21 大賢者、喝を入れる
「――頼む! ボクたちを助けてくれ!」
僭越ながら「新歓コンパの場で一発芸を披露する」という大役をクロウス部長より任され、オリジナル・カクテルを作るという苦肉の策でなんとか場を切り抜けた、そののちの話だ。
会合はまだ始まったばかりだが、次の機会までにもっとちゃんと人に見せられるレベルの一発芸を用意しておこう。
そう心に誓い、お手洗いへ行くために席を立つとオルゴ、サヌハ、カイリの三人組が私の後についてきた。
彼らもお手洗いだろうか? しかし三人揃って?
なんとなく腑に落ちないままお手洗いの前までやってくると、突然後ろの三人組にトイレへ押し込まれ、鍵をかけられた。
一体何事か!?
突然の出来事に困惑し、咄嗟に彼らの方へ振り返ってみれば、オルゴを始めとした三人が深々と頭を下げており冒頭の台詞である。
「……助けてくれ、とはどういうことだ?」
私が尋ねかけると、オルゴは勢いよく顔を上げて答えた。
「ボクたちは星見の森の部長、クロウス・ケイクライト――あのクソ野郎に騙されたんだ!」
「クソ野郎?」
私は眉間にシワを寄せる。
あんなにも人望の厚い人間をクソ野郎呼ばわりとは……にわかには信じがたい。
とりあえず、話を聞こう。
「――ボクたちは入学式が終わってすぐ、アイツに声をかけられたんだ。天文サークル「星見の森」の新歓に参加してみないか? とね……」
「さ、最初は断ったんだぞ……俺たち天文なんて微塵も興味なかったし……でも、クロウスのクソ野郎が、その……」
「“このサークルに入れば、星を見るのが好きなぱやぱや~っとした感じの女の子とゆる~く仲良くなれるよ”とおっしゃって……我々まんまとこの甘言に乗せられた次第であります」
オルゴ、サヌハ、カイリの三人が順番に言葉を引き継ぐ。
私は彼らの今にも消え入りそうな言葉に、注意深く耳を傾けた。
「そ、そりゃあボクたちだって少なからず桃色のキャンパス・ライフを夢に見ていたんだ! 仕方ないだろう!? でも……チクショウ! これはアイツの罠だったんだ!」
「クロウスのクソ野郎……! アイツは何も知らない新入生女子を食うために、俺たちをダシにするつもりで新歓に呼んだんだ……!」
「さっきのオルゴ殿への無茶振りなんて序の口、貴公がここへ到着するまでの間に我々はひとしきり辱められ、気付けば女子諸君はクロウス殿に釘付けでござる……」
「他の男を下げることで自分を上げる! なんて野蛮で卑劣な手段だと、そう思わないかい!?」
「何も知らない新入生相手に先輩の特権をフル活用しやがって……とんだ下衆野郎だ……!」
「ああ、最悪のキャンパス・ライフの幕開けでござる……」
「――と、そんな絶望的な状況下に現れたのがキミだ!」
ここで、オルゴが私の事を指さした。
「キミはあのいけ好かないクソ野郎に一矢報いた! あの時のアイツの顔と言ったら、もう……とにかく傑作だった! だからこそ頼みたいんだ!」
「……何をだ」
「どうか! どうか今一度! あのクソ野郎が今後の学生生活で一切女の子が寄り付かなくなるぐらい辱めてほしいんだ! そしたらボクらも報われる!」
お願いします!
