賢者、説教を受ける


 昼下がり、人もまばらになった学食にて。


「何してるの、二人とも」


 かつての三大賢者の栄光はどこへやら。

 私とマリウスは隣り合った席に座り、まるで幼子のように縮こまっていた。

 それというのも今まさに、向かいの席に座ったソユリの説教を受けている最中だから、である。


 ちなみにソユリはいつものごとくぷくうと頬を膨らませては、いなかった。

 膨らませずとも、その背筋が凍てつくような冷ややかな目を見れば、怒っていることなど十二分に分かる。

 ここだけの話、むしろこっちの方が恐ろしかった。


 マリウスはもっとだろう、私の隣で小刻みに震え、「ひゅーひゅー」と不自然な呼吸が漏れている。

 これではマトモな受け答えなどできるはずもない。

 よって、私は勇気を振り絞って答えた。


「い、イルノフ教授が、誤ったマリウス式魔方式を教えていたものだから、その指摘を……」


「……うん、それはギリギリ分からなくもないよ」


 よし助かった!

 私は内心拳を突き上げる。

 しかし


「それで、なんでエンドマークを打ったの、前も注意したよね」


 あまりにも冷たい言葉に、一瞬息が詰まる。


「そ、それはマリウスが挑発してくるものだから、つい頭に血が上って……」


「あと、あれ魔法式の証明失敗してたよね、爆発させたよね」


「そ、それも頭に血が上っていて……し、しかし次は完璧な証明が可能だ! 次こそ間違いなく最適化された魔術障壁が再現できる!」


「そういうことを言ってるんじゃないんですけど」


「ひっ……」


 思わず情けない悲鳴がもれてしまった。

 小動物じみた彼女はいずこへ!?

 今の彼女なら、ひと睨みしただけで魔獣の一匹や二匹殺せてしまいそうだ!


 あまりの恐ろしさに戦慄していると、マリウスが隣で「いひひ」と嫌味な笑みをこぼした。

 見ると――ヤツめ! にやにやと口元を歪めながら、こちらの失態を嘲笑っているではないか!

 再び頭に血が上りかけたところで、ソユリが言う。


「おばあちゃんも笑える立場じゃないんですけど」


「ひっ……」


 マリウスもまた短い悲鳴をあげた。

 目が泳いでいる。


「なんであそこでアーテル君につっかかったの」


「い、いや、ソユリ、誤解なんだ、だってコイツがクレイアット家で代々受け継がれてきた魔法式を否定するようなこと言うから、その、ボクたちの名誉のためにだね!?」


「大人げないことしないでよ、もう300歳超えてるんでしょ」


「うっ……!」


 しどろもどろになりながら言い訳を並べ立てたマリウスであったが、ソユリにはばっさりと切り捨てられてしまう。

 ざまあみろ!

 私は顔を伏せたまま、くつくつ笑う。

 しかし「大人げないこと~」のくだりは、私にも少し効いた。


 ソユリは、はぁ、と一つ深い溜息を吐き出す。


「いや、いいんだよ、学業に対して意識が高いのは別に咎められることじゃないし、ただ――講義っていうのはあくまで教授のお話を聞くものであって、講義を受ける学生さんたちはあなたたちの議論を見に来たわけじゃありません」


「うぐっ!?」


「ぐっ……!?」


 呻いてしまったが、ぐうの音も出ないほどの正論である。

 お手本のような正論、いっそ暴力的なまでの正論だ!


「それに、あろうことか不完全な魔法式を証明して講義中に教授を吹っ飛ばすなんて退学処分にされてもおかしくないよ、イルノフ先生、また保健室に運ばれちゃったし」


「……大袈裟だとは思うのだがな、偉大なるイルノフ教授ならばあれしきの魔術、毛ほども……」


「はい?」


「な、なんでもない」


 なんだか得体の知れない恐怖を感じて、途中で発言を取り下げた。

 誰かに説教をされるのはあまり慣れていない。

 しかし余計なことは言わぬが吉、というのだけは分かった。

 マリウスもそれは理解しているらしく、俯いて口を閉ざしている。


 そんな私たちの様子を見ると、ソユリはまた一つ、溜息をもらした。


「……まぁ二人とも反省してるみたいだし、今回はこれぐらいにしておこっか」


 そう言って、ソユリは学食で購入したアメモア茶を啜る。

 ようやく終わった……!

