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17 大賢者、再び古の黒竜と契約を交わす


「な、なんで!?」


 黒竜の娘とともに暮らす、それを伝えた瞬間、先ほどまでのしおらしさはどこへやら。

 ソユリは一気にこちらへ詰め寄ってきて、胸倉さえ掴みそうな勢いでまくし立てた。

 はからずも、恐怖を感じてしまう。


「な、何故とは……まさか今までのように竜舎で寝かせるわけにもいかないだろう、もう見ての通りの人間なのだから」


 そう言って、私は背中におぶった少女――黒竜の娘を見やる。

 私も、人化の魔術については不明瞭な部分が多い。

 人化した際の性別は? 年齢は? 知能レベルは?

 そういった部分が、術の複雑さに対して試行回数が少ないせいで、どうも不確定なのである。


 だが、彼女の幼げな顔立ちや背丈から推測するに、人間でいえばきっと12、3歳ぐらいか?

 透き通るような黒髪と、これに対比して白くきめ細やかな肌は、なるほど年齢相応である。

 こんな少女を元の薄汚い竜舎などに押し込めた日には、数日の内に衰弱死することは必至だ。


「数百年単位で封印されていたのだ、よもや我々のように“アパート”を借りているわけもないだろう、印鑑も敷金も持っていなさそうだしな」


「じゃ、じゃあそもそも、なんで人化の魔術なんて使ったの!?」


「よくぞ聞いてくれた」


 私はにやりと口元を歪める。


「単純な理由だ、彼女は魔族でありながらに魔術を使った」


「あ、あの時、私を閉じ込めたやつ……?」


 そう、演劇の最中、暴走した黒竜がソユリを捕える際に作り出した石の牢こそ魔術の産物に他ならない。

 単純で無駄は多いが、しかし、なんにせよ彼女は無詠唱で魔術を発動させた。

 大学の敷地内を全て焼き尽くすレベルの神秘などさした問題ではない、私はこれにいたく心を打たれたのだ。


「そもそも魔術というのは魔族との相性が絶望的に悪い、元より“神秘”という強大な力を持つ魔族に対抗するため人間の生み出した対抗手段こそが魔術なのだから」


「あ、うん、それは昔授業で聞いたことがあるけど……」


「――しかし、彼女は魔術を“学んだ”のだ! 人間への復讐心から見様見真似で魔術を覚えた! これがどれだけ私の常識を揺るがしたことか! つまり――」


 思わず笑みがこぼれてしまう。

 ソユリはごくりと唾を飲み、神妙な面持ちで私を見つめている。

 では期待にお応えして、その言葉を続けよう!


「――彼女には“大学生”の素質がある!」


「へ?」


 ソユリが素っ頓狂な声をもらした。

 うむ、聞こえなかったのか?


「彼女はラクスティア魔法大学に入学し、共に学び、共に魔術を研鑽する、我らが学友となれる素質があるということだ! さすがに竜の姿では入学できなかろう?」


「え、ええと……確かにラクスティア魔法大学は入学試験さえパスできれば誰でも入学できるけど……それは」


「だから私とともに暮らし、来年に向けてみっちり受験勉強だ」


「受験、勉強……?」


 彼女はその単語を反芻すると、へなへなと崩れ落ちた。


「どうしたソユリ」


「……まだ出会って一日も経ってないのに、アーテル君には驚かされっぱなしだよ……まさか竜を人の姿に変えて大学へ入学させようだなんて……」


「うむ? そんなにおかしいことか?」


 至極真っ当な理論だと思ったのだが――と、その時である。


「――そうはいくか忌々しい魔術師めが!」


 突然、後ろから首筋を引っかかれた。

 魔護符のおかげでダメージはないが、わずかに怯んだ隙をついて、背中におぶっていた黒竜の娘が私の腕を振りほどき、飛びずさった。


「なんだお前、起きていたのか」


 彼女は小さな肩をわなわなと震わせ、こちらを睨みつけている。


「一体どういうつもりなのかと気を失ったふりをして聞き耳を立てていればまさかそんなバカバカしい理由で我をこのような姿に……! 我はあの時、敗れれば死する覚悟で貴様に挑んだのだ!」


