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25 大賢者、真理に至る


 マリウス・クレイアット。

 かつて私とともに三大賢者の一人と数えられた、名門出の女魔術師である。

 世にも珍しき、柘榴色の髪をした女。


 親譲りの旧態依然とした魔法式をいつまで経っても使い続けた七光りの魔術師。

 そのくせ高慢で自分の才能を信じて疑わない、嫌味ったらしい性格。

 そして極めつけは私にちょっかいをかけることを生き甲斐とする、そのねじ曲がった根性!


 だからこんなことを言うのは本当は死んでも御免なのだが――腐ってもヤツは三大賢者の一人である。

 魔術の腕に関してはそこらの魔術師とは訳が違う!


「――いひひ、逃げな逃げな、ちょっとでも気を抜けば魔護符ごとブチ抜いちゃうよ~」


「くっ!?」


 おそらくあらかじめここら一帯に人払いの魔術を施していたのだろう。彼女の攻撃には一切の容赦がない。

 次々と足元に魔方陣が展開され、すぐに収束し、まるでその箇所だけ見えない隕石でも衝突したかのように陥没する。

 私は自らに身体強化の魔術を重ね掛けしつつ、この追撃から必死で逃げ回った。


 ヤツめ! 私と対決することを見越して、前もってそこら中に最も強力な書き込み法の結界魔術を刻んでおいたのだ!

 私の接触、あるいは彼女の合図によって発動するトラップの数々。

 凄まじい情報量に圧倒され、否定魔方式を組んで反撃する暇もない! 実にヤツらしい姑息な手段である!

 真っ向からの魔術勝負ならヤツに遅れなどとるはずもないのに――


「――とか思っているんだろう? いひひ、残念ながらスマートなボクはそんな汗臭いことしませ~ん。相手の最も嫌がることを選択する、それこそが魔術の真骨頂! それこそがマリウス式さ!」


「この性悪女が!」


 私は懐に忍ばせておいたノートの切れ端を取り出してあらかじめ記しておいた魔法式に羽ペンでエンドマークを打った。

 その瞬間、空中に槍状に成型されたマグマが出現し、マリウス目掛けて射出される。


「おっと、そんな雑な魔法式は通しませんよ、っと!」


 マリウスは黒衣の内側に刻まれた魔法式の一つへエンドマークを打ち、前方に巨大な魔力の歪みを作り出す。

 灼熱の槍はこの魔力の歪みに呑まれ、虚空に消えた。

 クレイアット家秘伝の魔術障壁――やはり仕込んでいたか!


「この魔術障壁を突破するには、そんなインスタントの魔法式じゃなくもっと大規模な書き込み法魔法式じゃなきゃ無理だねえ、まあそんなもの構築する暇なんて勿論与えないんだけど!」


 マリウスが指先をひょいと動かす。

 肌で感じられるほどの大規模な魔力の流れに、私は咄嗟に飛びのく。

 先ほどまで私の立っていた地面に、クレーターが生じた。


 しかし息を吐く間もない。

 私が着地した地点にも魔方陣が組まれており、私はすかさず飛びずさった。

 またもクレーターが出来上がる。


「くそっ! 一体いくつ魔法式を仕込んだ!?」


「そんなことはわざわざ教えられないなぁ、キミを確実に倒せる分、とだけ言っておくよ!」


 それは勿論敵に自らの手の内を教えるわけはないのだが、そんな当たり前のことでもヤツの口から発せられるだけで腹が立つのだから不思議だ!

 しかしいくら頭に血が上ったところでどうしようもなく、私は無数とも思えるほどの魔方陣トラップを躱すことで精いっぱいである!


「さてアーテル、キミはとっても忙しそうだけど、ボクはとっても暇だから勝手に喋ってるね」


 マリウスはこちらが四苦八苦している間に自らの余裕ぶりをアピールするべく、空中に浮かんだ竹箒にねそべりながら言った。


「アーテル、キミのストイックさと謙虚さは昔から凄まじかったね、あと突き抜けた鈍感さ。まったく天晴と言わざるを得ない」


「でもまさかあんなにも腐敗しきったラクスティア魔法大学に入学し、堕落した魔術師たちに囲まれても依然そのスタンスを貫き続けるとはね、もうバカだよバカ」


「間違った知識を得意げに教える凡骨教授、女にモテるための道具としてしか魔術を見ていない色惚け男、演劇なんていうくだらない行事のためにしょっぱい魔術を使うどうしようもない女、エトセトラエトセトラ……ボクは一年間この大学にいたけど、まったく救えない阿呆ばかりさ」