三人は声を揃えて言った。
……なるほど、事情は大体分かった。
ならば私にできることは一つ。
私は彼らの前に一歩、歩み出る。
「顔を上げろ、オルゴ・ノクテル」
「アーテル君! キミはやっぱり……!」
「――そして歯を食いしばれ」
「えっ……ぶごぉあっ!?」
オルゴが豚のような悲鳴をあげて吹っ飛び、そして全身を強く壁に打ち付けた。
私にできること、それは言わずもがな。
全力の拳をもって彼の気合を入れ直してやることだ。
「オルゴ殿!? 貴君いったいなんのつもりでおぶぅっ!?」
「お、おいお前いきなげぶぅっ!」
勿論、すかさず隣の二人、カイリとサヌハも拳で打ち据えてやった。
二人ともオルゴに同じく吹っ飛んで、全身を壁に強く打ち付け、そのまま床に横たわる。
この時、二人はオルゴに覆いかぶさるかたちとなって、下敷きになったオルゴは「ぐえっ」と悲鳴をあげ、目を白黒させた。
「なっ、なんで殴るんだよ!? ボクらの話聞いてただろ!?」
オルゴは床に這いつくばりながら声を荒げて抗議してくる。
まさか自分たちが殴られた理由も分からぬとは……
私はいよいよ情けなくなってしまい、大きな溜息をひとつ吐き出した。
「ああ、聞いていたとも、一言一句逃さずに。その結果として私の拳が飛んだのだ。ああまったく、まったくもって嘆かわしい」
「なんでボクらが嘆かれてるのさ!? あのクソ野郎の下劣な品性に対してならともかく……!」
「――今すぐその口を閉じ起立せよこの軟弱ものどもが!」
「ヒッ!?」
私が怒鳴りつけると、彼らは短い悲鳴をあげて即座に立ち上がり、気を付けの姿勢をとった。
齢300を超えるこの私が、自らの十分の一も生きていないような若人たちを怒鳴りつけるなど普段ならば絶対にしないことなのだが、これにはさすがの私も我慢ならなかった。
年甲斐もなく、煮えたぎった溶岩のような感情がふつふつと胸の内に湧き出してくるのを感じる。
私は先頭に立つオルゴを鋭く睨みつけ、問う。
「……オルゴ・ノクテル、お前は何故このラクスティア魔法大学へ入学した」
「え、いや、なんでそんな質問……」
「答えろ!!」
「――ラクスティア魔法大学を卒業すれば将来就職で有利になるからです!!」
「サヌハ・フロイグ!」
「とりあえず大学は出ておきたかったからです!!」
「カイリ・ルーキンス!」
「た、単純に大学生になりたかったのでござる!!」
なんだ三人ともしっかり声は出るじゃないか。
そして彼ら三人が述べた大学入学の動機、特に問題はない。
魔術に関する職で目指すところがあるのならば良い。
とりあえず、という言い方に若干の違和感を覚えるが、それでも魔術を学ぶことに義務感を感じているのは素晴らしい。
単純に大学生になりたかっただけ? ――大いに結構。
魔道の極致を共に目指す同士を見つけ、お互いに研鑽しながら、輝かしきキャンパス・ライフを送る。
決して私がそうであったからと言うわけではないが、向上心が高くなによりだ。
だが、だが……
「お前らはまだ魔道の極致へ至るその道の、門前にすら立てていない!!」
「魔道……?」
オルゴは、まるでそれが初めて聞く言葉であるかのように繰り返した。
そんな府抜けた様子にまた憤りを感じ、私は声を張り上げる。
「――いいか! 遥か昔に大戦は終結し、世界は平和となり、魔道もまた修羅の道ではなくなった! だが、それは魔術の堕落を意味するわけでは決してない! 生きるためでなく、戦うためでなく、ただ純粋に魔術を究めることができる! 我々魔術師は魔道の極致へと大きく前進したのだ! それがお前らときたら――どうだ!?」
呆けた表情の彼らを見渡す。
まったく誇り高き大学生が雁首揃えて、なんという体たらくだ!