 不本意ながら、吐き出した安堵の溜息がマリウスと重なった。


「私お昼食べてないからお腹減っちゃった、何か食べるけど、二人は?」


「ボクはなんかもうお腹いっぱいになっちゃったかな……」


「私も空腹と言えば空腹だが……遠慮しておこう」


「え? どうしたのアーテル君? 体調でも悪いの?」


「いや、そういうわけではない」


 ソユリが心配そうにこちらを覗き込んでくる。

 私は腹の虫をなんとか落ち着かせるべく腹をさすった。


「そもそも私のような未熟者は一日一食で十分なのだ、しかもソユリが夕飯を作ってくれているおかげで栄養面では事足りている」


 そう、入学式から一週間ほど経ったが、ソユリは律儀にもあの日の約束を守り続け、大学が終われば家まで来て夕飯を作ってくれる。

 彼女のおかげで私は今日まで勉学に励むことができ、そして黒竜の娘は不機嫌にならずに済んでいる。

 時折、というかほぼ毎日、マリウスのヤツが隣の部屋から押しかけてきて図々しくも食卓に加わるのがネックだが、それでもありがたいことこの上ない。


 一応言っておくが、材料費は全額私持ちだ。

 金銭面においてまでソユリに迷惑をかけるわけにはいかない。


 ともかく


「この上昼食までとるなど、私には贅沢が過ぎる」


「……どうしたの? 今日のアーテル君、なんか謙虚を通り越して卑屈だよ? 他になにか理由あるでしょ」


「む」


 たった一週間の交友でそこまで分かるとは。

 さすがはソユリと言ったところか。

 彼女には隠し事をしても無駄だろう。


「では率直に言おう、恥ずかしながら――金がない」


「お金?」


 ソユリは繰り返して、首を傾げた。


「まだ一週間しか経ってないのに、何に使ったの?」


「各講義を担当する教授の著書を買い漁ったら、あっという間に所持金が底を尽きた。教科書とは高いな」


「ああ、なるほどね……」


 ソユリが納得したように頷く。

 ボクは全部古本屋で買ったけどね~お金の使い方が下手だなぁアーテルは、いひひ。

 横でマリウスがそんなことをのたまっていたが、当然無視した。

 偉大なる教授に金を落とさぬ学生のクズなど無視が妥当である。


「やっぱり夕飯代は私が出そっか? 私も、おばあちゃんも一緒に食べてるし」


「いや、それだけはダメだ、あれは毎日素晴らしい料理を作ってくれるソユリに対しての正当な報酬なのだから。心配せずともソユリに支払う夕飯代くらいはとってある、しかし当面の金の問題はいかんともしがたいな……」


 私が一食二食抜く分には別に問題はない、私が耐えればいいだけだ。またあと三週間もすれば奨学金も入る。

 しかし今の懐事情では新たに教科書を購入することも、また以前の新歓コンパの時のように急に金が入用になった場合にも対応できない。

 一応、昔住んでいた山奥の小屋にいくらかの財産を残してきたが、あれをわざわざ取りに戻るのは、当初の「学生として人並みに苦労する」という志に反する。

 さてどうしたものか……


「バイトをすればいいじゃないか」


 私が頭を悩ませていると、マリウスがさも当然のように言った。


「バイトだと?」


「そうさ、学業の合間に働いてお金を稼ぐ、学生なら当たり前にやることだよ」


 まぁ、ボクはやってないけど、と彼女は最後に付け足す。

 しかし、バイトか……

 労働の経験はあまりないが、しかし学生なら当たり前にやること、と言われれば考えもする。

 前提として、私は模範的大学生になりたいのだ。

 それならば他の学生と同じく、 私もバイトとやらで金を稼ぐべきなのではないか?


「それは学業に支障が出ないようにできるものなのか?」


「まぁあんまりにもそっちにうつつを抜かしすぎて学業に支障出まくりの本末転倒なヤツもいるけど、基本的には大丈夫でしょ、別にアーテルだって朝から晩まで講義が入ってるわけじゃないんだし」


「しかし、バイトというのは金銭の発生する――いわば責任の生じる労働だ、となれば必然的に学業よりもそちらを優先しなければならないのでは?」


「まぁ定期のバイトだったら急な呼び出しとかもあるかもね、だったらまずは日雇いのバイトでもやればいいじゃないか」


「日雇い?」


「読んで字のごとく、一日限りのアルバイトだよ。拘束されても一日だし、こっちが条件を選べるわけだから、自分の空いている日にバイトを入れればいい。それにたいてい金払いがよくて、面倒くさい手続きなしにその場でお給金がもらえる」


「そんなに都合の良いものが存在するのか!?」


 私は思わず声を張り上げてしまった。

 マリウスから教えられた、というのが気にくわないが、しかしこれは天啓である!

 私の知る日当労働とは環境が劣悪で金払いも悪く、なんらかの理由で普通の職に就けない人間がやるものだったのだが、この数百年でかなり形を変えたらしい!

 素晴らしきかな太平の世! それでこそ200年前に人魔大戦を終結させた甲斐があるというもの!


「それは一体どこにいけば見つかる!?」


「本館購買前の掲示板――まぁ皆はふざけてギルドって呼んでるけど、そこに日雇いバイトの募集情報が貼ってあるよ」


「一刻も早く探さねば!」


 思い立ったが吉日、私はすぐさま席を立ち、本館へ向かって駆けだした。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「いひひ、じゃあボクもアーテルのことからかいにいこーっと」


 アーテルの背中が完全に見えなくなってから、マリウスは席を立つ。

 そしていざ購買へ向かおうとしたところ、後ろから手首を掴まれた。

 何かと思って振り返って見れば、そこには向かいのテーブルから身を乗り出して、マリウスの腕を掴み、いっそ不気味な微笑みを称えるソユリの姿が。


「ちょ、え? ソユリなにこの手……?」


「ふふ、いっつもおばあちゃんに話を聞こうとすると途中で逃げられちゃうから、手錠代わりに、ね」


 マリウスの背筋に、ぞくりと悪寒が走る。


「あ、あのボクはちょっと用事が……」


「冷たい事言わないでよおばあちゃん、せっかくだからお昼一緒に食べよ? 話したいこともいーっぱいあるし」


「ま、また今度……」


「ちなみに魔術で逃げたらお母さんに連絡するから」


「ひっ……」


 マリウスは短い悲鳴をあげ、力なく着席した。


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