「言っとくけどねえ、彼らはキミが思うような素晴らしい魔術師なんかじゃないよ、実に底が浅くて、魔術のまの字も知らない魔術師のまがいもの、そんな中にキミが混じればどうなる?」


「――十中八九、キミも腐ってしまうよ。三大賢者とも称されたキミは、卒業までの四年間の内に間違いなく堕落する。ああ、悲しいね、イゾルデが見たらなんというか」


 彼女が言葉を紡ぐ間も魔方陣トラップは立て続けに起動し、私を追い詰めてくる。

 時折隙を見て即席の魔法式を構築し、攻撃を試みるが、ことごとく彼女が張り巡らせた魔術障壁によって打ち消されてしまう。

 このままでは私の身体が身体強化魔術に耐え切れなくなり、いずれあの特大の魔方陣トラップを食らうのは目に見えている!


「一人山に籠ってストイックに魔術の研究をしてた方がずっとキミのためだ。どうしても共に学ぶ同志が欲しいというのなら、ボクがなろう。さあ一緒に魔道を究めようじゃないか」


「貴様と二人など今ここで舌を噛み切って死んだ方がマシだ!」


「そ、そこまで言わなくてもいいのに……まぁいいや、力づくで従わせるだけだし!」


 マリウスが今までとは違った動きで――さながら指揮棒でも振るかのように、指を動かす。

 得体の知れない魔法式だ、早々に逃げるに限る。

 そう思っていたのだが、私はここで大きく体勢を崩してしまう。

 先ほどまで何の変哲もなかった地面が、まるで泥のようにぬかるんでいたのだ。


「なっ!?」


「はい、おしまい!」


 マリウスの合図により、凄まじい圧力が上空より私に襲い掛かった。

 すでに地面は元の固さを取り戻しており、私は全身を強く叩きつけられてしまう。

 懐に忍ばせておいた魔護符が、音を立てて破けた。


「ぐっ……!」


「ううん、結構自信作だったのに魔護符が破壊できただけかぁ、まぁこれでもうちょこまか動き回れないでしょ」


 マリウスは、いひひ、と気味の悪い笑い声を漏らして竹箒から飛び降りると、私の事を見下した。

 さぞや気持ちのいいことだろう! 現役時代はいつも立場が逆だったからな!

 なんとか殴りかかろうとするが、強烈な圧力に立ち上がることもできない。できるのはせいぜい腕を僅かに動かすことぐらいだ。


「さぁてアーテル、今回はボクの勝ちさ、これからキミにもう一発適当に魔術をお見舞いして完全決着だけど、何か言いたいことある?」


「……っ」


「恨み言、負け惜しみ、罵声、全部ウェルカム! どれもボクを気持ちよくさせるだけだからさ! いひひ!」


 私は、膨大な圧力により押しつぶされた肺の奥から、なんとか声を絞り出す。


「……は……びだな」


「ん? なんて? もっと大きな声で」


 マリウスはしたり顔で、わざとらしく耳を寄せてきた。

 では、お望みどおりにもう一度言ってやる。


「――耳が遠くなったかマリウス、今日は良い星の並びだな、と言ったんだ」


「えっ?」


 やはりお互い歳は取りたくないものだ。

 耳も遠くなるし、目も霞む。


 耄碌が――すでに糸は張り巡らせてある。

 私が袖口から伸びた糸を指ではじくと、あたり一帯に張り巡らされた糸がびいんとしなり、魔術灯の光を返す。

 ここでようやく、マリウスが糸の存在に気付いた。


「なっ!? なにこの糸!? まさかさっき魔術を躱しながら……!」


「そうだ、魔術灯に引っ掛けた。実に苦労したぞ、糸に魔術が当たらないよう動くのはな」


 しかもこれはただの糸ではない。

 演劇の最中、乱入してきた教学のアルガン・バディーレーが使っていた特製のアラクネ糸を、後学のため頂戴したものである。

 むろん糸に刻まれた魔法式には若干私のアレンジが入っているが。


「く、くそ! 小賢しい! こんな糸すぐに……!」


「――もう遅い、これでエンドマークだ」


 私は土埃に汚れた手でアラクネ糸を握りしめる。

 これがトリガーだ。


 緻密な計算の上張り巡らされたアラクネ糸の魔法式が起動し、糸は疑似的な書き込み法結界魔術と化す。

 しかし、残念ながらこのアラクネ糸に刻まれた魔法式はマリウスの魔術障壁を突破するものではない。

 その役割は目くらまし――


 私は咄嗟に目を伏せ、直後、結界の内側より多彩な火花が生じる。

 これは演劇部部長シュリィ・メルスティナが使っていた“演劇”魔術の応用だ!

