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15 大賢者、フィナーレを飾る



「なんだか、今年の劇はやたらリアルだなぁ」


 熱狂の中、観客席で学生の一人がぽつりと呟いたのが、私の耳に届いた。

 そのような評価を頂けるとは光栄の至り――と言いたいところだが、喜ぶことはできない。

 何故なら名前も知らない彼の慧眼は、見事真実を見据えていたのだから。


 そう、これはすでに劇ではない。

 劇としては破綻してしまっている。

 黒竜の娘――彼女の殺意は、まごうことなき“リアル”なのだ。


「――そこまでだ!」


 その時、不意に観客席の方から聞き覚えのある怒号が飛んでくる。

 声の主は観客の波をかき分けて、進み、そして最前列へと躍り出た。

 黒装束を身に纏った少年――シュリィ曰く童顔上げ底ヤロー。

 教学のアルガン・バディーレーである。


「貴様らぁ! 姑息な妨害工作など使いおって! もう堪忍袋の緒が切れたわ!」


「やべえ!! 教学のアルガンだ!」


「せっかくいいところだったのにふざけんな!」


「帰れ石頭! お呼びじゃねえぞ!」


 観客席の諸君は、彼に対してブーイングの嵐だ。

 しかし、アルガンがこれを意に介する気配はない。

 彼は鬼の形相でこちらを睨みつけており、完全に頭に血が上っているのが見て取れた。


「どこから調達したのか知らんが申請もなしに本物の竜を使うなど……! 舐めくさりおってからに! 劇など中止だ! 全員粛清してくれるわ!」


 アルガンがその手を振りかざす。

 するとその袖口より勢いよく、無数の糸状のものが射出される。

 見ると、この糸の先端にはなにやら粘性の物質が付着しており、舞台上でうごめく全てのゴーレム、そして黒竜の娘に取り付いた。

 私も標的の一つに含まれていたが、すんでのところでこれを躱す。


「――捕縛魔法式証明完了! 粛清! 粛清だ!」


 アルガンが言うなり、場を包み込む雰囲気が明らかに変わった。

 ゴーレムどもが、まるで不可視の手によって押さえつけられたかのごとく、一斉にその動きを鈍らせたのだ。


 なんと、まさかこのような方法で魔術を発動させるとは!

 こんな状況にも関わらず、私は感心してしまう。


 推察するに、アルガンが張り巡らせたあの糸、その一本一本には、驚くほど極小の文字で魔法式が書き込まれているのだ。

 大戦中このように魔術を扱う者はいなかったが、なるほど合理的である!

 これならば書き取り法の最も強力な魔術を、最大限に生かして対象に作用させることが出来る!


『ふん、こそばゆいわ……』


 しかしゴーレムはともかく、黒竜の娘にこの魔術が通じているような気配はない。

 対象の無力化に特化した魔術であるため、出力を抑えたのが仇となったのだろう。

 黒竜の娘は、自らの身体に取り付いた糸を琥珀色の瞳で睨みつける。

 すると突然に糸が発火し、焼け落ちてしまう。

 ゴーレムどもに関しても一瞬動きを止めることは叶ったが、やがて動き出したゴーレムたちによって、力任せに糸を引きちぎられてしまう。

 アルガンは鬼の形相を一転させて、驚愕の表情に変えた。


「なっ……!? 特注のアラクネ糸が……!」


『目障りだ、貴様は後で殺してやる』


「うぐっ!?」


 彼女の瞳が妖しく輝き、アルガンが観客席から強制的に退場させられた。

 遥か後方に吹き飛ばされたアルガンを見て、観客たちが歓声をあげる。

 どうやらこれもまた劇の一環だと思っているようだ。


 黒竜の娘が、改めてこちらへ向き直る。

 全身から発散される憎悪の念はやはり凄まじく、一瞬息が詰まりそうになるほどだ。


『有象無象に興味はない、まずは貴様だ――愚にもつかぬ泥人形どもよ! 忌々しき魔術師の四肢を砕き! 我の下へ!』


 黒竜の娘が咆哮し、それを合図にゴーレムたちが押し寄せる。


「アーテル君っ!!」


 石の牢獄の中で、ソユリが叫んだ。

 待っていろ、今助ける。


 裏方のシュリィと通信するための魔道具も破壊され、彼女らの指示を仰ぐこともできぬ今、私は私の判断で動かざるを得ない。

 彼女らが必死で立てたシナリオを私がぶち壊すのは実に忍びないが……許せ先輩!