「女子と仲良くなりたい――だと!? ラクスティア魔法大学へ入学できるほどの優れた魔術師でありながら、目的としてでなく手段として魔術を使ったな!? 新入生の私が言うのもなんだが、お前らは大学で学ぶことのなんたるかを毛ほども理解していない!」
これに対し、今まで固まっているだけだった三人組が一斉に抗議してくる。
「で、でもそれは理想論だ! ボクたちは魔術師である以前に人間! しかも男なんだ!」
「そりゃモテてえに決まってんだろ!」
「これを責めたてる権利が貴君にはあるのか!?」
「そうだ! キミは顔かたちもいいし、自分への自信で満ち溢れているように見える! それになによりあんなお洒落なカクテルまで作れて、さぞかし女にモテるんだろう!?」
「アンタに童貞の苦しみが分かるか!」
「夜のシェイカーめ!」
三人は順番にぎゃあぎゃあ喚きたててくる。
その様はまるで親鳥から餌をねだり、ただ口をぱくぱくさせているだけの雛鳥だ。
私は再び、大きな溜息を吐いた。
「……今、童貞といったか」
「ああ、言ったさ! 悪いかよ!? そうともボクたちは全員女の子に触ったことも……」
「私も童貞だが」
あれだけうるさかった三人組が、ぴきりと凍り付いた。
……まったく、ようやく静かになったな。
「……私は魔道に全てを捧げると決めた身、色恋沙汰などてんで分からん。とはいえ貴様らの抑えきれぬ情動についても理解はしている。だが、これを抑え込まずして何が魔術師か。だからこそクロウス部長は試しているのだ」
「た、試す?」
「そうだ、彼はお前たちの五体から滲み出る軟派な雰囲気を見て取り、お前らにラクスティア魔法大学で学ぶことがいかなることか、教えようとしてくれているのだろう」
「それは……」
三人が顔を見合わせる。
「多分ないと思うけど」
「――何故そう言い切れる!」
「ヒッ!?」
オルゴの身体がびくりと跳ねた。
「愚かな者ほど一つの面で物事を捉えようとするものだ! お前たちはたった数時間かそこら話した程度で、クロウス先輩のいったい何を知ったというのだ!?」
「き、キミだってあの男を買いかぶりすぎだ! あんな下半身に脳味噌がついてるようなヤツをどうしてそこまで!?」
「――まだ分からんか! 彼はチャンスを与えてくれているのだぞ!」
「チャンス……?」
「そうだオルゴ・ノクテル! お前は一発芸で何をした!」
「え……魔術で空気中に酒を固定して、それの一気飲みだけど……」
「地味だ! しかも酒の席であえてやる必要性を感じない!」
「ダメ出しですか!?」
「クロウス部長も心の中ではそう思っていたはず! そしてこうも思ったはずだ! せっかくチャンスを与えたのだが、やはり軟派者にはこの程度の芸しか出来ぬか……と!」
「うぐっ!?」
オルゴは自身の失態を思い起こしたらしく、苦しそうな顔で呻いた。
「いいか! クロウス部長はお前たちの軟派な雰囲気を感じ取り、あえて女子諸君の注目を自らに集め、その上でお前たちに一発芸という形で挽回のチャンスを与えたのだ! 彼は声に出さねどこう言っている! ――軟弱者どもが! そんなにも女子と仲良くなりたいのならば魔術をもって力を示し、女子の注目を勝ち取るがいい! と!」
「そ、そうなの、か……?」
「そうだ!」
「だ、だけどそれはあまりに酷でござる! こっちは新入生で、しかも今まで女っ気なぞ皆無!」
「いきなり女の子にウケる一発芸なんてできるはずもない!」
「……まったく仕方のないヤツらだ」
そう言って私は身体を翻し、トイレに設置された唯一の窓をおもむろに開け放った。
更に窓から身を乗り出し、夜空を見上げる。
そこからは、満点の星空が望めた。
「ふむ……良い星の並びだな」
「き、キミはいったいなにを……」
私の突然の行動を不審に思ったのだろう、オルゴを始めとした三人が、こちらの様子をうかがっている。
私はそんな彼らに振り返り、言った。
「迷える子羊たちよ、魔術師としてはまだまだ未熟な私ではあるが、今日はお前らを深遠なる魔術世界へと案内しよう、すなわち――一発芸を伝授する」





