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22 大賢者、天体観測を楽しむ


 随分と長い間席を空けてしまった。

 大事な懇親会の場でなんと無礼なことを、これでは咎められるのもやむなしだ……

 例の三人組とともにお手洗いから戻る最中はそんなことを考えて頭を抱えていたのだが、いざテーブルへ戻ってみれば、どういうわけかそれまで談笑していた女子諸君が一斉に私の下へと殺到した。

 それがあまりの迫力だったので、つい身構えてしまったほどだ。


「――ねえアーテル君、だよね!? どこの学科!?」


「出身は? 今どのへんに住んでるの?」


「ソユリちゃんからさっきのカクテル一口もらったんだけど すごく美味しかった! 普段からああいうの作るの!?」


「む……」


 怒涛の質問攻めで、思わず言葉に詰まってしまう。

 先ほどまでのクロウス部長に対する釘付けぶりが嘘のようだ。


 突然のことに困惑して、助けを求めるようにソユリの方を見やる。

 しかし彼女は何故かぷくうと頬を膨らませながら、私の作ったカクテルをちびちび飲んでおり、一向にこちらと目を合わせてくれない。

 酔いが回り始めたのか目がとろんとしており、少々頬が赤らんでいたことも補足しておこう。


 それでは部長――

 そう思ってクロウス部長の方を見やれば、こちらもまた私には分かりかねる複雑怪奇な表情で、度数の高い酒を舐めていた。

 笑っていることには笑っているのだが、それは当初の柔和な笑みというより、無理やり貼り付けたようなぎこちない笑みである。

 そんな表情で、私の事をじっと見据えている。


「おや、アーテル君、ずいぶんと長い連れションだったじゃないか」


 しかしそこはやはりサークルを束ねる部長である。

 女子に囲まれてしどろもどろになっている私に、即座に助け舟を出してくれたではないか。


「すまない、存外彼らとの会話が弾んでしまい、席を空けてしまった」


 私の後ろに控える三人組を指す。

 彼らは一向に目を伏せたままで、どうにも居づらそうだ。

 部長は「へえ……」と品定めするような目で、三人を眺めた。


「……いやいや謝ることじゃないよ、この会を通して皆が仲良くなってくれるならそれがなによりだ。とりあえず席に着いたらどうだい?」


「気遣い、痛み入る」


 私は偉大なる先輩に軽く会釈をして、席に着く。

 私の周りに群がっていた彼女らも席へと戻り、そして三人組も席へと着いた。


「――さて、じゃあ男子諸君も戻ってきたところで仕切り直しといこうじゃないか! マスター! いつものを!」


「おう! クロウス君は本当に好きだねえ! はいよ!」


 やはり驚異的な早さで、店主がボトルとグラス、そしてシェイカーを運んでくる。

 ソユリを除く女子たちはこれからの展開に期待するかのような声をあげ。

 そして男子三人組はそれとはまた別種の、驚愕の声をあげた。


 男子諸君の驚愕の理由を、私は知っている。

 この展開がまさに私がトイレで話した通りのものだったからだ。


「じゃあ皆、見ててな!」