 私は向かってくるゴーレムどもを見据え、頭の中で魔法式を構築する。

 魔術で作ったものならば否定魔方式による証明で即座に彼らを泥の塊へ戻すことも可能なのだが、これは錬金術師の真似事による産物だ。

 錬金術は根本的に魔術と体系が異なるので、否定魔方式は通用しない。

 つまり、純粋な攻撃魔術によって打ち倒すほかない。


 まずは無詠唱による身体強化の魔術。

 最適化された魔法式を、最短、最速で証明する。


 そして飛び掛かってくるゴーレムたちを見据え、私は高く跳躍した。

 高く――それこそ黒竜の娘が、私を見上げるほどである。

 観客席から声が上がった。


 ふむ……普段ならばここで魔法式の書き込まれたノートの切れ端なりなんなりをばらまき、挨拶代わりに絨毯爆撃を決め込むところだ。

 だが、下にはソユリが、サバトの面々が、そして魔術界の至宝――すなわち学生たちがいる。

 以前ソユリに注意された通り、彼らの身に万が一があってはことだ。


 ならば、更に身体強化の魔術。

 そして懐から、あらかじめ用意しておいたノートの切れ端を握り込んでくる。

 魔法式はすでに記入済み、あとはエンドマークを打つのみだ。


『目障りな蠅が! 叩き落してくれるわ!』


 黒竜の娘が口を大きく開き、火炎を吐き出した。

 私はすかさず羽ペンを取り出し、腕をまくる。

 万が一の時のため腕に書き込んでいた魔法式へ、羽ペンでもってエンドマークを打つ。

 証明完了――私の身体は掻き消え、そして一瞬ののちに地上へ帰還した。


『転移の魔術か! 小癪な真似を!』


 私は着地するなり、その場を駆けだした。

 身体強化の魔術によって、私の動きはもはやゴーレムには捉えられないほどになっている。

 この速さでゴーレムの群れをかいくぐり、そしてあたりをつけたゴーレムに握り込んできたノートの切れ端を押し付ける。

 更にノートに書き込まれた魔法式の末尾へ、羽ペンでエンドマーク。

 次の瞬間、ゴーレムの身体は内側より破裂し、あたりへ泥を撒き散らす。


 続いて、振り返りざまに背後のゴーレムへもう一枚のノートを押し付け、エンドマーク、再び破裂。


 同時に襲い掛かってきた二体のゴーレムに対しては、一方にノートの切れ端を貼り付け、もう一方は強化された蹴りで、力任せに破壊する。


 私が一体、また一体とゴーレムを破壊するたび、観客席から歓声があがり、拍手が巻き起こった。


「あんなに練度の高い身体強化を……! とんでもねえ役者がいたもんだな!?」


「あれ……? あいつ、今一瞬消えなかったか……?」


「いや、いや! そんなのはどうでもいい! こんなに楽しい演劇は初めてだ!」


 ふむ、私ごときの拙い魔術で喜んでくれるのならば幸いだ。

 私はゴーレムを確実に一体ずつ潰しながら、黒竜の娘の守りを削っていく。


 しかし彼女もまた、これを黙って見過ごすわけがない。


『ふむ……面倒だ、魔術師どもの声も聞くに耐えぬ。やはり百八に刻むのはやめにしよう、今ここで、全てを無に帰す』


 黒竜の娘が顔を上げ、大きく口を開く。

 これに伴って大気が震え、大地が鳴動した。

 今までとは完全に別格の禍々しい雰囲気。

 まずい――ヤツは特大級の神秘をもって、このステージ、ひいてはラクスティア魔法大学全てを焼き払うつもりだ。


「アーテル君、助けて――!」


 観客はまだ気付いていないが、ソユリは間近で神秘の流れを感じているためだろう。

 泣きじゃくって私に助けを求めている。


 しかし、これはまずい。

 今からあのクラスの神秘を防ぐ防御用魔法式を書き込むには時間が足りない。

 なによりゴーレムが魔法式構築の邪魔をしてくる。


 学生たちは最悪自らの身を守ることは叶うだろうが、しかし、しかし――大学がなくなってしまうことだけは看過できない!!


 私の、ソユリの、シュリィの、学生諸君の希望、すなわちキャンパス・ライフが台無しになることだけは、なんとしてでも避けなければならない!