 凄まじい音と光が、あっという間に結界の内側を満たした。


「や、やばっ!」


 これを攻撃魔術と勘違いしたマリウスは即座に魔術障壁を最大展開するが、しかし魔術障壁はあくまで魔術を防ぐもの、単純な音と光を防ぐことはできない。

 よって、彼女はまったくの無防備のまま、この凄まじい音と光の奔流に呑みこまれた。


「うぐっ……! 目……目がっ……!?」


 マリウスがうずくまり、魔術による拘束が解ける。

 私はこの一瞬の隙を見計らって余りの羊皮紙を全て取り出し、羽ペンをもって、その一枚一枚に魔法式を書き込んでゆく。

 魔法式はすでに頭の中で構築済み、あとは魔法式の末尾にエンドマークを打ち、羊皮紙をばらまいた。

 散らばった羊皮紙は、接地すると同時に数体のゴーレムを生み出す。


 ここで再び私の身体へ膨大な圧力がのしかかり、無理やり地面に押し倒されてしまう。


「うぐっ!?」


「ふ、ふん! 目くらましからの魔法式構築なんてそんな小細工通用しないよ! あんな僅かな時間じゃ、ボクの魔術障壁を破る魔法式なんて到底組めなかっただろう!?」


 そう言って、彼女はごしごしと目をこすり、そして私たちとは離れた場所で動き回るゴーレムを見た。


「って、なにかと思えばゴーレム? どうして今更あんな前時代の遺物を……確かに錬金術でできたあいつらに魔術障壁は効かないだろうけど、この真剣勝負であんな泥人形に頼るなんて勝負を捨てたのかいアーテル!?」


 私は答えない。

 ただ、這いつくばった体勢で、じっとヤツの目を見据えている。

 彼女は、やはりいひひと口元を歪めた。


「どうやら本当に万策尽きたみたいだねぇアーテル、見ろよ、キミの作ったゴーレムがあんなところでダンスをしているじゃないか。この土壇場で、命令の書き込みをミスったね?」


 彼女の言う通り、数体のゴーレムたちはマリウスを攻撃するでもなく、こちらから遠く離れた位置でくるくると踊っている。

 マリウスはゴーレムの不格好なダンスを見て、腹を抱えて笑っていた。


 ……まったく、マリウスは私の事を謙虚と言っていたな。

 そんなこと一度も思ったことは無いが、しかしお前の傲慢さと比べれば、私も胸を張って「自らは謙虚だ!」と宣言できる。

 慢心せず、適当な魔術ですぐにゴーレムを潰していれば貴様が負けることもなかったろうに。


「マリウス、お前は相変わらず頭が固いな」


「……この期に及んで、なんだいいきなり? もしかして負け惜しみ?」


「いや、いや、そんなものではない、ただ昔馴染みにアドバイスをしているだけだ」


 マリウスが訝しげに眉をひそめた。

 私は彼女の愚かさをにやりと笑ってやる。


「マリウスよ、私は今日一日、実に多くの魔術師と接し、実に多くのことを学んだぞ」


「あんな堕落した魔術師たちからいったい何を学ぶというのさ」


「いいや、もう一度言おう、魔術は堕落などしていない」


 私は、はっきりと断言した。


「貴様の目は節穴だよマリウス・クレイアット。一年もの間大学にいて、まだ彼らの素晴らしさに気付かぬとは。――時代は変わった。ただ人を傷つけるだけのものが魔術と呼ばれる時代は、とうに終わったのだ」