 そう言ってクロウス部長は前回と同じく酒を調合し、慣れた手つきでシェイカーを上下に振ると、グラスへこれを注ぎ込んだ。

 しかし、女子諸君からの歓声はあがらなかった。

 何故ならばグラスに注がれた液体が、まるで夜の闇を切り取ったかのごとくどす黒かったためである。


「す、すごいですね、真っ黒……」


「あの、これ飲めるんですか……?」


 女子諸君は、皆はっきりと口に出さねどこれを気味悪がっているようだった。

 しかしクロウス部長は、この反応も織り込み済みだったらしく、得意げに胸を張っている。


「まぁまぁ、待ってくれよ、これで終わりなわけないじゃないか」


 クロウス部長はそう言って、詠唱の言葉を呟く。

 やがて口唱法による魔法式の証明が完了し、どす黒く染まったグラスの中に淡い光を放つ球形の氷が現れた。


 しかし、ここまでは先ほどのカクテルとほとんど同じ上に、先ほどと比べて見栄えが悪い。

 おそらく全員がそれを感じていたのだろう。反応に困って口をつぐんでいると――最後の魔法式が起動し、グラスの中で氷が弾けた。

 極小の粒となった氷がグラス中に広がり、そのそれぞれがどす黒い液体の中で光を放っている。


 こうなれば一転、まるでグラスの中に満天の星空を閉じ込めたようになり、それまで微妙な反応を示していた女子たちのテンションは最高潮に達する。


「きゃーっ!?!?」


「すごい! 星空みたい!」


「――どうだい? オレのとっておきのオリジナル・カクテル、名付けて“星見の森”だ。シャーベット状になった氷が特に女子に人気でね、さあ飲んでみてよ」


 クロウス部長は、このオリジナル・カクテルをソユリの前に差し出す。

 それまでどこか呆けたような表情で虚空を見つめていたソユリは、これに気付いて、ぶんぶんと両手を振った。


「え、いえ! あの、私もういっぱいいっぱいですから! そんな……!」


「遠慮しないでよ、ほら、さっきのアーテル君の素晴らしいカクテルを見たら、オレも対抗心が出ちゃったんだ。是非判定してほしいね」


「で、でも私……!」


「え~ソユリちゃんもらっちゃいなよ~」


 どうやら遠慮している、とかではなく、本気で嫌がっているようだったが、やはり周りの声に押されて、ソユリは渋々グラスを手に取る。

 そしておそるおそるこれを口に含むと、一瞬ぎゅっと顔をしかめたが、すぐに笑顔を作って


「お、美味しいですよ……」


「アーテル君のカクテルとどっちが美味しいかな」


「それは断然アー……あ、いえ! 甲乙つけがたいと言いますか、その、どちらも美味しいです……」


 これを聞いてクロウス部長の顔がほんの数秒歪んだように見えたが、気付いたら柔和な笑みが張り付いている。

 彼はふふんと鼻を鳴らし、私の方を見やった。


「残念ながら引・き・分・け、みたいだ。いやぁ、先輩としてのメンツ、潰れちゃったかな」


 私はこれに応える。


「――いや、私ごときがいくら一時小手先の技術をひけらかしたところで偉大なる先輩の名誉に傷がつくことなど決してない。どこまでも広がる大海と水溜まりを比するようなものだ」