「地獄で貴様を待っている、だったか?」


「あああああああああああ!! 言うな! 屈辱! これは耐えがたき屈辱だ!」


 言葉遣いは相変わらず竜であった頃と変わっていないが、しかし年相応の可愛らしい声によるものなので迫力も激減だな。

 頭を抱えて唸る姿も、欲しいお菓子を買ってもらえず駄々をこねる子どものようにしか見えない。

 実際、これを見たソユリは「あれ? ちょっとかわいいかも……」などと漏らしている。

 そしてこの呟きはしっかりとその耳に届いたらしく、黒竜の娘はかああっと顔を赤くした。


「ともかく! 誰が貴様とともに暮らしたりするものか! 我を生かしておいたことすぐに後悔させてくれるわ!」


 そんな捨て台詞を残して、黒竜の娘は私たちと反対方向に駆けだす。

 私たちがそんな後ろ姿を見守っていると、彼女は数メートルほどいってから何もないところに躓き、「ぎゃ」と短い悲鳴をあげて盛大に転んでしまった。

 恥の上塗りとはこのことである。


「おい、大丈夫か」


「な、なんだ……!? 貴様魔術を使ったか!?」


「お前が勝手に転んだだけだ」


 二足歩行で転ぶなど初めての経験なのだろう、彼女は混乱のあまり涙目になっている。

 完全に見た目通りの子どもである。


「こ、転ぶ……!? 馬鹿な! 誇り高き竜族である我が……痛い! 焼けるように痛い!」


「あーあー、りゅーちゃん膝すりむいちゃってる、絆創膏持ってるからとりあえず応急処置しないとね」


「何がりゅーちゃんだ! 子ども扱いするな小娘!」


「はいはい小娘ですよ~」


 ソユリがぎゃあぎゃあと暴れる黒竜の娘を押さえつけて、すりむいた箇所に絆創膏を貼っていた。

 どうやらソユリはもう彼女の扱いを心得たようだ。さすがの適応力である。

 まぁ、それはともかく。


「黒竜の娘よ、人の身体がいかに脆弱かこれで分かっただろう? 参考までにこれからどうするつもりだったか聞いてやる」


「ふん! 知れたこと! なんにせよ我は自由になったのだ! これから我が故郷へ舞い戻って力を蓄え、再び貴様を殺しに来る!」


「お前の故郷までどうやって戻るのだ? 翼はもうないぞ」


「な、ならば誰も寄り付かぬ山奥にて息を潜め、野生の獣を食らい……!」


「今のお前が野良猫にも負ける程度のバイタリティだということを忘れるな」


「ぐ……!? ……も、問題ではない! 屈辱だがしばらくはこの人間社会に息を潜め、いずれ貴様への復讐を……」


「印鑑は? 本人証明書は? 保証人は? 私ですら苦戦を強いられる“手続き”の数々を、人間社会に不慣れのお前がはたしてこなせるかどうか……」


「なにもできんなこの身体は!?」


 その通りだ。

 少なくとも膝小僧に絆創膏を貼り付けた今のお前が、易々とこなせるほど人間社会は甘くない。


「ふ、ふん! ならばこの忌々しき魔術を解いて本来の姿に戻るまでよ!」


「言っただろう、それは呪いの類なのだ。私とて、力任せに解けるような雑な魔方式は組んでいない、お前がこの呪いから解放される術は一つ」


 私は一つ、と人差し指を立てて、言った。


「――それは私の下で一年間受験勉強をし、大学へ入学して魔術を学んだ上で人化の魔術の否定魔方式を会得することだ」


 黒竜の娘は「バカな!」と声をあげる。


「憎き魔術師――それも母の仇の下で、馬の糞にも劣る魔術を学ぶだと!?」


「こら~、りゅーちゃんそんな汚い言葉使っちゃダメでしょ~」


「ええい! うるさいわ小娘!」


 黒竜の娘はようやくソユリの拘束から逃れると、その琥珀色の瞳でこちらを睨みつけてくる。

 その目は、竜であった頃と変わらず刺すような敵意に満ちていた。


「……そんなにまどろっこしい事をせずとも、我が元の姿に戻るもう一つ選択肢がある!」


 黒竜の娘はそう言うなり、こちらへ向かって駆けだしてくる。


「――憎き魔術師アーテル・ヴィート・アルバリス! 貴様を叩きのめし! 否定魔方式を構築させればよいだけのこと!」


 ……全く、話の分からないやつだ。

 私はどたどたとこちらへ向かってくる黒竜の娘を見据えながら、懐に忍ばせておいた三枚の羊皮紙を取り出し、これを地面にばらまく。

 その瞬間、羊皮紙に刻まれた“錬金式”が起動し、地面より三体のゴーレムが生まれて彼女の前に立ちはだかった。


「っ……!?」


 彼女は泥の壁に阻まれ、急ブレーキをかける。


 さて、ゴーレムといえば私よりも頭一つ分高く、黒竜の娘にしてみればちょうど二倍ほどの身長だ。

 彼女は三体の泥の巨人に見下ろされ、その場に立ち尽くすと


「……受験勉強、頑張ります……」


 何者かに見下ろされるという初めての経験が、よほど恐怖だったのだろう。

 彼女は竜族の誇りなど早々に捨て去ってしまい、あっさりと降伏を宣言したのであった。


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