「だから! なにが言いたいんだアーテル・ヴィート・アルバリス!」


「――学生の本懐は予習と復習、基礎と応用、ということだよ」


 その瞬間、書き込み法魔法式の構築が完了する。

 この膨大な魔力の流れを感じて、マリウスが目を丸くした。


「な、なにこの気配! 魔法式を書き込む暇なんて与えなかったはずだぞ!?」


「もちろん、そんな暇私にはなかった、だから彼らに書いてもらったのだ」


 マリウスがはっとして“彼ら”を見やる。

 その“彼ら”とは、言うまでもない。私の作り上げた、数体のゴーレムだ。


「ま、まさかあれは……!」


「そうとも、踊っているのではない、泥で魔法式を書いているのだ」


「バカな! ゴーレムにそんな繊細な動きが出来るはず……!」


 むろん、通常の錬金術で組み立てたゴーレムならば、こんなことはできない。

 錬金式と魔法式の融合。

 これはかねてより考えていたことだが、最終的には“星見の森”新歓コンパで例の三人組の披露した一発芸が生きた。

 私は先ほどゴーレム作成のために使われる羊皮紙へ、星の並びを利用して緻密なコントロールを可能とする魔法式を書き加えたのだ。


 そしてマリウスが悠長に私の話を聞いている間に特大の書き取り法結界魔術――その魔法式の構築が完了した、というわけである。


「く、クソ! 時代遅れのアンティーク風情が! すぐに結界魔術で潰してやる!」


 マリウスが魔術の予備動作に入るが、すでに魔法式の構築は最終段階に入っている!


「もう遅い! これがエンドマークだ!」


 泥により刻まれた巨大な結界の中心に、役目を終えたゴーレムたちが集合する。

 そして錬金式により刻まれた「自壊」の命令により、彼らはひとまとまりの泥となって崩れ落ち、地面に巨大な泥の山を作った。

 これが、この魔法式のエンドマークである!


 特大の結界魔術が発動する。

 地面に塗りたくられた泥が光を放ち、光は徐々に内側へ収束していく。

 そして最終的にこの光は、結界の中央に積み重なった泥の山へと宿った。


「――かつて錬金術師たちは金を錬成するべくしてその道を進み、この過程で様々な技術を生み出したが、結局のところ誰一人として悲願を成し遂げることは無く、滅びてしまった。私は彼らがどうして錬金に失敗してしまったのか、今なら分かる気がするよ」


 泥に宿った光は、徐々に黄金色に変わっていき、泥もまた黄金色に変色していく。

 いや、変色しているのではない、泥自体が変質しているのだ。

 マリウスは「ひっ」と短く悲鳴をもらし、その場で腰を抜かしてしまう。


「思うに、彼らは大学を知らなかったのだ。共に学び、共に分かち合い、共に研鑽する。こんなにも素晴らしい場所を知らなかった」


 泥の山が見る見るうちに膨張していき、やがて、あるものを形作る。

 それは巨人であった。

 しかし先ほどまでのゴーレムとは比べるべくもない。

 ラクスティア魔法大学校舎にも匹敵するほどの泥の巨人が、結界の中央より生まれ出でたのだ。


 いや、泥というのは最早訂正しなければならない。

 それは、まぎれもなく“黄金”である。


「――大学生になれば賢者の石なぞなくとも、金が作れるようになる」


 黄金の巨人が、私たちを見下ろしている。

 これに睨まれたマリウスは、先ほどまでの余裕がどこへやら、今にも泣き出しそうなくらいに顔を歪めた。


「こ、ここここ、こんなモノ……! ボクの結界魔術にかかればっ……!」


 またあの時のように小便を漏らしてしまうのではないかと不安で仕方なかったが、彼女はギリギリのところで持ちこたえた。

 マリウスは例の魔方陣トラップを矢継ぎ早に発動させ、黄金の巨人を攻撃する。

 しかし、巨人は微動だにしない。


「無駄だ、金は純度が高ければ高いほど魔術を通さなくなる、昔勉強しただろう。さあやはり今回も私の勝ちだったな」


「ず、ずるいずるいずるい! 昔はこんな魔術絶対に使わなかったじゃないか! せっかく対策しまくったのにこんなの……! ――降参! 降参するから! 痛いのだけは勘弁して!!」


「断る」


 巨人がマリウス目掛けて拳を振り上げる。

 マリウスは涙目になりながらみっともなくじたばたしているが、これで決着だ。


 そう確信した、その時。


「――おばあちゃん!?」


 背後から声がして、私は慌てて巨人への命令を一時中断する。


 見ると――どうやら先ほどの演劇魔術の際に目を覚ましてしまったらしい。

 マリウスの作り出した隔絶魔術の泡の中で、ソユリが驚いたようにこちらを見つめていた。

 正確には、今にも漏らしそうになっているマリウスの方をだ。


 ……おばあちゃん?


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