 正直な感想を述べたまでなのだが、何故か周囲から「おお……」と感嘆したような言葉があがった。

 反対に、クロウス部長のこめかみには青筋が浮かんでいる。


「……まぁ、いいや、そしてもちろん新入生を歓迎する場で、オレだけが目立つのはよろしくない。次はサヌハ君、キミが何か一発芸を披露する番だ」


 ――来た。

 男子三人組と目配せをする。


 クロウス部長が再びオリジナル・カクテルによる一発芸を披露し、次に三人組の誰か――おそらくサヌハかカイリに一発芸を披露する機会を与える。

 ここまで全て私の予想通り、そしてお手洗いで彼らに話した通りの展開だ。


 それまでどこか心もとない様子だったカイリが、ようやく覚悟を決めたらしく目つきが変わる。

 そして颯爽と立ち上がると、部長にこう進言した。


「も、もちろんやらせていただきます。でも、そのできれば俺と、オルゴとカイリの三人で、一つの一発芸をさせていただいてもよろしいでしょうか」


「三人で?」


 部長は訝しげに繰り返した。

 しかし、やはり彼はその懐の深さをもって、すぐに柔和な笑みを取り戻し。


「――もちろんいいとも! 面白ければね……!」


「あ、ありがとうございます!」


 言質をとった。

 それを確認した瞬間、他の二人も立ち上がり、懐からノートの切れ端を取り出す。

 そこには、私の指導の下、トイレであらかじめ書き込んでおいた魔法式が記されており、あとはエンドマークを打つだけで証明完了、という具合だ。

 女子諸君はこの統制された動きに「なになに?」と注目を集める。店内の人間も、ちらほらとこちらへ注意を向け始めていた。

 このあたりで、クロウス部長の表情が僅かに曇る。


 オルゴが、一度不安そうにこちらを見た。

 私は彼に対し、アイコンタクトで「遠慮なくやってやれ」と激励を送る。


 オルゴもこれでいよいよ腹を括ったらしく、声高に宣言した。


「――では僭越ながら、天文サークル“星見の森”にちなんで、一発芸を披露したいと思います!」


 その言葉を合図に、彼らは一斉に魔法式の末尾へエンドマークを打つ。

 そして先駆けとして、オルゴが再び、グラスを持ち上げて勢いよくひっくり返した。


 すると溢れだした液体は、空中で一旦停止し、そして四方八方へ飛散した。

 誰かが悲鳴をあげる。

 だが、その誰かが懸念したような事態にはならなかった。


 飛散した雫はある種規則正しい並びで空中に留まり、オルゴを軸としてゆっくり旋回し始めたのだ。

 雫はその一つ一つが店内を満たす明かりを反射して、きらきらと光り輝いている。

 それはまさしく、オルゴを中心として展開された天体――そのものであった。


「なっ……!?」


 クロウス部長が驚愕の声をあげる。

 これを皮切りにして、テーブル全体。ひいては店内から歓声があがった。


「おおお!?」


「す、すげえ! 天象儀(プラネタリウム)だ!」


「すごーい! オシャレ!」


 店内から拍手が上がり始める。

 オルゴが嬉しそうな表情でこちらを見やったので、私もまた拍手で彼を称えた。

 ふむ、なかなか良い出来だ。


 だが、これで終わりではない。次はサヌハだ。


 サヌハはオルゴに同じく、手元のグラスをひっくり返す。

 すると零れた液体が即座に凍り付き、実に美しい、数体のミニチュアの氷の人形(ひとがた)が生まれ落ちた。

 これだけでも観衆は声をあげたのだが、むろんそれだけではない。

 氷の人形は自立し、まるでオルゴの周りに浮かぶ星々に導かれるかのごとく、テーブル上でダンスを始めたのだ。


 女子諸君が両手を口にあて、驚きを隠しきれない様子だ。

 クロウス部長に至っては、「な……な……」と言葉にならない声をもらしている。

 そして仕上げはカイリ。


 彼がオルゴの周囲に浮かぶ星々を軽く指でつつくと――これに反応して、星々に“色”がついたではないか。

 カイリはこれが成功したのを見て取ると、順番に星々を指でつつき始める。

 これにより、星々は多彩に彩られ、実にカラフルな天象儀(プラネタリウム)がこの場に展開される。


 この時の盛り上がりようと言えばもう、言葉で言い表すのすら難しい。

 ただ一つ言えること、それはこの素晴らしい一発芸が、店内全ての人間の心を鷲掴みにしたということだ。


 もはやマトモな言葉を発する人間はいなかった。

 皆が皆、それ以上の賛辞を知らないというように咆哮にも似た歓声をあげ、無意識に拍手を送っている。

 女子諸君にいたっては、あまりの美しさに見惚れて言葉を失う者さえいる始末で、ソユリもまたその一人だった。


「あっ……アーテルさんっ!」


 三人組が一発芸の成功に感極まり、私の名前を呼びかける。

 私はやはり拍手をもってこれに応えた。


「あ、ありがとうございますっ……!」


 オルゴが私に感謝の言葉を述べたが、それは筋違いである。

 私はただ知恵を与えただけだ。


 さて、トイレで彼らに伝授した一発芸とは――かつて三大賢者として肩を並べた、イゾルデ・フランケンシュタインの得意魔術、天体を魔方陣に見立てた結界魔術の応用だ。

 星の並びとは不思議なもので、一見無秩序に見えるが、実はたいへん規則だった美しい方程式を描いている。

 これを特殊な魔方式をもって利用することにより、このように通常の魔術では不可能な実に繊細な魔術の行使が可能となるのだ。


 オルゴは結界魔術科所属、ということもあり、最も難しい天体のコントロールを。

 魔道具制作科所属のサヌハには氷の人形が魔術を通しやすくなるよう絶妙な調整を。

 そして美的センスに秀でたカイリには、星々に見立てた液体が衝撃を受けると色が変わるよう細工する役目を務めた。


 天体を利用し、天体を再現するという必然性!

 更には異なる能力を持った三人が団結することで魔術を次のステージに引き上げる必然性!

 これこそが、星見の森新歓コンパで求められる一発芸の、その最適解である!

 クロウス部長の期待にも応えられたことだろう!


 そう思って、いたのだが。


「――なんて女々しい魔術だ」


 クロウス部長が、吐き捨てるように言った。


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