 ――その時だった。

 突如、頭上にて目も眩まんばかりの閃光が炸裂した。

 赤、黄色、緑、ともかく色とりどりの閃光が、我らが直上に煌めいたのだ。


『なっ、なんだこの光はっ……!?』


 これをマトモに受けてしまった黒竜の娘は、ほんの一瞬、神秘を束ねるコントロールを失ってしまい、凝縮された神秘が空気中へ霧散してしまう。

 あれは――


「――アハハ!! 間に合ったみたいだね!」


 相も変わらず、快活な笑い声とともに彼女は現れた。

 大勢の部員を従え、巨大な砲台らしきものを操って。


「サバト技術班が総力を結集して作り上げた、対黒竜用即席最終“エフェクト”魔道兵器――名付けて演劇砲! 観客の皆様! 人体には無害ですのでご安心ください!」


「シュリィ先輩……!」


 私はなんと、なんと素晴らしい先輩を持ったのか!


『く、くそ、目が……! このようなふざけた魔術で……!』


 黒竜の娘は視界を奪われ、のたうち回っている。

 今こそが好機!

 私は並み居るゴーレムどもを蹴散らし、一息に黒竜の足元――すなわちソユリの囚われた石の牢獄へと駆け寄り、拳の一撃にてこの檻を粉砕する。


 ソユリが泣き腫らした目で、こちらを見上げてきた。

 ……ああ、せっかくの化粧が落ちてしまったな。勿体ない事だ。

 私は彼女を抱え上げ、そしてこの狭苦しい牢獄から解放する。


「さあ、助けに来たぞ、これで台本通りだ」


「アーテル君……! こわかったよう……!!」


 ここで限界を迎えてしまったらしく、ソユリは堰を切ったように泣き出してしまった。


 ……さて、終わりよければすべてよしという言葉もある。

 僭越ながら、この劇は私がきっちりと幕を下ろそう。


 振り返ると、黒竜の娘が私の喉元に牙を突き立てていた。

 あとほんの数センチ分、彼女が力を込めれば私たちをまとめて噛み砕けることだろう。

 観客たちが、そしてサバトの面々がはっと息を呑む。

 だが、彼女はそれをしない。否、できないのだ。


 黒竜の娘は、やがて諦めたように、ふんと鼻で笑った。


『……なるほど、我が偉大なる母君が貴様に真名を教えた理由も分かる――貴様、一体いつの間にこれほどの魔方陣を組んだ』


 彼女の足元には、膨大な数の魔法式からなる、ペンタグラムが光り輝いている。あとはエンドマークを打つだけで証明完了、という状態だ。


「ふむ、いつかと聞かれればゴーレムと戦っている最中なのだが、しかし買いかぶらないでほしい、これは私の力ではない」


『なんだと』


 私は、怪訝そうな表情の彼女を一瞥すると、ゆっくりと辺りを見回した。

 シュリィ先輩とサバトの部員たちが、息を飲んでこちらを見守っている。

 遥か遠くで、教学のアルガンが目を回している。

 私の腕の中には、初めてできた学友のソユリが。

 そして、私を取り囲むのは、まだ名前も知らない学生たちだ。


 私は、ゆっくりと語り出した。


「私は今まで魔道を究めるため、実に長い間、孤独に魔術の研究を続けてきた。しかし、大学に入って――陳腐な言葉になるが、世界が変わったよ。まだほんの短い期間だが、私は様々な魔術師と出会い、大変な刺激を受けた。もう一度初心に立ち返り、魔術を究めてみようと思った。これはその一環だ」


 私は足を上げて、靴の裏を彼女へ向ける。


「――靴底に魔法式を刻み、ゴーレムの泥で、ステージ全体に魔方陣を描いた。ゴーレムと戦いながらな」


「カカカカカカ……なるほど敵わん、これは敵わんわ……!」


 彼女は、ゆっくりと体を起こし、まるで自らの存在を誇示するかのような凛々しい姿で、こちらを見下ろした。


「――我が名はルヴィエラ、しかと刻み込め、地獄で貴様を待っている」


「承知した」


 私は、シュリィにアイコンタクトを送る。

 そして先輩は即座にこちらの意思を汲み取り、部員たちに最終魔法式を起動させるように命じた。


 フィナーレのために用意されていた魔法式が起動し、凄まじい爆発と、色とりどりのスモークが私たちを包み込む。

 煙の向こう側から届く、万雷の拍手と喝采が、フィナーレを飾った。


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